25.やっぱりズルい
モーちゃん──ロディマス王国第一王子、レックス・ロディマスに案内されて、おれたちはティレニア城内にあるレックスの自室にやってきた。
広さはあるが、華美な装飾などはなく、ベットやソファ、執務机、丸テーブルと椅子、タンスなど、ひととおりの家具が揃った、質素な部屋だった。
ここもゲームですでに見ていた部屋なので、特に驚くところはない。
いや、驚くべきところは、その他にあった。
「なーんだ。ふたりとも、てっきり僕に会いに来てくれたのかと思ってたよ」
丸テーブルを囲んで、おれたちは転生してからこれまでの話をしていた。
「まさか、モーちゃんが王子になってるなんて思わないだろ……しかも、こんなイケメンになっているとは……」
おれはレックスのからだを、無遠慮にじろじろと眺めた。
「私もです。まったくの想定外でした」
おれほどあからさまではないが、何度も眼鏡の位置を調整して、ジョセフもレックスを観察している。
「えー、僕はふたりに、すぐ気付いたのにな。ふたりとも、そんなに変わってないし」
レックスが真っ白な歯を輝かせて、こともなげに言う。
「そうか? おれって、もともとこんなモブ顔だったっけ?」
「んー、なんていうか、雰囲気かな。あー、この人、リョウっぽいなって。そういうの、ない?」
「そうだな……あったような、なかったような……」
おれは、さっきの勘違いを思い出して、恥ずかしくなった。
ジョセフを見ると、目線をあさっての方向に飛ばしている。
「でも、なんでだ? なんでモーちゃんがレックスなんだ?」
「どうして? 僕がレックスだと、なにかおかしいの?」
「そりゃあ、おかししいだろ。おれやハカセは、いわばモブだ。ゲームの主要人物じゃない。ロバートもジョセフも、ゲームには登場しない。名前のないキャラクターもいるが、おれたちと同じ顔のやつはいなかった」
「え? わかるの? みんな?」
「もちろん。なんせおれは、このゲームをやりこんでいるからな」
「出た! やっぱりリョウだ! リョウの口癖だ! 懐かしー」
「いや、それはいい。いまはモーちゃんがレックスになっている理由だ」
「でも、確かにそうだよね。僕もゲームはやったから、お兄さまがもともとレックスだったっていうのは知ってる」
「じゃあ、なんでだよ?」
「レックスっていう名前は、第一王子につける名前だからだよ」
「うん? 先に生まれたのは、ジェームズだよな? あ、けど、あいつは側妃の子供か……」
「僕とお兄さまは、半年差で生まれたんだ。だから、お兄さまが生まれた時には、僕も生まれるのがわかってたんだ」
「なるほど。もしもジェームズ殿下が、もっとはやくに生まれていれば、レックスという名前は彼につけられていた。しかし、デボラ王妃殿下が半年遅れで妊娠したため、レックスという名前は、モーちゃんにつけられたんですね」
「そうか。本来なら……ゲームの世界なら、かな。モーちゃんは生まれなかったから、現ジェームズがレックスの名前をそのままもらって、第一王子になってたのか」
「そのようですね。まあ、側妃殿下はゲームでは登場しませんでしたから、そこで話がややこしくなったようです」
「そういえば、ゲームをプレイしてた当時は、レックス……じゃない、王子のジェームズと王女のルーシーは、全然似てないなと思ってたもんな」
「たまたまか、それとも、ゲームメーカーはひっそりと、ふたりが異母姉弟であることをにおわせていたのか……いまとなっては、わかりませんね」
「ふふふ。なんかさー、懐かしいね。こういうの」
おれとジョセフが議論を交わすなか、レックスがにこにこと笑っている。
「……ああ、そうだな」
「ええ。そうですね」
おれも笑みをうかべ、ジョセフはつるを掴んで眼鏡を上げた。
十三年ぶりに、おれたちは三人で、顔を合わせることができた。
揃って同じ世界に転生するという、奇跡のおかげで。
三人とも、外見は変わってしまったが、中身はほとんどそのままだ。
だからだろうか。
前世のかけがえのないあの時間が、不意に戻ってきたような気がして、胸があたたかくなる。
「リョウは北の方にある村で、ハカセはアザレアにいたのかー。同じ国にいたのに、知らなかったなー」
「そりゃそうだろ。おれたちみんなこの世界に転生しているなんて、普通は思わなねぇよ」
「仮にわかっていたとしても、お互いに簡単に会える立場ではありませんからね」
「特にモーちゃんはそうだな」
「えー、全然大丈夫だよ。いつでも会いに来てよ」
「全然大丈夫じゃねぇよ」
「ええ。大丈夫ではありませんね」
レックスの無茶な要望に、おれとジョセフが同時につっこむ。
「そんなに気にしなくてもいいのに。あ、そうだ。ふたりが連れて来たのってさ、勇者と聖女の子だよね。もう会ってたんだ」
「ああ。言ったろ。おれはパイク村にいたって」
「勇者と聖女は、名もなき村の出身じゃなかったっけ?」
「あるんだよ、ちゃんと名前が。パイク村っていう、な」
「そうなんだ。じゃあ、リョウはよかったね。推しとずっと一緒だったんでしょ?」
「あー、まあ、そうだな……」
「いーなー、羨ましい。僕はまだ、ジャニスには会ってないもんなー」
ジャニスは、ここ王都フリージアの貧民区に住む盗賊の女の子で、ゲームでは彼女に関連する事件で、決闘裁判が行われることになる。
