23.謁見Ⅱ
「それにしても、ロバートよ。見事だったぞ」
「過分なお言葉を賜り、恐悦至極にございます」
「ふはははは。ハリスの顔といったら……ふはははっ、痛快だったな!」
ハワードは、ほとんど腹を抱えて笑っている。
おれたちがこのまま黙っていれば、しばらく笑いつづけていそうだ。
「陛下」
これまでずっと沈黙していた王妃、デボラが、ハワードに向かってひと言発する。
「すまん、すまん。ロバートよ。余は、お前のことも気に入った。しかし、決闘裁判などというものを、一体どこで知ったのだ? 教えてくれぬか?」
「私は、古い騎士物語を読むのが好きなのです。その中に、決闘裁判が出てくる話がありました。それで知ったのです」
もちろん、本当は違う。
ゲームの中でだ。
「アーサー、ロバート、ジョセフ、ロゼッタか。ふむ、あとひとり」
ハワードが、マリンに視線を向ける。
「マリンよ。お前もなにか、特別な才を持っておるのではないか?」
「わ、わたしは……」
緊張がぶりかえしたのか、マリンが狼狽して言いよどむ。
「国王陛下、よろしいでしょうか?」
助け舟を出したのは、ロゼッタだった。
「うむ。どうした?」
「マリンさんはすでに、『ホーリーヒーリング』を習得なさっています」
「なんと! それはまことか!」
ハワードが目を剥いて驚き、マリン本人に直接確認する。
「は、はい。使えます」
マリンは勇気を出して、はっきりと答えた。
「それはすごいな。『ホーリーヒーリング』の使い手として、今のところ明らかになっているのは、ウィラテールの『白の聖女』のみ。ならばこの先、マリンは『赤の聖女』と呼ばれることになろう」
赤い髪だから『赤の聖女』。
ちなみに、『白の聖女』は美しい白髪だ。
「お、おそれおおい、です」
ハワードが感心してみせ、マリンは首を勢いよく左右に振った。
「いやいや。おい、エリックよ。粒ぞろいの子らではないか。正直、うらやましいぞ」
「恐れ入ります」
エリックが、洗練された所作で一礼する。
「それを山ザルだと? あやつの目は節穴のようだな。それに、子の教育もなっておらんわ。なんだ、先ほどの暴言は。本当に、ハリスの息子はあのようなことを口にしておったのだな?」
「はい。一言一句、間違いなく」
いつもの無表情で、ジョセフが肯定する。
「勇者を目指すものの言葉とは思えん。ロゼッタよ、よくぞオズワルドを止めてくれた。城下には、他国から多くのものが訪れる。王国の恥が広まってしまっては、かなわん」
そう言って、ハワードは優しい目でロゼッタを見やる。
「で、ですが、そのせいでアーサーさまに、ご迷惑をおかけしてしまいました……」
ロゼッタは俯き、しゅんと落ち込んだ。
「アーサーくん。私にも、この子の父親として、礼と詫びを言わせてほしい。娘を守ってくれてありがとう。そして、すまない」
エリックはその隣に立ち、アーサーにしっかりと頭を下げた。
「ぼくがやりたいと思ってやったことです。気にしないでください」
アーサーは当然のごとくそう言って、ロゼッタとエリックに微笑んだ。
「あ、ありがとうございます」
ロゼッタは人目もはばからず、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
その彼女を慰めるように、エリックが愛娘の肩に手を乗せる。
「大事なことを先に言っておこう」
束の間、そのやりとりを見ていたハワードが、居住まいを正して告げる。
「よいか。決闘裁判では、命を落とすこともある。アーサーよ、お前にその覚悟があるか?」
「はい、あります」
アーサーはすぐに答えた。
「うむ。では、つづきを話そう。決闘裁判は一対一での決闘を行い、勝者の側の訴えが、正しいものと判じられる。決闘では武器を使用してもよい。剣でも槍でもな。お互いに合わせる必要はない。魔法の使用も許されておる。ただし、前もって身体能力を向上させる魔法は使ってはならない。同様の効果のある薬を飲んではならない。致死毒や麻痺毒も使ってはならない。そのような魔法も使用禁止だ。さて、先ほど申したが、代理も認められておる。お前は自分で戦うのだな?」
