20.鳴き梟亭
マリンとロゼッタのふたりと合流し、おれたちは宿の近くのレストラン、『鳴き梟亭』にやってきた。
予約してくれたエリックは用事のため、今夜は欠席するそうだ。
「わたくしも、ここへ来るのははじめてです。評判のよい店のようですので、とても楽しみです」
ロゼッタが嬉々として言う。
店内は結構広い。
学校の教室、六つ分くらいだろうか。
客も多く、さまざまな人種が集まっている。
少数ではあるが、転生したこの世界ではじめて見る、エルフや獣人の姿もある。
おれたちは、大皿がいくつも並べられそうな、大きめの円卓を囲んで、席に着いた。
「王都にはなんでもありますから、魔獣のお肉だけでなく、お魚や貝なんかの魚介類も食べられるんですよ」
座席に着いてからも、ロゼッタがいろいろと教えてくれた。
おれたちは、それを興味深く聞いていた。
この世界に転生して以来、おれは魚介類をほとんど食べておらず、村で小さな川魚を何度か食べたくらいだった。
マリンとアーサーも同様だろう。
ロディマス王国は内陸部にあるため、海は遠い。
山間にあるパイク村ではもちろんのこと、アザレアでも海の幸とは無縁だった。
ここ王都も同じく、海からだいぶ離れているが、輸送手段──おそらくは魔法だろう──が確立されているらしい。
ますます楽しみだな。
しばらくすると、いいにおいのする色とりどりの料理が運ばれてきた。
注文を取りに来なかったので、メニューは『お任せ』のようだ。
「す、すご……お、おいし……」
驚きすぎたのか、マリンは幼児のような口調で呟いた。
手にしているのは、ロブスターみたいなやつだ。
「これも美味しいよ。こんなの、はじめて食べたよ」
アーサーは、目をきらきらさせている。
その手に持っているのは、魚の串焼きだ。
白身の魚で、鯛に似ている気がするが、味もそうなのだろうか?
おれも早速、手近にあった牡蠣に似た殻つきの貝を手に取り、口に運んだ。
「う、うまい……」
マリンと同じような感想しか出てこないが、とにかく美味い。
軽く茹でられていて、食感はぷりぷり。濃厚な味は牡蠣そのものだ。
これが食べられただけでも、王都に来た甲斐があると思ってしまうほどだった。
「たしかに美味しいですね。これは、烏賊でしょうか? 身が締まっていて、味もしっかりしていますよ」
ジョセフが、湯気で眼鏡を曇らせながら、舌鼓を打つ。
「マリンさん、ほら、こちらも美味しいですよ。どうぞ、食べてみてください」
「うん。ありがとう。じゃあ、こっちも、これあげるね。美味しいから、食べて」
「ありがとうございます。うーん、美味しいです」
マリンとロゼッタが、仲睦まじく料理を分け合う。
そうして、しばらくおれたちが和気あいあいと料理を楽しんでいると、
がしゃぁぁぁん。
少し離れた場所から、皿の割れる音が聞こえた。
「なんだこの料理は! 俺を虚仮にしているのか!」
誰かが、誰かに怒鳴っている。
声は大きいが、まだ少年のもののようで、ここの店員に向かって言っているようだ。
おれはふと、そちらの席を見やる。
おれたちと同様に、複数人で食事に来ている客で、その中のひとりの少年が、椅子から立ち上がって店員にまくし立てていた。
「この俺を誰だと思っているんだ! こんな店、俺の一声ですぐにでも潰せるんだぞ!」
少年の脅し文句のつぎに、すぐ近くから深いため息が聞こえた。
ロゼッタのものだ。
彼女のようすから察するに、知っているやつらしい。
そして、おれもあいつのことはよく知っている。
ゲームにも出てきたやつだからな。
少年の名はオズワルド・デント。
この国の宮廷貴族である、デント侯爵家の子息。
身長は、おれよりもちょっとだけ高く、体形はやや細身。
褐色肌で、黒目、黒髪。色は違うが、癖のあるところや髪型は、おれとよく似ている。
顔立ちは整っており、前世の言葉で言い表すなら、「オリエント的な美男子」か。
きっと女の子にも、モテるだろう。
ただし、中身を気にしない子に限るが。
さらに、最も重要なこと、それは──
「俺はこれから、勇者になるんだ! その意味がわかっているのか! 俺の機嫌を損ねるようなまねをすれば、この世界はどうなると思っているんだ!」
あいつも勇者候補だということだ。
いや、こんな勇者は嫌だろう。
なにか気に入らないことがあると、「いいのか? 人類、救わないぞ?」なんて言い出す勇者。
そもそも、魔王の復活と、勇者選定の儀が行われることは、世間にはまだ大々的に公表されていないはずだ。
怒鳴られている店員も、「こいつはなにを言っているんだ?」という顔をしている。
勝手にそんなこと喧伝してもいいのだろうか?
