27.真昼の決闘
翌日の正午。
空は晴れわたり、雲一つない。
決闘裁判の場である、ティレニア城内の練兵場には、関係者たちが集まっていた。
御前試合に使われることもある場所なので、観覧席も設置されていて、決闘の観戦もしやすそうだ。
練兵場の地面は舗装されておらず、学校のグラウンドのように地肌がむき出しになっている。
その練兵場の端に、木で組まれた観覧席を「コ」の字型に配置して囲んだ場所があり、そこが今回の決闘の場だった。
おれ、マリン、ジョセフ、ロゼッタ、エリック、それから伯爵家の四人の騎士たちは、「コ」の字を上から見て下側の席に。
ハリス、オズワルド、それからゲームにも出てきた長男のマシューと、後は誰かはわからないが、侯爵家の関係者が十人ほど、「コ」の字を上から見て上側の席に座っている。
そして、「コ」の字を上から見て右側の席には、ハワード、デボラ、レックス、ルーシー、側妃、ジェームズ、ヘンリーが座る。
地表にはアーサーと、おれの見たことのない男が立っている。
ふたりはそれぞれ抜き身の剣を手にしているが、共に軽装で、甲冑のような防具の類は身に着けていない。
「剣聖フランク・デント……やはり、やつか……」
エリックがアーサーの対戦相手を見て、眉間に深いしわを刻む。
フランク・デントとは、はじめて聞く名前だ。
ゲームには出てこないが、間違いなくデント侯爵と関わりのあるやつだろう。
だが、それよりも──
「剣聖?」
すかさず、おれはエリックに確かめた。
男と距離が離れているため、ステータスの確認はできていない。
「ああ。あそこにいるフランクという男は、この国で認められた正式な剣聖だ」
「この国の……」
そうか。前に聞いたやつか。
「父上。デントということは、デント侯爵の縁者ですか?」
博識のジョセフにしても、知らない人物だったようだ。
「うむ。ハリスの異母弟だ。王国騎士団に所属している。そして、ジャックとは因縁浅からぬ相手だな」
また、ジャックの過去がなにか関係しているのか。
「ジャックになにがあったんですか?」
ずっと気になっていたことを、この場で訊いてみた。
「ジャックも、元は王国騎士団に身を置いていた。ジャックの剣技はその当時から素晴らしく、剣聖に選ばれるのは間違いなしと言われていた。だが、デント侯爵がいろいろと手をまわして、ジャックを騎士団から出ていかざるをえなくしたのだ」
「ひどい……」
マリンが悲痛な表情をうかべる。
彼女にとっても、ジャックは師匠であり、長い付き合いの友人でもある。
もちろん、おれにとってもそうだ。
ハリスのやったことは、許しがたい。
(ハリスにしてもオズワルドにしても、ゲームの中では最低なやつらだったが、現実でもやっぱり酷いな)
おれは顔をしかめて、対面の観覧席を見やった。
ハリスたちは、自分たちの勝利を一片も疑っていないようすで、にやついてやがる。
剣聖の登場に、おれたちが絶望していると思っているんだろうな。
(剣聖か……)
あらためてフランクを観察する。
見た目の年齢は、ジャックと同じくらいか、少し上かな。
背丈もジャックと同じくらいだが、体格はもっと筋肉質で、がっしりとしている。
オズワルドと同じく、黒目黒髪で浅黒い肌だが、こちらは顔が四角く、目が細い。
ジャックはどちらかというと、武士とか侍のような雰囲気だったが、フランクはより騎士らしい印象だ。
「剣聖ということは、強いんですよね?」
おれのその質問に、エリックが頷く。
「ああ。無論だ」
「ジャックよりも?」
もしもそうなら、アーサーでも簡単に勝てる相手じゃない。
エクストラスキルを使わなければ、負ける可能性もある。
「それは、わからん。ふたりが騎士団にいた当時は、ジャックのほうが強かったと思う。しかし、いまのふたりを比べたことはないので、なんとも言えないな」
「剣聖は魔法も使えるのですか?」
この決闘では、特殊なもの以外の攻撃魔法の使用が許可されている。
「……いや、聞いたことがないな。使えんのではないかな」
おれの質問に、エリックが一瞬考えてから答える。
「それは助かりますね。アーサーはまだ、魔法を使う相手と戦ったことはありませんから」
「そうなのか? いや、そうか。魔導士はそう多くないからな。魔法は使えたとしても、そういった訓練をせねば、戦闘には使えない。パイク村には、そのようなものはいなかっただろうからな」
