17.レベルアップ
王都へ行く前に、おれにはやることがあった。
「レベリングをしようと思う」
「……投擲スキルですか?」
「そうだ」
ジョセフの問いかけに、おれはしっかりと頷いた。
ニューポート伯爵邸。
おれに与えられた部屋で、ここへ来た初日と同じように、丸テーブルを挟んでジョセフと向かい合っていた。
「ハカセもステータスを見て知ってるだろうが、いまのおれの投擲スキルはレベル6だ」
ジョセフにもおれと同じ能力が備わっているので、当然知っているだろうが、一応説明しておく。
自分や他人のステータスを見てわかったことだが、どうやらこの世界には『自分自身のレベル』がないらしい。
『クワンティック・エグゾダス』にはあったから、そこはゲームとは違うところだ。
しかし、ゲームと同じく『スキルレベル』はちゃんとあって、いくつかの特殊なスキル──例えば、マリンのスキル『癒し』など──以外は、魔獣を倒して得られる経験値でレベルを上げることができる。
「野球ボールサイズの石で頭を狙えば、Cランクの魔獣なら大体一撃。Bランクなら十撃ぐらいで倒せる。投げるものによってダメージが変わるから、攻撃力の高い上級クラスの武器なんかを投げれば、もしかしたらAランクでもなんとかなるかもしれない」
ジョセフが相手だからか、思わずゲーム的な発想で語ってしまう。
「ゲームではアイテムもたくさん持てたので、武器をいくつも投げられたかもしれませんが、現実ではそうもいきませんよ。装備している武器を投げてしまったら、後は素手になってしまいますが?」
「だよな。それでだ。レベルアップしとけば、そこらへんに落ちてる石でも、強力な敵に大きなダメージを与えられるようになる。そう思ったんだよ」
「確かに、準備しておくに越したことはないと、私も思います」
そう言ってから、ジョセフが思案顔になる。
「ですが、6でもレベルはもう十分に高い。これ以上となると、なかなか上げられるものではないのでは?」
「そうなんだよ。5から6に上げるのにだいぶ苦労したしな。でも、7に上げとけば、Aランクの魔獣ともどうにか戦えるはずなんだ」
「Aランク? 姉上がパイクで魔獣に襲われた件ですか?」
「ああ。おれはあの時、ほとんどなにもできなかったから……」
おれは苦い表情をうかべた。
あの時は本当に危なかった。
マリンとアーサーがエクストラスキルを獲得しなければ、おれたちはみんな死んでいただろう。
ゲームだと、ふたりがエクストラスキルを得るのは、勇者候補たちが通う学園に入ってからだ。
なにがきっかけになったのかははっきりしないが、ふたりの覚醒はずっと見守ってきたおれも非常に嬉しい。
けれども、おれだけはあの時となにも変われていなかった。
「Aランクの魔獣は、この国では非常に稀な存在ですが、絶対に出会わないという保証はありません。現に、姉上やあなたたちは出会ってしまったのですから」
「そうだな。だから、もしもの時のためにも、やっぱり備えておきたい。もう後悔したくないんだ」
「それで? 具体的にはどうやってレベルを上げるつもりですか?」
「それはもちろん、魔獣を狩りまくってかな。幸い、いい狩り場を知ってるし。けど、勝手に行っていいのかどうか……」
「……わかりました。私から父上に許可をいただきましょう。それと、保険のようなものですが、私に考えがあります」
そう言って、ジョセフはつるを掴んで眼鏡を上げた。
◇ ◇ ◇
一週間後。
おれはジョセフの協力のもと、エリックの許可を得て、アザレアから少し離れた『クリムヒルの森』にレベリングをしに来ていた。
この大きな森には、野生動物の他、多くの魔獣が潜んでいる。
ゲームにも出てくるこの場所は、レベリングに打ってつけの狩場だった。
いまおれと一緒にいるのは、アーサーとジョセフ、それから伯爵家に仕える騎士がふたりだ。
エリックがおれたちの──主にジョセフのだが──護衛に、騎士たちを寄越してくれたのだ。
おかげでおれたちは、騎士が操縦する馬車でここへ来れたので、移動はとても楽だった。
