21.暗殺者の罠
おれたちは食事を終えると、レストランを出た。
店の外には、ニューポート伯爵家の騎士たちが、おれたち──ではなく、ロゼッタとマリンを迎えに来ていた。
ロゼッタには、マリンと一緒にこれから寄りたいところがあるそうで、護衛のために、前もって騎士たちを呼んでいたらしい。
なぜアーサーやおれたちが護衛ではだめなのかたずねると、ロゼッタは行き先が「女の子の秘密の店」だからだと答えた。
ふむ。なるほど。なら、ついていくとは言いづらい。
アザレアでのこともあるし、少し心配ではあるが、騎士たち(四人とも男だが、家臣だからいいのだろうか)もいるし、ひとまずは納得して、ふたりとは店の前で別れ、おれ、アーサー、ジョセフは、先に宿屋に戻ることにした。
「なあ、ランジェリーショップってさ、この世界にも……そりゃあ、あるか」
三人で並んでみちを歩きながら、素朴な疑問を口にする。
夜みちと言えど、街灯や店の灯りがあちこちにあって、あたりはずいぶんと明るかった。
一瞬、夜の王都を見て回りたい衝動に駆られたが、明日のこともあるし、ジョセフになにか言われそうなので、今日は我慢しよう。
それはまた後日だな。
「……デリカシーがないですね。マリンさんと姉上に怒られますよ」
ため息まじりに、ジョセフが答える。
だって、ゲームにはなかったもの。
「まあ、確かに専門店となると、普通の町にはないでしょうね。アザレアにもありません。人も、ものも、数多く集まる王都ならではでしょうね」
「ねえ、らんじぇりーしょっぷってなに?」
アーサーが純粋無垢な表情で、おれにたずねる。
当然、パイク村にもそんなものはない。
では、村の人々はどうしているのかというと、自分たちで作っている。
衣服と違い、他人のお下がりをリメイクしたものではなく、肌触りのいい布で一から作るのである。
「うーん、女ものの下着を売ってる店だな」
「えっ! 下着って、売ってるの?」
「ああ。都会の人間は、作るんじゃなくて、買うのが普通なんだ」
「へぇ、そうなんだ。あっ! そうか! 服もそうだもんね。アザレアに『服屋』っていうのがあって、驚いたけど、町の人たちには普通のことだって」
「そうだな」
「じゃあ、ふたりは下着を買いにいったんだ」
「そうみたいだな。だから、おれたちには関係ない」
あ、いや、正確には「おれには」か。
だけどアーサーには……いや、ちょっと待て。
それはまだだ。まだ、はやい。もっとゆっくりでいい。
けれど、ふたりがそれを望んでいるなら?
いやいや、待ってくれ。こういうのは、段階を踏んで、徐々にだな……。
「ロブ、どうしたの?」
「な、なんでもないぞ」
おれの顔をのぞき込んできたアーサーに、勢いよくかぶりを振って答える。
ジョセフがあきれたような目を向けてきたが、なにも言わなかった。
そんなこんなで、宿屋の玄関付近まで戻ると、進行方向の先に黒ずくめの人物がひとり、佇んでいるのが見えた。
相手との距離は三十メートルくらい。
身長は多分、百八十センチ前後。
漆黒のマントをまとい、フードを目深におろしている。
どう見ても、怪しいやつだ。
ひと気はないが、まわりにはいくつもの光源あるため、この場所もずいぶんと明るい。
しかし、その暗殺者みたいなかっこうをしている人物は、闇に紛れるつもりも隠れるつもりもないのか、おれたちの目の前に堂々と立っている。
暗殺者といえば、おれたちには、アザレアでの苦い記憶があった。
だが、いまおれたちの前に現れた人物は、アザレアで毒針を放ってきたやつと同じなのだろうか?
アーサーが、いつも通り身に帯びていた剣を、慎重に抜き放つ。
暗殺者スタイルの人物を、敵と認識したようだ。
見るからに不審者ではあるが、それだけではなく、相手の殺気を感じてのことだろう。
ちなみに、おれとジョセフは帯剣していない。
おれには、投擲スキルがあるし、ジョセフはそもそも、剣に慣れていない。
しばらく距離を保ったまま、お互いに睨み合っていたが、突如黒ずくめが駆け出した。
おれたちとは、反対方向に。
つまりは、逃げた……のか?
アーサーがおれを見て、「どうする?」と目で訊いてくる。
「追うぞ!」
罠かもしれない。
わざわざ姿を見せたのだ。
その可能性が高い。
けれど、このまま放置して、マリンたちのもとに向かったら最悪だ。
それなら、多少危険をおかしても、脅威を排除しておきたい。
おれは、アーサーとジョセフとともに、黒ずくめの後を追いかけた。
黒ずくめはしばらく走っていき、やがて街灯のない、建物と建物の間の細いみちに入っていった。
(あの先は行き止まりだ)
え? なんで知ってるのかって?
もちろん、ゲームをやりこんでいるからだな。
おれたちも、つづいて細い道の入り口に辿りつくと、すぐに黒ずくめの後ろ姿が目に入った。
みちは幅が一メートルと少しで、入り口から五十メートルくらい先で行き止まりになっていて、黒ずくめは壁の前で立ち往生しているようだった。
(もう逃げ場はない。観念しろ)
そう言いたかったが、実際には口にしなかった。
なんだかフラグっぽいからだ。
代わりになんと言おうか考えていると、ジョセフがおれたちより一歩前に出る。
「もう逃げ場はありませんよ。観念してください」
言っちゃったよ!
