26.黒幕
王都フリージアにあるデント侯爵邸。
地方に領地を持たない中央貴族であるデント侯爵家は、高級住宅の並ぶフリージアの一等区域に、邸宅を構えている。
その邸宅の一室でハリスは、同じく中央貴族のベントレー・サマーズ子爵と、一対一で顔をつき合わせていた。
ふたりは同じ派閥に属し、付き合いもずいぶんと長い。
ベントレーはハリスと同世代の男で、背はハリスよりも高く、恰幅もかなりよかった。
ふたりが囲む丸テーブルの上には、酒の入ったグラスがふたつと、酒瓶が一本置かれている。
「先ほど、国王陛下との謁見を終えられたそうですな」
独特なしゃがれ声で、ベントレーがたずねる。
太ってはいるが、顔立ちは悪くない。
明るい金髪、白い肌、青い瞳。
自分より上位の相手の前だからか、普段の貴族らしい尊大さは、いまはなりを潜めていた。
「うむ。忌々しくも、あの田舎貴族にしてやられたわ」
ハリスが、歯軋りする一歩手前のようすで、口からこぼす。
「田舎貴族? ああ、ニューポート伯爵のことですかな?」
ベントレーが、ふふっと笑う。
「ニューポート伯爵が、謁見の場にいたのですか?」
「勇者候補の小僧を連れてきておった」
今度こそ、本当にハリスが歯軋りする。
「まさか! てっきり始末したものとばかり……」
前回の会合で、ハリスからそうすると聞いていた。
「そのつもりだったのだが……」
「では、あのものたちが、しくじったのですか?」
「いや、わからん。やつらめ、なにも言わず姿を消しおった」
「で、では、娘のほうは? 娘をかどわかすために、名うての魔獣使いを雇われていたのでは?」
「そやつも……姿を消した……」
「そ、そんな……や、やはり、ニューポート伯爵が手を下して……」
「いや、いかにやつといえど、Aランクの魔獣には、そう簡単に勝てまい」
「そ、そうですな。Aランクの魔獣は、まさに災禍の化身。騎士団の一個大隊をもってしても、倒せるかどうか。いかに伯爵が優れた魔導士だとしても、ひとりでは無理でしょう」
「そうなのだ。だから、おそらく雇った魔獣使いは、金だけ持って姿をくらませたのだ」
「それが一番ありそうですな。やはり下賤のものは、信用なりません」
「確かに。それで──」
ハリスが、ニューポート伯爵一行との、謁見の場でのやりとりを、かいつまんでベントレーに説明する。
「ほお、ご子息が怪我を? それは、その小僧を厳しく罰してやらねばなりませんな」
ベントレーが、話を聞いて驚きを見せた後、身体の前で腕を組んで言った。
「もちろん、そのつもりだ。だが、やつが……いや、やつが連れてきた小僧が、決闘裁判など持ち出しおって……」
ハリスの顔にうかんだ表情には、悔しさがにじんでいた。
「決闘裁判? あの? また、えらく古めかしいものを……よく、知っておったものですな」
「きっと、エリックめが、入れ知恵をしよったのだ。田舎の山ザルに、そのような知恵などあるはずがない」
「なるほど。ならば合点がいきます。伯爵はおそらく、適当な子供を勇者候補に仕立てて、自分の都合のいいように操っておるのでしょう」
「ベントレー殿も、やはりそう思うか?」
「はい。それ以外に考えられません」
「うむ。だが、すでに陛下は、決闘裁判を行うことを裁可なされた。これはもう覆らん」
「なにを心配してらっしゃるので? ご子息の剣の腕前は相当のものと聞き及んでおりますが。まさか! 向こうは代理に、ニューポート伯爵本人が出てくるのですか? それはさすがに……まずいですな……」
「い、いや、それは大丈夫だ。オズワルドを傷つけた小僧本人が出る」
「おお! ならば、なにも問題ないではありませぬか。ご子息ならば、そんな剣を持ったこともないような田舎の小僧など、ひとひねりでしょう」
「本来ならばな。しかし、オズワルドはいま、利き手に怪我を負っていて、本調子ではないのだ」
「なんと! では、すぐにヒーリングで治療を……」
「あ、ああ……私もそう言ったのだが、本人がその気にならんらしく……」
「は、はあ……」
「まあ、こちらはもともと、決闘裁判などに付き合う必要などないのだが、陛下の命ならば逆らえん」
「では、どうするおつもりで?」
「無論、代理を立てるつもりだ」
「あてはあるのですか?」
「フランクを出す」
「剣聖を? ふふふっ、ならば間違いない。悔しがる伯爵の顔が見ものですなぁ」
「エリックめ。デント侯爵家をこけにしてくれたこと、後悔させてやるわ」
ハリスが憤怒の形相で、そう宣言した。