やっぱり尻は痛かったけれど。
マリンもおれたちについてきたがったが、ロゼッタがマリンを離してくれなかったため、伯爵邸に置いてきた。
ゲームとは違い、ロゼッタはマリンをいたく気に入ったらしい。
ゲームでは、ふたりはアーサーを取り合って喧嘩することが多かったが、この現実世界ではなぜか仲良くなれたようだ。
ふたりがアーサーの恋人の座を争う、ライバル同士であることに変わりはないだろうが。
まあ、それはいいとして。
おれは気を引き締めて、左手首に装着したアイテムに右手で触れる。
陽光を受けて鈍く光る、銀色のブレスレット。
それは、これから行うレベリングに欠かせないものだった。
ここへ来る前日に、おれはジョセフから、ふたつのブレスレットを預かった。
どちらもゲームと同じく特殊な効果のあるアイテムで、この世界では非常に貴重なものであるらしい。
ひとつは『ひらめきの腕輪』というアイテムで、魔獣を倒して得られる経験値を増加させる効果がある。
ただし、得られる経験値には上限があって、それを越えると、外してつけなおしても効果はなくなる。
見た目はただのシルバーアクセサリーのように銀色一色で、装飾などは特にない。
そしてもうひとつ。
こちらは金色のブレスレットだ。
名前は『我武者の腕輪』。
その効果は──それは、後に語ることにしよう。
「ふたつとも値段のつけられない貴重品です。父上にお願いして用意してもらいました。差し上げることはできませんが、しばらくお貸しします」
おれに渡す時に、ジョセフはそう言った。
ありがたく、大事に使わせてもらおう。
森に着いて早々に、おれたちは森の奥深くに足を踏み入れた。
馬が魔獣に襲われる危険があるため、馬車を森の入り口に残し、全員で歩く。
ジョセフと騎士たちには入り口に残ってもらってもよかったのだが、「後学のために」とジョセフが同行を望んだため、騎士たちも一緒だ。
まだ昼前なので陽光が眩しく降り注いでいるが、森の中は木々が茂っていて見通しが悪く、やや薄暗い。
空気も重く、獣たちの気配が濃密に感じられる。
「──来るよ」
誰よりも先に、アーサーが腰の剣を抜く。
その隣に並んでいた騎士たちも、それに倣って抜剣した。
ここにいる騎士たちは、戦場に出るようなフルプレートの甲冑を身につけているわけではなく、通常の服の下に鎖帷子を着込んだ程度の恰好だが、手にしているのはしっかりとした鋼のロングソードだった。
ちなみに今日は、おれとジョセフも帯剣している。
おれは多少はそれなりに、ジョセフはまごつきながら、剣を抜いて構えた。
数秒後、木々の間から、八頭の魔獣がのそりと現れた。
魔獣はどれも狼のような姿をしているが、サイズは狼よりも一回り大きい。
「こいつらは、Dランクの魔獣、ウルフェンだな」
おれの解説を聞いて、騎士たちの間に緊張がはしる。
「Dランクの魔獣……」
「大丈夫だ。我々には、アーサーさんがついている……」
騎士たちは顔をこわばらせて、それぞれ口にした。
魔獣はみんな、普通の動物よりも大きく、強く、凶暴だ。
戦闘訓練を積んだ騎士たちにしても、間違いなく脅威である。
『魔』と付いているが、魔族の一種ではない。
ゲームでは、魔獣の生まれた経緯などは描写されていなかったので、詳しくは知らないが、見た目からして魔族とはかなり違う。
おれにとって魔獣は、経験値をくれるモンスターという程度の認識しかない。
それと、肉が結構うまいので、パイク村では人気の食糧だった。
「魔獣は凶暴なぶん、頭がそんなに良くない。数が多く出てきても、ろくに連携はとれないから、そこは安心してくれていい」
「それは……」
「なんでわかるのかって? それは、おれがこのゲームをやり──」
「いえ、それは訊いていませんよ」
脅威を目の前にしながらも、ジョセフは普段通りの調子で、あきれた声を出した。
ここに来る前に聞いたのだが、ジョセフはこれまで魔獣に出会ったことがないということだった。
もっと怖がるかと思ったが、意外と肝が据わっているな。
「怖くないのか?」
