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18/31

18.旅の途上で

ニューポート伯爵邸でおよそ一か月を過ごした後、おれたちはロディマス王国の王都、フリージアに向けて出発した。

王都までは最短で七日間。

ゲームでは、遠く離れた場所へ一瞬で移動できる魔法やアイテムがあったが、ジョセフによると、この現実の世界にはそんな便利なものはないそうだ。

なので、時間をかけて旅をするしかない。

街道はきちんと整えられていて、不便さは感じなかった。

尻が痛いのは、相変わらずだが。

一行は、馬車が二台と騎士の乗った馬が二十騎で、おれ、アーサー、マリン、ジョセフ、ロゼッタは同じ馬車に乗り、エリックだけは別の馬車にひとりで乗っていた。

おれたちを乗せた馬車は急ぐわけでもなく、かといってそれほどゆっくりでもない速度で、街道を走っている。

時間を持て余していたおれたちは、馬車の中で雑談に興(きょう)じていた。


「そうですか。アーサーさまは司祭さまに……さぞ、ご苦労も多かったのではないですか?」


先ほどからロゼッタは、アーサーの身(み)の上(うえ)話(ばなし)に聞き入っていた。


「そんなことないですよ。司祭さまは優しかったですし、ご飯もいっぱい食べさせてくれました」


アーサーはいつもの無垢(むく)な顔に、郷愁(きょうしゅう)のまじった表情をうかべて答えた。

おれたちの村の司祭は、もとは隣の町に住んでいたが、パイク村に移ってきて教会をかまえた人だ。

ある日、その教会の前に、まだ一歳にもならないアーサーが捨てられていたそうだ。

パイク村は八百人程度が暮らす、小さな村である。

誰の子かすぐにわかるはず──だったが、なぜか誰にもわからなかった。

怪しい人物もいなかったし、捨てるところを見たものもいなかった。

司祭は捨て子をアーサーと名付け、ひとり身でいろいろと苦労しながらも、我が子同然に愛情を注いで育てた。

ちなみにアーサーの誕生日は、先代の勇者と同じ日で、これは司祭が決めたのだそうだ。

縁起(えんぎ)がいい日だからだと、後にアーサーに語ったらしい。

ゲームには出てこなかったが、現実の司祭には、もちろんちゃんと『ティム』という名前がある。

あまり感情を表に出さない男だが、おれから見ても、とてもいい人だと思う。

そのティムをアーサーが「司祭さま」と呼ぶのは、「お父さん」と呼ぶと、彼が少し困った顔をするからだ。

聖職者だからなのか、彼自身の性質によるものなのかはわからないが、ティムはいつか本当の両親がアーサーを迎えに来ると信じているらしく、そんなポジティブなティムに対して、アーサーはやや複雑な心境のようだった。


「司祭さまは、とても素晴らしいおかたなんですね。パイク村ではあまりお話できませんでしたが、いつかまたお会いしたいです」


アーサーの心の機微(きび)など知るよしもないロゼッタが、明るい口調で言う。


(それでいきなり、「息子さんを、どうかわたくしにください」なんて言うつもりじゃないだろうな?)


ロゼッタの言(げん)を聞いて、そんな皮肉を胸中(きょうちゅう)で呟いた。

馬車内の席順は、進行方向側の席に、アーサーをはさんで(アーサーの)右手側にロゼッタ、左手側にマリンが座り、その向かいの席におれとジョセフが座っていた。

ロゼッタは、はしたないと思われない絶妙の距離でアーサーに近づき、目をうるませている。

さすがはヒロインのひとり。

パイク村のカーラよりも、役者が一枚上のようだ。

伯爵邸にやっかいになっていたひと月の間、アーサーはおれと行動を共にしていたので、ロゼッタとはあまり接点がなかった。

だから、かどうかは知らないが、ロゼッタは積極的に行動している。

これはちょっとよくないかもしれんな。

いや、決して咎(とが)めるようなことではないが、おれにとっては都合が悪い。

おれがここにいる理由は、マリンの恋を応援するためだ。

ちらりとマリンのほうを見る。

マリンはロゼッタとアーサーのやりとりに口を差しはさむことはせず、所在(しょざい)なさげに、視線をさまよわせている。


(マリン! いまは言っていいんだぞ! 「そんなにアーサーにくっつかないでよ!」でも「あんた! 将(しょう)を射(い)るために馬に近づくつもりなの!」でもなんでも!)