「おっしゃるとおりです」
「仮に使えたとしても、使うことはないだろう。剣聖の名が泣くからな」
うんうんと、おれも頷く。
え? 待って。
これってフラグじゃないよな。
「これより、原告、オズワルド・デントと、被告、アーサーによる、決闘裁判をおこなう。闘士は、原告、オズワルド・デントの代理人として、フランク・デントと、被告人、アーサー本人である。まずは双方に、決闘の意思を確認する」
ハワードが、おれたちのところより少し高くなっている観覧席から、声を張り上げて告げる。
「フランク・デント。決闘の意思に、相違はないな?」
「はっ。ございません」
「アーサー。決闘の意思に、相違はないな?」
「はい。ありません」
「うむ。次にお互いの武器を確認する。フランク・デント、お前はなにで闘う?」
「はっ。剣にて」
「アーサー、お前はなにで闘う?」
「剣です」
「うむ。決着はどちらかが『まいった』と宣言するか、どちらかが死ぬまでつづけるものとする。よいな?」
「はっ」
「はい」
「うむ。この決闘では、魔法を使うこともよしとする。ただし、致死魔法、毒魔法、痺れ魔法、眠り魔法などは禁止とする。では、双方、準備はよいか?」
「はっ」
「はい」
「うむ。では、はじめよ!」
ハワードの開始の合図とともに、ふたりは向き合って、剣を構えた。
結局、おれはフランクのステータスを確認できなかった。
ジョセフに目を向けると、おれと目を合わせて首を横に振った。
「……ねえ、大丈夫だよね? アーサーはきっと、勝つよね?」
マリンが不安そうにおれを見る。
現状ではデータが不足していたが、それでも、力強く頷いてみせた。
(勇者スキル覚醒前の話だが、アーサーは一度もジャックに勝てなかった。もしフランクがジャックよりも強ければ……)
ゲームにも剣聖はちゃんと出てくるが、この国の人間ではない。
ゾディア帝国が認める『天武七士』のひとり、剣聖タケル・ヤマトだ。
ゲーム後半に登場するキャラクターだけあって、その強さは化け物じみていた。
そのレベルではないと願いたいが、果たしてどうだろうか。
フランクは左足を前にして半身になり、両手で持った剣の柄を顔の右側面に持ち上げ、剣を地面と水平にして切っ先をアーサーに向けている。
(騎士団の剣術は、オーソドックスな『フォア流』だったよな。けど、ジャックのとだいぶ違う)
対してアーサーは、右手だけで剣を持って、右足を前に出して半身に構える。
ジャックが教える剣技では、いまのアーサーみたいに、利き手と利き足を前に出して半身になるのが基本的な姿勢で、構えらしい構えは特にない。
思えば、かなり自由度の高いものだった。
ここにきてはじめて知ったが、ジャックがおれたちに教えてくれていたのは、どうやら『ジャック流』らしい。
そんなことを考えていると、地表で変化があった。
先に仕掛けたのは、フランクだ。
フランクが大上段から、豪快に剣を振り下ろす。
アーサーはそれを剣の腹を使って、からだの右方向に綺麗に受け流す。
と、ほとんど同時に左足を前に出して前進し、アーサーがフランクの胴を狙う。
フランクは慌てて剣を引き戻し、アーサーの攻撃を防いだ。
アーサーはそれ以上の打ち込みはせず、バックステップでフランクから距離をとる。
フランクは剣を両手でしっかりと持っているが、アーサーは、両手、片手とその都度変えている。
鋼の剣というものは、結構重い。
一般的な十三歳の少年には、それこそ荷が重い芸当だが、アーサーの筋力レベルはすでに並みではない。
フランクがまた、アーサーに向かって剣を振り下ろす。
アーサーは、今度はからだの移動だけでそれを躱してから、くるりとコマのように横回転しつつ、フランクに素早く斬りかかる。
フランクはぎりぎりでそれを受け止めた。
(うん? あの剣聖、思ったよりも……弱いな)
おれたちにとってはいいことなのだが、ちょっと拍子抜けしてしまった。
ステータスを見ていないから想像でしかないが、剣術スキルはあるだろう。
弟のオズワルドにもあったのだ。
剣聖ならば、スキルを持っていると考えるべきだ。
問題はスキルレベルだが、ジャックは5で、アーサーもいまだもって5。
仮にフランクも同じレベル5だとしても、ふたりよりもずいぶん弱い。