年齢は、設定では十八歳で、おれたちよりも年上のお姉さんキャラである。
背がすらりと高く、出るところと引っ込むところが際立ったった妖艶なからだの持ち主で、とても十八歳とは思えないビジュアルだった。
盗賊と言ってもジャニスは、所謂『義賊』というやつで、悪い貴族から金品を盗んで、貧民街の人たちや、町に住む生活困窮者に分け与えている。
ジャニス(盗賊)は、とある貴族から無実の罪(これは本当に無実)を着せられ、一旦投獄されるが、アーサーがジャニス(盗賊)を助けるために、決闘裁判で代理として出て、見事勝利する。
ジャニス(盗賊)ははれて無罪放免となり、アーサーの仲間になるのだ。
多少「あれ?」となる部分もあるが、当時は「ゲームだから」で済ませた。
ちなみに、ジャニスもヒロインのひとりであり、彼女がモーちゃんの推しである。
まだおれも出会っていないが、この世界にも、やはり本物のジャニスがいるのだろうか。
「ハカセは? もうセリーナには会えたの?」
「い、いえ。私もまだです」
「セリーナは別の国の子だもんね。会うのは難しいか」
「そ、そうですね……」
「あ! そっか! アーサーと一緒にいれば、いずれ会えるんだ。そっかー、いいなー、僕も一緒にみんなと行きたいなー」
「いや、無理だろ」
「えー、なんでだよー」
「ハワードが許可しねぇよ」
「あー、お父さまを呼び捨てにした。いーのかなー、不敬罪じゃないのかなー」
「久しぶりに会ったけど、まったく変わってないな。外見は、だいぶ変わったが……」
「ええ。本当に」
「ねえ、ふたりのステータス、ちょっと見ていい?」
「ああ、いいぜ。おれもいいか?」
「ええ。私も」
「うん。みんなで見よう。ステータスオープン」
おれたちは、それぞれ呪文(?)を唱えた。
「へー、リョウは投擲スキル持ってるんだ。え! レベル7! 凄くない? ハカセは四則演算か。ハカセっぽいね」
「モーちゃんのスキルは……体内時計? これってバフの効果を長引かせるやつだよな?」
「そう。それ。あ、でも、違う使い方も発見したんだ」
「違う使い方?」
「うん。やってみせようか」
「ええ。お願いします」
「じゃあ、やるね」
レックスが目をつぶって、静止する。
そして、少し時間が経過した後、目をかっと見開いた。
「……三十! ほら、三十秒ぴったり!」
「……え?」
「だから、ぴったり三十秒だよ。あ、別に他の時間でもいいよ。何秒でも、何分でも、正確にわかるんだ」
「へ、へぇー……」
「な、なるほど……べ、便利ですね……」
「でしょ! パスタのゆで時間とかを計るのにさ、重宝してるんだよね」
モーちゃんは前世では、製菓学校に通っていた。
自分で料理をするのなら、あれば便利なスキルかもしれない。
しかし、結局おれたちは、三人ともチートなしか。
イケメン王子への転生は、チートとしてあつかってもいいのかもしれんが。
「にしても、モーちゃん、ずいぶんスリムになったな。痩せたのか? それとも、太らなかったのか?」
「それがさー、お姉さまが厳しくて」
「お姉さま? ルーシーのことか?」
「また呼び捨てにしてる。まあ、リョウだし、いいや。そう、ルーシーお姉さま」
ロディマス王国第一王女、ルーシー・ロディマス。
彼女は言うなれば、武人タイプの女の子だ。
年齢はおれたちよりもふたつ年上の十五歳(ゲームでは十六歳)。
明るい金髪に、白い肌で、碧眼。
きりっとした顔立ちの美少女。
そして、ゲームでは攻略対象ヒロインのひとり。
「毎朝、お姉さまの稽古に付き合わされてるんだ。だから全然太らなかったよ」
「ゲームでは、ルーシーは槍術スキルを持ってたよな」
「うん。現実のお姉さまも持ってるよ。お姉さまはね、すっごく強いんだよ。僕はいまだに、稽古で一度もお姉さまに勝ててないんだ」
槍使いのルーシーは、アーサーの花嫁候補であり、優秀なアタッカーでもあった。
「なるほど。じゃあ、いまの状態は、ルーシーのおかげか」
「そうだね。もー、せっかくのカロリーが無駄になっちゃったよー」
「お! モーちゃんの口癖だ」
「え? そうだっけ?」
「はい。よく言ってましたよ」
「そっかー。あと、この世界のお菓子って、全然美味しくないんだよね」
「そうなのか?」
おれは田舎の村の生まれ育ちだ。
お菓子みたいな嗜好品は、これまで口にしてきていない。
「そうですね。かつての……現代人の感覚で口にすると、味気ないものが多いですね」
ジョセフが同意する。
さすがに、伯爵家の子息は経験済みのようだ。
「だよね。だからさー、僕が作って、将来は城下にお店を開きたいんだ」
「だから、ハワードが許可しねーよ」
「素敵な夢だと思いますが、私もリョウと同意見ですね」
「えー、いいと思うんだけどな。王子のケーキ屋さん。よくない?」
確かに、このルックスのやつが町に店を開いたら、町中の女子が殺到しそうだ。
町のケーキ屋の店主が、実は本物の王子さまか。
そんな小説や漫画なんかも、きっとあるだろうな。
「……モーちゃんはやっぱりズルいよな」
「……ええ。私もそう思います」
おれとジョセフは、レックスを冷たい目で見た。
それから三人で、日が暮れるまで語り合った。