しかし、マリンにその気はなさそうだ。

はじめての長旅だから、緊張しているのだろうか?

ならば、ここはおれがひと肌脱ぐ場面のようだな。

そう判断して口を開く。


「あー……」

「姉上。アーサーさんが困っていますよ。少しは大人しくしていてください」


おお、ハカセよ。よくぞ言ってくれた。

やっぱり持つべきものは、前世の親友だな。


「こ、困らせてしまいましたか?」


ロゼッタははっとして、申し訳なさそうに顔をゆがめた。

基本的にいい子なんだよな。

ゲームでの人気も、決して低くなかった。

まあ、マリンよりは下だがな!


「いいえ、ちっとも。ぼくも、久しぶりに司祭さまのお話ができて嬉しかったです」


アーサーが朗(ほが)らかに笑う。

反則級の笑顔を向けられ、ロゼッタが頬を赤く染めて呆(ほう)ける。

おれはこの笑顔を『勇者スマイル』、いや『勇者フラッシュ』とでも名付けようか。


「そうですか。余計(よけい)なことを言ってすみません」


ジョセフはそう言ってから、


「ああ、そうでした。私もひとつ、アーサーさんにお訊きしたいことが」


アーサーと改まって向き合った。


「うん。なに?」


アーサーは笑顔のまま、ジョセフの質問に備えた。


「アーサーさんが、Aランクの魔獣──カオスサーペントと戦った時、怖くはありませんでしたか?」

「すっごく怖かったよ。ぼくひとりだったら、間違いなく逃げ出してた」


あの時のことを思い出したのか、アーサーが僅(わず)かに身をすくませる。


「でも、みんなを守らなきゃ……絶対に守りたいと思って……」


ロゼッタは「君を」とでも言われたかのように、さらに顔を赤くしてうつむいた。

「みんな」って言ったんだからな。


「それから、ロブがぼくのことを信じるって言ってくれて……嬉しくて……本当に嬉しくて……心の底から勇気が湧いてきたんだ」


アーサーがおれの顔を見ながらつづける。


「その時に、どこからか声が聞こえてきて、どうしたらみんなを守れるのか、わかった気がして……」

「なるほど。とても参考になりました。ありがとうございます」


ジョセフはアーサーに返答の礼を述べた。


「いまのでなにがわかったんだ?」


おれは小声で、隣のジョセフにたずねた


「そうですね。色々と」

「え? そ、そうか……」


なんだろう? エクストラスキル習得の条件とか?


「ねえ、マリンさん。マリンさんは王都に着いたら、したいことはありませんか? わたくし、どこでもご一緒します」


ロゼッタがずっと無言だったマリンに話しかける。


「えっと……」


急だったので、マリンがまごついていると、


「姉上、私たちは遊びにいくのではないのですよ」


あきれたようすで、ジョセフが言う。


「わ、わかっています。でも、少しくらいなら、自由な時間もあるでしょう?」


ロゼッタが上目づかいで、ジョセフを見る。

ジョセフは大きく、ため息をついた。


「あの、私、お父さんとお母さんに、なにかおみやげを買いたい」


おずおずと、マリンが答える。

おれたち三人には、エリックからそれなりの額の小遣いが与えられている。

よほど高価なものでなければ、大抵のものなら買えるだろう。

もしも足りなければ、その分はおれが出すつもりだ。

おれも、父さんと母さんと、それから、ジャックにもなにか買おうかな。


「いいですね。王都には沢山のものがあります。一緒にいろいろ見て回りましょう」

「うん。ありがとう。ロゼッタにもなにかお礼がしたいな」

「まあ! まあまあまあ! なんて愛らしい! お礼なんて、気にしないでください。そうだ! では、ご一緒に露店巡りをいたしましょう!」


ロゼッタがアーサー越しに、マリンの手を取ってはしゃぎだす。

ふふふふふ。ロゼッタもマリンの可愛さにやられたか。


「……その不気味な笑い、やめてもらえませんか」


ジョセフが冷たい目でおれを見て、辛辣(しんらつ)に言う。

そんなやりとりがつづくなか、馬車は一路(いちろ)、王都を目指してひた走る。


 ◇ ◇ ◇

 

