16.追いかけろ
外に出ると、店の裏手であるこちらも正面と同様に通りに面していて、左右にみちがのびていた。
おれたちは揃って首を動かし、左右を確認した。
(このみちは……)
おれは頭の中で、この町の地図を広げた。
よし、現在地は把握できた。
「せめて、どちらに行ったのかわかればいいのですが……」
ジョセフがそう口にした時、右手側の、ここから二つ目の十字路を左に曲がった先で、突如強い光が発生した。
(あれは! マリンの光魔法か!)
少し遅れて、大勢の人のどよめく声も僅かに聞こえてくる。
間違いない。あそこだ。
「あっちだ!」
おれが先陣を切って走り出す。
その後に、アーサーとジョセフがつづくが、すぐに、
「先に行くよ!」
「ああ! 頼む!」
アーサーはおれを追い抜いて、猛烈な速度で走っていった。
「さすがは未来の勇者。私たちとは、からだのできが違いますね」
ジョセフにしては珍しく、少し驚いたようすで言う。
そういえば、こいつはまだ、アーサーの力を目の当たりにしていなかったな。
「ああ。だが、おれたちも負けていられない」
おれは自分にできる最大限、いや、それ以上の速度で走る。
推しを助けるため、おれの脳はリミッターを外したようだ。
「そ、そんな、速度で、走ったら、た、倒れて、しまい、ますよ」
息を荒げながら、ジョセフも必死についてくる。
おれは田舎育ちで、一応剣術も習い、俊敏性のステータスもおれの方が上だから、ジョセフがついてくるのは本当に大変だろう。
だけど、これ以上速度を落とすわけにはいかない。
「マリンを、助けた、後なら、かまわ、ない」
「あ、姉上の、ことも、忘れ、ないで、あ、げて、くだ、さい」
「わかっ、てるよ」
返事しつつ、おれはアーサーが走っていったところとは違う、ひとつ手前の十字路を左に曲がる。
「確かに、みちは、この先で、合流、しますが、先行、している、やつ、らには、追いつけ、ませんよ」
ジョセフもちゃんとこの町の地形を理解しているらしい。
領主の跡取りとして、しっかり教育されているようだな。
しかし、ゲームもプレイしたはずだが、これは覚えていないのか。
「いまは、朝の、時間、帯だ」
「……なる、ほど。あな、たも、さ、すが、ですね」
「おれは、この、ゲームを、やり、こんで、いる、からな」
連中が逃げたのはこの町のメインストリートだが、この時間帯は市が立ち、たくさんの人でごった返す。
不届きものたちは、この町のことをよく知らない連中だな。
「それに、追いつく、必要は、ない。この目で、見えさえ、すれば、いい」
予測通り、おれたちがいま走っているみちは、人の往来がほとんどない。
誰にも邪魔されず、ただちに目標の合流地点を目指す。
やがて、さほど遠くない距離に、頭に黒いフードをかぶったふたりの人物──ごつい体格からして、おそらくふたりとも男だろう──と、それに追いつく寸前のアーサーの姿があった。
不届きもののふたり組は、片方のやや小柄な方が肩にマリンを担ぎ、もう片方の大柄のやつが脇にロゼッタを抱えている。
おれはマリンを担ぐ野郎を、殺意を込めた目で睨みつける。
(あのくそ野郎! よくもマリンを!)
