31.誰のせいだよ(第一章最終話)
「この度のはたらきは、まことに見事であった。改めて礼を言わせてくれ。本当に、感謝する」
勇者選定の儀から、三日後の昼時。
ティレニア城内、玉座の間。
国王ハワードと王妃デボラを前にして、おれ、マリン、アーサーは横一列に並び、ハワードの言葉を頂戴した。
この場にいるのは、おれたちの他に、警備の衛兵や侍女たちを除けば、エリックとジョセフ、それにレックスだ。
エリックとジョセフは、おれたち三人のすぐ後ろに控えていて、レックスは、玉座についたハワードのすぐそばに立っていた。
「まさか勇者選定の儀に、魔族──よりにもよって魔王軍の幹部が現れるとはな。しかも、エリックですら勝てんとは……あれが魔王軍の軍将か。恐るべきやつだった」
「力及ばず、申し訳ございません」
エリックが、深々と頭を下げる。
その表情には、言葉どおり申し訳なさがあらわれているが、それ以外の感情は読み取れない。
実年齢よりも少し長く生きた記憶があるだけの未熟なおれには、感情のコントロールにたけたエリックの心中を、正確に推し量ることはできなかった。
「室内ゆえ、加減もしておったのだろ? それに……魔力障壁とか言っておったか。そんなものがあっては、いたしかたあるまい」
ゲームでも、エリックの戦闘力はかなり高かった。
魔力障壁がなければ、六輝星であるプロキオンとも、もう少しちゃんと戦えたはずだ。
「だが、それをよくぞ倒してくれた。聖剣があったとはいえ、アーサーよ、お前の力は見事なものだな」
「ありがとうございます」
アーサーが、照れくさそうな顔で一礼する。
「それに、マリン。お前のおかげで、アーサーが聖剣を振るうことができたそうだな。あの魔族を倒せたのも、お前がいたからこそだ。そして、エリックの命も救ってくれた。エリックはこの王国に、なくてはならない存在だ。余はもう一度、お前に礼を言う。ありがとう」
ハワードが、玉座から立ち上がって、深々と頭を下げた。
国王からの最上級の礼のようだ。
「い、いえ。もったいないおことばです」
マリンは恐縮して、あたふたしながら受け取った。
「そして、ロバート。お前の機転には舌を巻いたぞ。あの土壇場で、よくぞ思いついたものだ。あのようなこと、他の誰にも真似できまい。お前がいなければ、余も、他のものらも、いまごろはやつの腹の中だったろうな。感謝する」
「もったいなきお言葉です」
おれは、優雅に一礼した。
……優雅って、きっとこんな感じだろう。
「それと、レックス、ならびにジョセフよ。ふたりでロバートを補佐しておったな。お前たちも、よくやった」
「お父さま、当然のことをしたまでですよ」
「もったいなきお言葉でございます」
レックスは、柔和な笑みをうかべ、ジョセフは、無表情のまま一礼した。
「うむ。お前たちの活躍は、この王国の歴史に残るほどのものだ。また改めて、褒美を与えよう」
褒美! やったぜ!
なにがもらえるのかな?
国宝は……やっぱり、無理かな?
「それでな、ここからは、少し言いにくいことなんだが……」
ハワードがそう前置きして、
「この王国に、勇者候補たちを通わせる学園を開設することになった。お前たちには、そこへ通ってもらいたい」
知っている。ゲーム通りだ。
「正直に言おう。余は、アーサーがいずれ勇者として選ばれると思っておる。しかしな、あの騒動の渦中におったものたちであっても、それを認めたくないものが多く……学園の開設をせねば、貴族どもはみな、納得せんのだ」
げんなりしたようすで、ハワードがため息まじりに漏らした。
「あの場にいて、おのれの目で全てを見ておったのにな。あやつらは、いまだに自分たちが擁するものこそが、勇者となることを信じておるようだ。なんとも夢見がちなことよの。だが、余は立場上中立でなくてはならんのでな。アーサーを擁してやることはできん。すまんが、他のものらと一緒に、学園に通ってもらえまいか?」
ハワードが、アーサーに乞う。
それは、命令ではなく、要望だった。
『クワンティック・エグゾダス』の世界では、勇者の立場は王よりも上だったが、この現実世界でもやはり同じらしい。
ハワードの態度は、すでにアーサーを勇者と認めているということに、他ならない。
「はい。その、ぼくはかまいません。でも……」
アーサーが、おれとマリンに視線を移す。
「私たちも一緒に、でしょうか?」
おれは、ハワードにたずねた。
ゲームでは、マリンもアーサーと一緒に学園に通っていた。
今回は、おれもそうなるのか。
「そうだな。そうしてもらえまいか?」
「かしこまりました」
「わたしも、かしこまりました」