「……ええ、そうですね。不思議と、それほどでもありません」
「そ、そうか……」
パニックになるよりはいいが、少し拍子抜けしてしまった。
そんなやりとりをしている間に、ウルフェンたちは悠然と歩を進め、徐々におれたちとの距離を縮めてきていた。
魔獣側も、おれたちを獲物と定めたようだ。
よし。それじゃ、はじめるとするか。
おれは魔獣のほうに向かって、一歩前に出る。
「みんな。ここはおれに任せてくれないか」
転生してからずっと言ってみたかった科白を、ここでようやく言えた。
◇ ◇ ◇
王都へ出発する前の一か月間、おれはレベリングに励んだ。
その結果、投擲レベルをなんとか7まで上げることができた。
ずっと付き合ってくれたアーサーとジョセフ、そして『ひらめきの腕輪』を貸してくれたエリックに感謝だな。
腕輪がなかったら、この短期間でレベルを上げるのは、到底無理だったと思う。
いまでは、Bランクの魔獣を石ころで、ほとんど一撃のもとに倒せるようになった。
クリムヒルの森では一か月の間に、Bランクの魔獣に遭遇したのは三十二回。
あとはCランク以下で、Aランクには一度も出会わなかった。
Aランクに遭遇することは、非常に稀なことなのだ。
現時点で、Aランクの魔獣にどれだけ対抗できるかはわからないが、あの時ほど役に立たないことはないと思いたい。
そんなこんなで、おれたち男連中が森で魔獣狩りに励んでいる間に、マリンとロゼッタも親睦を深めていた。
「みなさん、どうですか? こちらの服もマリンさまにお似合いだと思いませんか?」
おれとアーサー、ジョセフが、伯爵邸の応接室でくつろいでいると、ロゼッタがマリンを伴ってやったきた。
ここ最近、よく見る光景だ。
マリンは凝った模様の入った、純白のワンピースドレスを着ている。
「うん。似合ってるよ」
「はい。そう思います」
「ああ。めちゃくちゃ可愛いな」
おれたちは口々に感想を述べた。
実際、むちゃくちゃ可愛い。
「──!」
マリンは、熟れたリンゴのように顔を赤くして、その場から立ち去った。
「あらあら。それでは、私も失礼します」
おほほと上品に笑って、ロゼッタはマリンの後を追って部屋から出ていった。
残されたおれたちは、お互いに顔を見合わせた。
「なあ、これって何回目だ?」
「えっと、昨日と、その前の日と、それからえっと……全部で十回くらい?」
おれの質問に、アーサーが律儀に指を折って数える。
「十四回です」
ジョセフが、深いため息をつく。
「姉上にも困ったものです」
「いいんじゃないか。楽しそうだし」
おれがそう言うと、ジョセフは少しだけ眉根を寄せた。
思うに、ロゼッタはジョセフにはできないことを、代わりにマリンにやっているんじゃないだろうか。
そんな姉に対して、ジョセフは複雑そうだ。
前世でも、ハカセには姉がひとりいたが、転生してもそんなところは一緒なんだな。
こっちでは実の姉弟じゃないけれど、そういう存在に手こずっているのは相変わらずのようだ。
「もうすぐ、王都へ出発だな」
これ以上つづけると、ジョセフの機嫌が悪くなりそうなので、話題を変える。
三日後におれたちはここを発ち、王都フリージアへ向かう。
フリージアまでは、馬車に乗っておよそ七日間。
おれ、マリン、アーサーの他に、ジョセフ、ロゼッタ、エリックも一緒だ。
予定では、街道沿いの町を経由して、夜はそれぞれの町の宿でからだを休める。
王都へとつづく街道にあるため、どの町もそれなりに大きいから、今回はおれとアーサーもちゃんと宿に泊まれるらしい。
片田舎の村で暮らしてきた身としては、野宿くらいなんとも思わないが、宿代も全部出してもらえるので、素直に甘えよう。
「なにも問題なければ、七日間程度の旅になります。入用のものがあれば、前もって教えてください」
「ああ。ありがとう」
「うん。ありがとう」
おれとアーサーが、揃って礼を述べる。
「そろそろ夕食の準備が整うころです。食堂に参りましょうか」
おれたちは応接室を出て、食堂へ向かうのであった。