オズワルドの周りの連中も、止める気配は一切ない。
「仕方ありませんね」
おれたちがぼんやりとオズワルドたちを見ていると、ロゼッタが椅子から立ち上がり、オズワルドたちの席に向かう。
彼女のその行動は、意外でもなんでもなかった。
おれはまた、ロゼッタのことも知っていた。
高貴なる者の義務。
ロゼッタは、それを身をもって示すことのできる少女だ。
そんな彼女が、このような事態を目の当たりにすれば、決して看過するまい。
しかしながら、今回の相手はちょっとたちが悪い。
おれが椅子から立ち上がると、ほぼ同時に、仲間たちも全員立ち上がった。
すぐに、みんなでロゼッタの後を追う。
「おやめなさい。見苦しいですよ」
ロゼッタが、オズワルドのそばまで行き、凛とした声で告げる。
茶々を入れられた腹立たしさに顔をしかめて、オズワルドは声の主を確認し、
「なんだ? ロゼッタ・ニューポートじゃないか。お前も来ていたのか?」
その顔が薄笑いに変わった。
「ええ。先ほどまで、食事を楽しんでいました。ですが、聞き捨てならない言葉が聞こえてきたので、こうして参りました」
ロゼッタは、臆することなく、オズワルドを見据えた。
「聞き捨てならないとは、俺が言った言葉のことか? 一体どれのことを言ってるんだ?
傲慢な態度を崩さずに、オズワルドがたずねる。
「全てです。人々を導く立場の人間が、口にして許されるものではありません。すぐに謝罪し、訂正しなさい」
ロゼッタが、ぴしゃりと言ってのける。
「伯爵家の女ごときが、この俺に説教か? ふん! 笑わせるな! ちょうどいい。ここで俺たちに酌をしろ。そうしたら許してやるよ」
オズワルドは薄笑いをうかべたまま、ロゼッタに手を伸ばした。
真っ先に動いたのはアーサーだった。
瞬時にロゼッタの前に移動し、オズワルドの右腕の前腕部を左手で掴んだ。
「おい、なんだお前は?」
オズワルドが不機嫌に眉根を寄せる。
「アーサー。苗字はないよ」
アーサーは相手が貴族であることを察して、苗字のこともちゃんと告げた。
敬語は使わなかったが。
「ならば、お前は平民か? わかっているんだろうな! 平民が俺にこんなことをして、ただじゃ済まないぞ!」
「知らないよ、そんなこと。でも、友だちに嫌なことをするやつは、誰であっても、ぼくは許さない」
アーサーの科白に、ロゼッタが「まあ」なんて声を上げる。
「平民が。この小汚い手を離せ」
アーサーを睨みつけながら、オズワルドが命じる。
だが、アーサーはまったく動こうとしない。
おれは横目で、オズワルドの仲間たちを見やった。
全員にやにやと笑っていて、こちらも動く気配はなかった。
連中はどうやら、オズワルドの力を過信しているようだ。
「は、離せよ」
オズワルドが腕を振ろうとするが、アーサーによって固定され、微動だにしない。
「くっ! なんて力だ。くそっ、このっ」
(無理だな。オズワルドの筋力では、アーサーの手は振りほどけない)
オズワルドのステータスはすでに確認済みだ。
オズワルドの筋力値は30。
対して、アーサーの筋力値は46だ。
(そこそこ鍛えてはいるみたいだな。剣術スキルもちゃんとある。スキルレベルは3か。それなりに戦えて、調子に乗っていたようだな)
おれは、同じようにオズワルドのステータスを見たはずのジョセフと目を合わせ、お互いに軽く頷いた。
相手は侯爵家の息子だ。
後々面倒になるから、ここらへんで収めた方がよかろう。
「アーサー、そろそろ離してやってもいいんじゃないか?」
「ロブがそう言うなら……」
おれの言に従って、アーサーがぱっと手を離す。
「ばか力が……」
顔をしかめながら、オズワルドは右腕を左手でおさえつつ、口から漏らした。
「それでは、改めて申します。先ほどの言葉を謝罪して訂正するか、さもなくば、この店から出ていって下さい」
ロゼッタが、毅然とオズワルドに言い放つ。
「……おい、出るぞ」
オズワルドは、椅子に座ったまま顔を青くしている仲間たちにそう告げると、みんなそろって店から出ていった。
そのすぐ後、店にいた客たち全員から、わあっと喝采が上がった。
「よお! いいぞ、姉ちゃん! すかっとしたぞ!
「ねえ、格好いい金髪の坊や。お姉さんと飲みましょうよ」
「赤毛の子。こっちに来なよ。可愛がってあげるからさ」
店のあちこちから、ロゼッタとアーサーに賞賛の声が浴びせられる。
ロゼッタとアーサーのふたりは、少し照れながら、軽く会釈を返していた。
だけど、最後のやつ。
お前の顔、しっかりと覚えたからな。