だとすると、レベルがもっと低いのか、アーサーの剣の技術が、フランクを圧倒しているのかのどちらかだ。
剣聖なんだから、たぶん騎士団の中では一番強いはず。
ハリスも自信満々の顔をしているから、きっとそうだ。
もしかして、力を温存しているのか、はたまた出し惜しみしてるのかと思ったが、フランクようすから察するに、違うみたいだ。
(そういえば、おれたちは魔獣を相手に狩りはずっとしていたけど、対人戦はほとんど、ジャックとしかやったことがなかったな。しかも、八年間、一度もジャックには勝てなかった。あれは単に、ジャックが強すぎたのか)
決闘はつづいている。
だが、その行方が、次第にはっきりしはじめた。
攻めと受けを交互に繰り返していた両者の関係が、やがて終わりを迎える。
アーサーの剣が、これまでよりもはやさを増して閃く。
そこからは、フランクは防戦一方になった。
アーサーはからだを柔軟にしならせ、縦横無尽に剣を振るう。
目の前にいるフランクには、アーサーの剣が何本にも見えているのではないだろうか。
観衆たちがみんなそろって、そんな風に思ってしまうほどの驚異的な動きだった。
派閥同士の席はそれぞれ距離があるため、大声でなければ聞こえてこない。
なので、おれはデント侯爵陣営の顔色を、目で見て確認する。
みんな見事に青ざめていた。
それから、ついでに王族たちの顔も見てみた。
ほとんどのものは、目と口を大きく開けてあっけにとられているが、レックスだけはにこにこと笑っていた。
(決着はそろそろかな)
おれが、地表のアーサーたちに視線を戻すと、フランクがすでに積みかけていた。
アーサーが、フランクの腕が伸び切ったところをとらえ、やつの剣を巻き上げて、空中へ飛ばす。
「あ、アイシクル──」
即座に、フランクが呪文を唱える。
やっぱり使うよね、魔法。
けれど、アーサーはフランクが唱え終わる前に、やつの背後に回り込み、後頭部に剣の切っ先を突き付けた。
普通ならこれで終わりだ。
剣の勝負で負けた剣聖であればなおのこと、ここで負けを認めるだろう。
だが──
「アイシクル・アロー」
フランクは地面を前転し、振り返りざまに魔法で生み出した二本の氷の矢を、同時に発射した。
氷の矢は、途中でなににも当たることなく、デント侯爵陣営の観覧席に飛び込んだ。
「ひいぃぃぃぃ」
「うわぁぁぁ」
ハリスたちが阿鼻叫喚となる。
残念ながら、直撃したやつはいないようだ。
「な、なんだと!」
フランクが驚いて、その場で硬直する。
アーサーの姿が、目の前のどこにもなかったからだ。
そして、
「負けを認めてください」
再び、アーサーがフランクの背後から、さっきと同じように剣を突き付けた。
アーサーはフランクの行動を読んで、先に動いていた。
「……まいった」
これ以上は無駄と悟ったか、悔しさをにじませつつも、ようやくフランクが告げる。
「それまで! この決闘の勝者は、アーサーとする! ゆえに正しきは、アーサーである! 今後はこの件でアーサーを責め、害することは、なんぴともまかりならん! では、これにて決闘裁判を終了とする! 早々に解散せよ!」
ハワードの宣言をもって、決闘裁判が終わった。
おれ、マリン、ジョセフ、ロゼッタは、めいっぱいの拍手を、アーサーに送った。
アーサーもほっとした顔で、おれたちに手を振った。
「国王陛下。このたびは、心より感謝申し上げます」
エリックが恭しく頭を垂れる。
アーサーがおれたちのところに戻ってきてから、ハワードたちのいる王族の観覧席に、みんなで挨拶をしにいった。
「全ては、アーサーの行いの結果だ。アーサーよ、見事な腕前だな。驚いた」
「お、お褒めいただき、感謝いたします……」
アーサーは慣れない言葉を口にしながら、勢いよく頭を下げた。
「エリックよ。悔しいくらいお前の言う通りだ。このものら、ますます気に入った」
「勿体なきお言葉」
「勇者選定の儀は、もう来週だ。楽しみにしておるぞ」
そう言って、ハワードが踵を返す。
他の王族たちも、ハワードにつき従って歩き出した。
そこへ、
「国王陛下! お待ちを!」
ハワードの前に、おどりでるかのような勢いで、ハリスが現れる。
少し離れた自分の席から、走ってきたようだ。
国王の行く手を遮るのって、不敬罪にならないのだろうか?