おれたちの旅は、しばらく順調に進んだ。

変化があったのは、旅の五日目の昼時だった。

街道沿いではあったが、左右を林立する木々に挟まれて、見通しの悪い場所で、それは起こった。


「襲来(しゅうらい)だ! 馬車を守れ!」


隊列の先頭にいる騎士が叫んだ。

おれは馬車の窓から、身を乗り出して、状況を確認する。

馬車の右手側の木々の間から、多数の魔獣がこちらに向かって駆けてきていた。

魔獣の種類はさまざまだったが、ぱっと見たところ、狼型の魔獣、ウルフェンが一番多いようだった。


「魔獣の群れだ。数が多いから、おれが出る。アーサーは残って、みんなを守ってくれ」

「うん、任せて。ロブも気をつけてね」

「ああ」


頷いて、馬車から出ようとしたところ、マリンに服の袖(そで)を掴まれた。


「怪我なんてしたら、承知しないわよ」

「わかったよ。すぐに終わらせてくる」


そう言うと、マリンがゆっくりと手を離したので、おれは馬車を出た。


「ろ、ロバートさん。魔獣がやって来ます! すぐに馬車にお戻りください!」


近くにいた騎士が、おれを心配してくれる。

おれは片手を上げて、問題ないというポーズをとった。

あれ? おれいま、かっこよくない?


(二、四、六……二十、二十二、二十四……二十四頭か)


向かってくる魔獣の数を確認しつつ、腰の革袋から目的のものを取り出す。

銀色の球体──鉛玉だ。

鉛玉はどれも真球(しんきゅう)に近いかたちで、大きさはパチンコ玉とほぼ同サイズ。

ここに来る前のレベリングの時から使っているもので、これもジョセフに用意してもらった。

その鉛玉を右手の中に握りこみ、親指を使って弾(はじ)き飛(と)ばす。

そう、指弾(しだん)である。

おれのスキルでは、これも『投擲』と判断されるらしく、弾いた鉛玉は高速で飛んでいき、銃の弾丸の如(ごと)くウルフェンの眉間を打ち抜いた。

本物の弾丸のように、先が尖(とが)っていなければ、回転もしていないのにだ。

自分でも驚くほどの威力だった。

そうやって、一頭、また一頭と、的確に魔獣を倒していくが、いかんせん数が多い。

だが、おれにはさらなる秘策がある。

適当にいくつもの鉛玉をひっ掴み、魔獣が密集しているところを狙って、まとめて放り投げる。

そうすると、散弾銃と同じ効果をもって、何頭もの魔獣が吹き飛んだ。


「す、凄い……」


背後の馬車から、マリンの声が聞こえた気がした。

どうだ。これがパワーアップしたおれの力だ。

もしかしてこれ、チートじゃないか?

それから、目につく魔獣を指弾と散弾で片っ端から倒していった。

そして、全ての魔獣を倒し終えたころ、いきなり辺りに突風が巻き起こった。

おれは、風に飛ばされまいとしっかりと両足で踏ん張って、砂煙が入らないように目を細めた。

やがて、ばさばさと布がはためくような音が、おれの耳朶(じだ)を打った。

音の発生源を探して、顔を真上に向ける。

そこには──


(おい! 嘘だろ! あいつはAランクの魔獣じゃねえか!)


飛行型の魔獣、フィアモルガナが、空にうかんでいた。

その姿はほとんど恐竜のプテラノドンで、顔はさらに醜悪で、大きさは、多分本物のプテラノドンよりも大きいのではないだろうか。

子ども向けの図鑑で見た程度の知識だが、プテラノドンは翼を広げた状態で、七、八メートルくらいだったと記憶している。

けれども、フィアモルガナは縦にそれくらいはありそうだ。

フィアモルガナは翼をはためかせ、空中に静止しながら、おれたちを見定めていた。


(カオスサーペントと同じ、Aランクの魔獣。しかし、いまのおれはあの時とは違う)


フィアモルガナを、地上から睨みつける。


(やれるか……おれに……)