「はい。他の誰かに戦わせるなんて、嫌です」
「うむ。おそらくハリスは息子の代理として、相当腕の立つものを用意するであろうな。お前は、剣は使えるのか?」
「はい。多少は」
「そうか。しかし……」
ハワードが不安げな顔になる。
アーサーを心配してくれているらしい。
(立場的には中立でいなくちゃならないんだろうけど、さすがに相手があれだと、こちらに肩入れしたくもなるか)
おれは内心で苦笑した。
「陛下、アーサーはキャメロン家の、ジャックの愛弟子です」
エリックが、その情報をハワードに伝える。
「なに! あのジャックのか?」
「はい。ジャックは、アーサーたちの住む村に居を構えておりまして、そこで、アーサーとマリン、それからロバートに、剣の手ほどきをしていたそうです」
「ジャックめ、一体どこへ行ったのやらと気になっておったが、そんなところにおったのか。なるほど。それでお前たちがそんなに落ち着いておるのだな?」
ハワードは納得したような表情をうかべた後、急に渋面になった。
「ハリスのやつが余計なことをせなんだら、ジャックも騎士団に留まってくれていただろう。そう考えると、なにやら因縁めいたものを感じるな」
ジャックの過去に一体なにがあったのだろうか。
かなり気になるのだが。
本人も教えてくれないし、ゲームでもジャックはいなかったから、おれはなにも知らない。
「ならば、アーサーの剣の腕は間違いなかろう。決闘は、ふたりのどちらかが、おのれの負けを認めれば決着となる。そして言わなければ、どちらかが死ぬまでつづく。今回の場合、アーサーが勝てば、オズワルドに対する不敬罪は不問となるが、もしも負ければ、やはり極刑の可能性もありうる。どちらにせよ、アーサーは負ければ死ぬやもしれぬということだ」
ハワードがおれたちの顔を見回したが、誰もいまの言葉で不安になったりはしていなかった。
おれたちの中に、アーサーの勝利を疑うものは、ひとりもいない。
再び、ハワードの秀眉が跳ねあがる。
「ほお。アーサーはそれほどの腕前か。俄然興味が湧くな。こんなことを言ってしまってはなんだが、明日の決闘裁判が、少し楽しみになってしまったぞ」
(ええ。面白いものをご覧に入れましょう)
前から言ってみたかった科白を、おれは心の中だけで呟く。
「エリックよ。まさにお前の言う通りになったわ。余はこのものらが気に入ったぞ。褒美は出せんが、ひっそりと応援しよう」
「ありがたき幸せにございます」
「うむ。実はな、決闘裁判と聞いた時、余はお前がアーサーの代わりにやるとか言いだしたりせんか、ひやひやしておったのだ」
「必要であらば、それも辞さないつもりでした。アーサーは、私たちの恩人ですから」
「頼むから、やめてくれ。『鳳翼』のエリックに出てこられては、この城は火の海になってしまう」
茶目っけを含んで、ハワードが言う。
『鳳翼』のエリック。
魔導士であるエリックのふたつ名だ。
火属性の魔法を使うエリックが、戦場に立った時、その背中に炎の翼が宿ることから、そう呼ばれているらしい。
正直、かっこいいと思う。
「ご冗談がすぎますよ、陛下」
ほんの少し口の端をあげて、エリックが返す。
うん。この返しも、かっこいい。
このレトロ感というか、中二病感が、すごくいいな。
「ふむ。久々に楽しい時間を過ごせた。礼を言う。さて、すまんがこの後も謁見の予定がある。名残惜しいが、これまでとしようか」
「貴重なお時間を賜り、心より感謝申し上げます」
エリックとともに、おれたち全員で深く頭を下げる。
「ではの。また明日」
ハワードが鷹揚に頷く。
おれたちは、再度一礼して、玉座の間を出た。