おれはすでに革袋から取り出して手に握っていた二個の殻付きのクルミを、スキルを使って一度に標的にぶん投げた。
「──っ!」
二個のクルミはあやまたず、それぞれ不届きものたちの側頭部にぶち当たった。
投擲スキルは目視さえできれば、遠く離れた複数の相手でも、同時に狙ったところに当てられる。
不届きものたちは膝から崩れ落ち、あっさりとその場に倒れた。
本来ならば屈強な男たちだったのかもしれないが、意識の外から急所を突かれればこんなものだろう。
いや、そいつらのことはどうでもいい。
おれはまっしぐらにマリンのもとへ駆けつけた。
素早くマリンのからだを見渡すが、目に見える怪我などはない。
意識はあったが、朦朧としているらしく、しばらくぼんやりとしていた。
「マリン、大丈夫か?」
「う……あ、ロブ? そっか、助けてくれたんだ……」
マリンはおれを見て、すぐに状況を理解したようだ。
照れた顔で「あ、ありがと」と言ってから、はっとして、
「ロゼッタはどこ? あの子は大丈夫なの?」
「ええ、ご心配いりません。気を失っていますが、怪我もないようです」
ロゼッタのようすを確認していたジョセフが、おれに代わって答えた。
青い顔をして息を切らせているジョセフの方が大変そうに見えるが、それはまあよかろう。
「よかった……」
マリンがほっと胸を撫で下ろす。
おれとジョセフは、石畳の上に倒れた不届きものたちを見下ろした。
フードで半ば顔は隠れているが、やはりふたりとも男のようだ。
どちらも体格がよく、くたびれた革鎧を身に着け、腰に年季の入った剣を携えているから、傭兵か冒険者、あるいは用心棒といったところだろうか。
「まさか、殺してませんよね?」
「ああ。マリンを攫いやがったんだ。処してやりたいところだが、さすがにな。スキルは使ったが、ちゃんと加減したよ。けど──」
ちらりとマリンを見ると、店に入った時と同じ服をいまもちゃんと着ている。
「もしも着替えの最中だったら、止めを刺していたがな」
おれは視線を鋭くして、不届きものを睨みつけた。
ちなみにだが、『クワンティック・エグゾダス』はRPGであり、恋愛シミュレーションでもある。
対象年齢は「全年齢」となっていたが、そこそこ際どいシーンもあったりした。
ゲームでだが、おれはマリンの水着姿と下着姿を見たことがある。
後、同人誌なんかもあったが、あれはちょっと盛っていたな……。
だが当然、現実では見たことがない。
家族やアーサー以外の男が見るなんて、そんなのおれが許さない。
「……そうですか。では助かりました。このものたちには、訊かなければならないことがありますので」
「だな。ちょっと確認しておくか。ステータス──」
そう言った次の瞬間、
「危ない! 伏せて!」
アーサーの叫び声を聞いて、おれとジョセフが反射的にその場にかがむ。
アーサーは素早く剣でなにかを打ち落とした。
からんという音とともに、石畳の上に金属製の大きな針が転がった。
その数、四本。
(手裏剣! 投擲スキル……いや、暗殺者の飛針スキルか!)
飛針スキルは、投擲スキルよりも威力と命中率は劣るが、「突き刺す」という効果がプラスされる。
投擲スキルと違って、投げられるものもだいぶ限られているけれど、レベルを上げれば鋼鉄の鎧でも貫通させることができる。
「……ごめん。全部は……無理だった」
アーサーが剣を構えて周りを警戒しながら、申し訳なさそうに言う。
おれとジョセフは慌てて自分のからだを見てみたが、どこにも針など刺さっていない。
そしてすぐにマリンとロゼッタに視線を移し、こちらも大丈夫であることを確認した。
なら、と目を下にやると、倒れた不届きものたちのからだに、それぞれ太い針が刺さっていることがわかった。
「間違いなく、口封じでしょうね」
ジョセフが、ため息とともに漏らす。
不届きものたちの息を確認したが、どちらもすでに死んでいた。
急所に刺さっているように見えないので、おそらく針の先に毒が塗られているのだろう。
「針が飛んできたのはあっちからだった。どうしようか?」
アーサーが該当の方向を見やった後、おれたちに視線を移してたずねる。
「本物の暗殺者なら、多分もう逃げてるだろう。行っても無駄足だと思う。それより、助かったよ。ありがとう」
「ええ、本当に。ありがとうございます」
「けど、ぼくは君たちを守りたくて……」
辛そうな表情で、うなだれる。
おれとジョセフだけでなく、マリンとロゼッタのこともちゃんと守ってくれていたのだろう。
そのため、石畳の上に倒れた不届きものたちには意識を向けられなかったみたいだ。
だが、命を選択したことで心に傷を負ってしまったようだった。
いかにもアーサーらしい反応だ。
そしてそれは、おれが危惧していたことでもあった。
「お前はおれたちを助けてくれた。そうしてくれなきゃ、おれたちは死んでいたかもしれない。だからそのことを、お前にちゃんと知ってほしい。それがお前の救いになってくれれば、なお嬉しい」
アーサーの両肩に手を置き、目を見て真剣に気持ちを伝える。
ままならず心に負った傷を、少しでも軽くしてやりたかった。
「……うん。君たちを守れて、ほんとによかった」
アーサーは顔を上げてしっかりとおれと目を合わせ、そう言った。
どれだけ気持ちを楽にしてやれたのかは正直わからないが、いまはその顔に暗い影は見られない。
だからきっと、大丈夫だと信じたい。
「アーサーさんの性根が、まっすぐな理由がわかりましたよ」
ジョセフがおれに近づき、耳打ちしてくる。
「なんだよ。アーサーは元からああだったろ?」
おれも小声で返す。
「現実はゲームのようには……いいえ、なんでもありません」
ジョセフはつるを掴んで眼鏡を上げた。
ほぼいつもと同じ無表情だが、ほんのちょっとだけ口角が上がっている気がする。
なんか、背中がむずがゆいな。
「……それで、こいつらはどうする?」
視線をそちらにやって、こと切れた不届きものたちを見ながらたずねる。
ほったらかしにして、この場を離れていいのだろうか?