おれとマリンは、迷わず承諾し、アーサーはほっとした表情をうかべた。
そうか。おれも、ふたりと学園へ通えるのか。
けっこう……いや、かなり楽しみだな。
「そうか。施設自体は、王国内に現存する学舎を利用するつもりなので、さほど待たせることはないだろう。学園の開始は、およそ一月後を予定しておる。寄宿舎も用意するから、学園が始まってからは、そちらで生活するとよいだろう。それまでは、城の部屋を使うがよい。必要なものがあれば、なんなりと申せ」
「ありがとうございます」
おれたちは、順番に礼を述べた。
「うむ。それまでの間、ゆっくりとからだを休めるがよい。アーサーよ、腕はもう平気か?」
「はい。マリンのおかげで、完全に治りました」
「それはなによりであるな。では、これで終わりにしようか」
「失礼いたします」
エリックが率先して一礼し、おれたちも、おのおの頭を下げてから、玉座の間を後にした。
◇ ◇ ◇
ティレニア城内。
おれに現在あてがわれている、来賓用の部屋のひとつ。
マリンとアーサー、それにおれを含めた三人は、国王たちを救った恩賞のひとつとして、城内に部屋を用意してもらえた。
それぞれひとり用の個室で、簡素だが広めの部屋だ。
ハワードとの謁見を終えたあと、おれ、ジョセフ、レックスの転生者三人組が、そこで丸テーブルを囲み、顔をつき合わせていた。
「いやー、大変だったねー」
イケメン王子こと、レックスが、爽やかに白い歯を見せて言う。
あの騒動から三日経っていたが、こいつに疲れは残っていないらしい。
毎朝、姉のルーシーと槍の訓練をしているんだったよな。
そのおかげで、太らずにすんだようだし、体力や持久力も、おれたちより格段に上がったのだろう。
おれはまだ少し、疲労感がある。
ジョセフは……相も変わらず、無表情だからよくわからん。
「さすが本当の勇者だね。聖剣もまだ持てないうちに、もうボスキャラをひとり倒しちゃうし。けど、僕はさ、今回みんなが助かったのは、リョウのおかげだと思ってるよ。転生しても、リョウは頼りになるね」
「ふふん、なんせ、おれはこのゲームをやりこんでいるからな」
そう言って、椅子に座ったまま胸を張った。
「まったく、始末に負えませんね」
これ見よがしに、ジョセフが深くため息をつく。
「プロキオンの出現は、あなたもまったくの予想外だったのではありませんか?」
「う……それは……まあ、そうだけど、こんなの、予想できるわけないだろ」
おれがぼやくと、ジョセフは眼鏡のつるを持ってくいっと上げ、レンズ越しに冷たい目を向けてきた。
「このあいだ言いましたよね。私たちが関わって、話の流れを変えてしまえば、予測のできない事態になりうると」
確かに、そんなようなことを前に言ってたっけ。
「そんなこと言われても……おれは、大したことはしてねえぞ」
きっぱりと否定する。
できる範囲でアーサーとマリンを鍛えたが、これは必要なことだったはずだし、成長できたのも、本人たちの努力の結果であって、おれがしたことは、決して大したことではない。
推しの恋の応援に関しても、残念ながら、まだなにもできていない。
「していましたよね。王都に来る途中、マリンにいいところを見せようとして、目立っていましたよね?」
あー、あれね……。
「だってさ、魔獣に襲われてたんだから、仕方ねぇだろ」
「仕方なく? アーサーに最初から任せればよかったのに、無駄に目立ってましたよね? マリンの前で、かっこつけてましたよね?」
「いいだろ、ちょっとくらい」
「ちょっとでも、どういった影響があるのか、わかりませんからね」
「あんなんじゃ、なにも変わらねぇよ。もっと、大きなことじゃなきゃ……」
「……」
おれとジョセフは、お互いの顔を見合ったまま、ぴたりと静止した。
そういえば、大きなことをやらかしたやつがいる。
とんでもないことをな。
「まあまあ。リョウもハカセも、けんかはやめようよ。カロリーが無駄になっちゃうよ」
のんきな声で、レックスが仲裁に入る。
おれとジョセフが、ゆっくりと首を動かし、その顔を睨みつけた。
「お前のせいか!」
「あなたのせいですね!」
「えー!」
イケメン王子の絶叫は、王城の中庭にまで届いたそうだ。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
今回で第一章は終了です。
お気に入り登録、ならびに評価をしていただき、ありがとうございました。
大変励みになります。
第二章・白の聖女と氷の魔導士は、現在準備中で、近いうちに投稿を開始する予定ですので、今しばらくお待ちください。
菱下泰典