短い時間で、覚悟を決めた。

よし、やめておこう。

なぜか恐怖は感じなかったが、そのおかげか、冷静な判断ができたようだ。

ここで無理に戦って、マリンたちが危険にさらされるようなことになっては、意味がない。

おれは歩いて、マリンたちが乗る馬車に向かった。

馬車の扉を開け、早々にアーサーに告げる。


「アーサー、出番だぞ」

「うん、わかった」


アーサーは細かいことはなにも訊かず、馬車から出てきた。

おれが人差し指で上をさすと、アーサーも顔を上げた。

空には先ほどと変わらず、フィアモルガナがうかんでいる。


「空飛ぶ魔獣なんて、はじめて見たよ。大きいんだね」


空の上だと比較するものがなにもないから、大きさがわかりにくいと思うが、アーサーは的確に理解したようだ。


「だいぶ離れているが、斬れるか?」


以前のカオス・サーペントと違い、今回の相手は空を飛んでいる。

普通なら、剣で斬りかかるのは不可能だ。


「……多分、大丈夫」


アーサーが腰の剣を抜き、両手で握って意識を集中する。

にわかにそのからだから、以前見た時と同じように、眩い光が発せられる。


「熾天剣。絶技、一閃炸裂」


アーサーは、遠くのフィアモルガナに向けて、剣を一振りした。

直後、はるか上空のフィアモルガナのからだに、いくつもの光の斬撃が降り注ぎ、フィアモルガナは瞬く間にばらばらになった。

地上からそれを見つめながら、おれは思ったよ。


ああ、これが本当のチートかと。


 ◇ ◇ ◇

 

「冗談じゃねぇぞ! なんなんだ、あいつらは!」


よれよれの黒いローブを身にまとい、先端に魔石のついた木の杖を持った男が、街道から少し外れたみちを走っていた。

顔はもじゃもじゃの髭(ひげ)で覆われ、髪も無精に伸ばしているため、顔立ちや年齢は判然(はんぜん)としない。

男は息を切らしながら、これまでいた場所から、少しでも離れようとしていた。


「ちくしょう! こんなのは想定外だ。なにが、簡単な仕事だ。Aランクの魔獣をひとりで倒すやつだぞ。しかも二頭ともだ。こんなの聞いてねぇ」


乱れた呼吸の合間(あいま)に、憤慨(ふんがい)の声が漏れ出る。

やがて、ローブ姿の男の行く先に、貴族服姿の男が立ちはだかった。


「どこへ行こうというのかね?」

「お前は……エリック・ニューポート……」

「ふむ。当然、私のことは知っているいるようだな」


エリックはローブ姿の男を、冷ややかな目で見つめた。


「お前が魔獣を呼んだのであろう? 魔獣使い(テイマー)か。誰に雇われた?」


その声には有無を言わさぬ迫力があった。

だが、ローブ姿の男はなにも答えず、エリックと対峙(たいじ)しながら、必死に逃げみちを探した。

エリックは護衛を連れず、ひとりでこの場に現れていた。

彼我(ひが)の距離は、およそ二十メートル。

先に動いたのはローブ姿の男だった。

ローブ姿の男が、手にした杖の先をエリックに向ける。


「け、獣の王よ──」

「ファイア・ストーム」


エリックが右手をひらいて声を発すると、手のひらから火炎が放出され、ローブ姿の男の杖を腕ごと燃やす。


「くっ! ぐわあぁぁぁぁぁ!」


猛烈な熱と痛みに、ローブ姿の男が地面をのたうち回る。


「手加減はした。本当なら、その身を焼き尽くしてやりたいがな」


涙を浮かべて苦しみもだえる男のそばに、エリックが立つ。


「色々と教えてもらわねばならん。返答次第では、処遇を考えてやらんでもない。どうする? 私に協力するか?」


感情を押し殺した声で、淡々と告げる。

ローブ姿の男は呻(うめ)きながら、何度も頷いた。

ぱちんとエリックが指を鳴らすと、炎は瞬く間に消えた。

しばらくすると、エリックのもとへ数人の騎士たちがやってきた。


「このものを連れていきなさい」

「はい、閣下」


引っ立てられていくローブ姿の男を、エリックは冷徹(れいてつ)な目で見送った。

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