「ハリスよ、お前は本当に……」
ハワードが、あきれかえった声を漏らした。
「陛下! いまの決闘は、いかさまです!」
ハリスが声を荒げて、不穏当なことを言いだした。
「なぜだ? なぜそう思う?」
「誰でもわかることです! 剣聖が、こんな小僧に負けることなど、ありえません!」
「おお! そうだな!」
ハワードが喜色満面になる。
その反応に、ハリスが満足してつづける。
「さすがは陛下! わかっていただけましたか! ですから、いかさま──」
「剣聖に勝つとはの。大したものだ。あやつは、本当に勇者であるのかもな」
「──は? 陛下、剣聖ですぞ? 王国随一の剣士。それが、田舎育ちのサルなどに負けるとお思いですか?」
「ハリスよ。あやつがサルならお前の弟はなんだ? 申してみよ」
「そ、それは……し、獅子ですな」
「ほお、ではその獅子はサルに負ける獅子なのだな。それに余は、獅子はもっと気高いものと思っておったが……」
「で、ですから、獅子がサルに負けるはずありません。きっと、卑怯な手段を用いたに決まっております」
「卑怯な手段とはなんだ? たとえば、お前たちが食らった魔法の矢のことか?」
「あ、あれは、ちゃんと認められた……」
「そうだな。魔法は使ってもよい。だが、お前の弟は、剣聖ではなかったか?」
「それは……そ、そうです! あの小僧が、ひっそりと魔法で、身体能力を強化していたのです! だから、あんな動きができたのでしょう! それでフランクは仕方なく──」
「では、お前はそれを証明できると?」
「い、いえ、ですから、あのような小僧が剣聖に勝ったことが、その証明なのではありませんか」
「……はあ。おい、アーサーよ!」
ため息をついてから、ハワードが突然、大声でアーサーにたずねた。
「は、はい」
アーサーがすぐにそれに応ずる。
「お前はいまの決闘の前に、誰かに能力を強化する魔法をかけてもらったか?」
「いいえ。そんなことはしてません」
なんでそんなことを訊くのかわからないという顔で、アーサーが答える。
この世界の勇者さまは、だめって言われたことは、しないんだよ。
「ふむ。なにか薬を飲んだりしたか? もしくは特殊なアイテムを隠し持っているか?」
「いいえ。飲んでませんし、持ってません」
「そうか。よくわかった。ハリスよ。アーサーはなにもしていないそうだぞ」
「陛下! 下賤のものの言葉ですぞ! 信じるに値しません!」
「だったらどうする? お前はなにがしたいんだ?」
「も、もう一度、決闘裁判のやりなおしを!」
「ふざけたことを申すな。神がお決めになったことを、覆せというのか? お前は一体、なにさまのつもりだ?」
「で、では、あらためて私が、決闘裁判を申し立てます」
「どんな罪状で?」
「で、ですから、この裁判でいかさまを行ったことに対する……」
「わかっておらぬようだから、この際はっきりと言おう。お前は、馬鹿だ」
「は? ば、馬鹿……」
「そんなことをいちいち認めておれば、どれだけ裁判をせねばならんと思っておるのだ? 妄言もたいがいにしろ」
「わ、私が……馬鹿……」
「ふむ、そうだな……なにか……おお! よし、これならば決闘裁判を認めてやろう」
「な、なんでしょうか?」
「お前自身とエリックが決闘しろ。これなら認めてやる。代理は許さんぞ。お前が自分でやるのだ」
「そ、んな……」
「罪状はなんでもよい。好きにしろ。ああ、ただし、会場はどれだけ燃えてもよい荒野にしようか」
わはは、とハワードが高らかに笑う。
「陛下」
すぐ後ろに立っていた正妃のデボラが、冷たい声でひと言発する。
ハワードはすぐに笑いを引っ込めて、
「いや、すまん。ちと調子に乗ってしまったな。冗談だ。エリックも、そう怖い顔をするな」
「いえ。別に」
エリックは、特に気にしたようすもなく、冷静に返した。
「ハリスよ。気は済んだか?」
「う、うう……」
「まだつづけると申すか?」
「……いいえ、これ以上は、もう申しません」
「うむ。余はこれでも忙しいのだ。つまらぬことで時間を取らせるな」
「……申し訳ありません」
「うむ。ではな」
今度こそ、ハワードとその家族は、この場から去った。
後に残ったのは、おれたちと伯爵家、侯爵家の面々だ。
「……いい気にならんことだ」
ハリスはエリックに向かってぽつりと呟き、家族や関係者たちを引き連れて去っていった。
その背中を、エリックは涼しい顔で見送りつつ、
「さて、私たちも戻ろうか」
そう言い、おれたちは晴れやかな表情をうかべて、大きく頷いた。