見たところ、突き当たりの壁の高さは、三メートルほど。
普通の人間には無理だが、忍者職が持つような『軽身スキル』の持ち主であれば、簡単に越えられてしまうだろう。
おれやジョセフのステータスを見る能力は、相手との距離が十メートル以内でなければ、発動しない。
なので、黒ずくめの正体や技量はいまだに不明のままだ。
黒ずくめはゆっくりと振り返り、先ほどと同様に、おれたちと向かい合う。
フードをおろしているため、表情はわからないが、その落ち着きはらったようすは、観念しているふうにはとても見えない。
にわかに、黒ずくめがマントの裾を翻して、銀色のなにかを、こちらに向けて放ってきた。
はやすぎて、はっきりとわからなかったが、おそらくは特大の針──毒針だろう。
アーサーが素早くおれたちの前に出て、剣でそれらを打ち落とす。
地面にそれが落ちきるのを待たずに、アーサーが黒ずくめのもとに走り出す。
が、急に足を止めて──
「危ない! 避けて!」
アーサーがおれたちに向かって叫ぶ。
おれとジョセフは、無我夢中でその場から飛びのいた。
次の瞬間、おれたちがいた場所の石畳に、合計四本の針が突き立っていた。
「やっぱり罠か! 知ってたよ!」
誰ともなしに叫ぶ。
罠であることを前提に、周囲を警戒していたため、おれもジョセフも素早く行動できた。
しかし、敵の正体も数も、依然としてわからないままだ。
「どこから投げてきたんだ!」
おれは振り返って、狙撃手が潜んでいそうな場所を探した。
針は石畳に突き刺さっているから、『貫通』効果のある飛針スキルだと思うが、それなら投擲スキルと同じく目視が必要だ。
あっちから見えるなら、こっちからも見えるはず。
目の前には建物がずらりと並んでいて、その間にいくつも路地がある。
どこだ? あそこか? それとも、あっちか?
だめだ。見つからない。
おれが目を凝らして、必死に狙撃手を探している間、ジョセフはサムズアップするように親指を立てて、なにやらぶつぶつと呟いていた。
「入射角はおよそ六十度。向きはやや左に傾いている。みち幅を七メートルとすると、建物の高さは……十二メートルほど。ならば──」
そして十数秒後、ある一点を指さして、こう言った。
「わかりました。狙撃手は、あの建物の屋上です」
おお! さすがハカセ!
だが、ゆっくり感心していられない。
おれは革袋から、手探りで鉛玉を取り出しながら、ジョセフの指さした場所を見やる。
いた! あれか!
ちょうどいま、こちらに二射めを放とうとしているやつがいる。
すぐさま、おれも鉛玉を敵に向けて放った。
こちらはレベル7。
飛針スキルは投擲スキルよりも命中率は劣るが、もしも相手のレベルが7以上だったら、おそらく針はおれたちに当たっていたはずだ。
ならば、絶対におれのほうがはやい。
おれの放った鉛玉は、狙撃手が針を放つ前に、そいつの肩を正確に撃ち抜いた。
投擲スキルに飛針スキルのような二次効果がなくとも、人間の肉体程度ならば、余裕で貫通できる。
(よし! これで無力化できたはずだ!)
倒れるのがしっかりと見えたが、死んではいないはずだ。
弾も貫通させたしな。
さらにあたりを見回し、他に敵の姿がないことを確かめてから、ジョセフとともにアーサーのもとに向かう。
おれたちが奥へ辿りついた時には、石畳の上に倒れた黒ずくめに、アーサーが剣の切っ先を突きつけていた。
フードをおろしたままだから、顔は下半分ほどしか見えないが、やたらと青白い肌の男だった。
「ここで私たちが質問しても、きっとなにも答えないでしょうね。仕方ありません。このまま衛兵に引き渡しましょう」
ジョセフが、人を呼びに行こうと一歩足を踏み出す。
すると、びくんと、黒ずくめのからだが大きく跳ねた。
「離れて!」
アーサーが、自分の背中でおれとジョセフを押すようにして、黒ずくめから距離をとらせる。
黒ずくめは二、三度からだを痙攣させ、それから完全に停止した。
「毒針を、自分に刺したようですね」
ジョセフは状況を瞬時に察して、吐息とともに口から漏らした。
ようは、自害か。
この分だと、狙撃手のほうもどうなっているか……。
確認せねばならないが、気が重い。
「ステータス・オープン……やはり、死体では見れませんね……」
ジョセフが黒ずくめを見下ろし、残念そうに言う。
おれもこれまで試したことがあるが、生きているもののステータスしか、見ることはできなかった。
「……マリンたちは無事だろうか?」
「わかりません。罠を用意して誘導したことを考えると、今回の目標は私たちだったように思えますが」
「そうか。けど、一応……」
おれにとってなによりも優先すべきことは、マリンの身の安全である。
おっと。ロゼッタの身も、もちろん大事だよ。
たとえデリカシーのなさをふたりになじられようとも、無事をちゃんとこの目で確かめておきたい。
「……わかりました。ふたりが心配なのは私も一緒ですからね。店の場所も聞いていますし、行ってみましょう」
ジョセフの言葉に、おれとアーサーはしっかりと頷いた。
狙撃手の死体を確認した後、おれたちはマリンたちのもとに向かったが、そこではなんの騒動も起きておらず、ふたりは買い物を楽しんでいた。
マリンには冷たい目で見られてしまったが、その程度で済んだことに、おれはほっとして、胸をなでおろした。