「それなりの騒ぎになったので、すぐに衛兵がやってくるでしょう。私が残って説明しておきますので、買い物をつづけて下さい。謁見に必要なものですからね」
「わかった」
領主の息子がそう言うのだから、素直に従おう。
おれたちはジョセフをその場に残し、まだ眠っていたロゼッタを起こして、先ほどの商店に引き返した。
◇ ◇ ◇
町での騒ぎから、およそ四時間後。
ニューポート伯爵邸のエリックの執務室。
椅子に座って執務机に肘をついたエリックの正面に、ジョセフが立っている。
いま室内にいるのは、このふたりだけだった。
「アーサーくんが近くにいてくれてよかったよ。護衛をつけなかったのは、彼がいれば必要ないと思ったからだが、まさか町中でお前たちが襲われるとは予想できなかった。お前たちを危険にさらしてしまい、すまなかったな」
「いえ、姉上には怪我ひとつありませんでしたから」
「本当によかった。しかし、実際に不届きものらを倒したのはロバートくんだそうだな。彼個人にも、高い戦闘能力が備わっていることは間違いないようだ」
エリックは首を左右に振った。
「いや、驚いたよ。ジャックの手紙には、確かにロバートくんの能力に関して書かれていたが、てっきり判断力と回避能力に特化しているとばかり思っていた」
早合点を恥じるように、自嘲めいた笑みが口元にうかぶ。
だが、それからすぐになにかを思い出して、真顔になる。
「……いや、そういえばひとつ、気になることが書かれていたかな」
「ジャックさまはロバートさんのことをなんと?」
ジョセフが無表情でたずねる。
感心があるのかないのか、エリックにもわからない時がある。
ちょうどいまがそうだ。
「『恐怖心がまるでないように感じることがある』とか。お前はどう思う?」
「どうでしょうか。ジャックさまの勘違いでは?」
「ジャックは私の数少ない友人のひとりだ。あいつのことはよく知っている。あいつの人を見る目は、信頼できる」
「そうですか」
「勇者とは、言葉通りであれば勇ましき者であるが、ただ恐怖心がないというだけでは、勇者に相応しくない。これまで幾人かのそういったものを見てきたが、どれもただの愚かものだった」
「はい。父上のおっしゃる通りだと思います。勇者とは勇気を持つ者。そして勇気とは、恐怖としっかりと向き合い、それを乗り越えるため、身の内より湧き上がるものではないでしょうか」
「うむ。よくわかっているな。素晴らしい」
「恐れ入ります」
「まあ、あくまでも相応しいというだけで、実際にそれが選定の基準になるのかどうかは私にはわかりかねる。それに、お前の話では──」
エリックがジョセフの顔を見据える。
「アーサーくんだったな?」
「はい」
ジョセフはエリックの視線を受け止め、深く頷いた。
「私もそれを信じているよ。お前の言葉を疑うのは、もう何年も前にやめたからな」
そう言って、エリックは破顔一笑した。
「……ありがとうございます」
「いずれにせよ、ロバートくんたちが私たちの恩人であることに変わりはない。しっかりと礼をせねばな」
「承知しました」
「それで、その不届きものたちの素性は?」
「持ち物を調べたところ、ギルドに属さない冒険者くずれの男たちでした。尻尾を掴まれないよう、ごろつきまがいの連中を雇ったのでしょう。ふたりを処分したのは、本職の暗殺者のようでしたが」
「とすると、連中の目的はロゼッタの誘拐だな」
「そう思われます。暗殺者を用意しておきながら姉上を殺さなかったのは、誘拐が目的だったからでしょう。一緒にいたマリンさんは、それに巻き込まれてしまっただけのようですね。けれど、彼女の機転にも大いに救われました」
「というと?」
「光魔法を使って、自分たちの居場所を我々に教えてくれました」
「……そうか。本当に頼もしい子たちだな」
「ええ」
「子供たちがみな無傷だったのは大変喜ばしいことだ。これで不届きものたちも生きていれば、なおよかったのだが」
「残念ながら……」
「せめて、誰の差し金かわかればよかったのだがな。他になにかわかったことはあるか?」
「……いえ、これ以上は」
「そうか。報告ご苦労。疲れているところ悪かった。お前もゆっくり休みなさい」
「はい。では失礼します」
ジョセフが一礼し、退室する。
エリックは座ったままそれを見送った。
その後、ひとりになった部屋で、今回の騒動の黒幕について考える。
エリックには、国の内外を問わず、敵が多い。
ロディマス王国内の派閥違いの貴族はもとより、戦場で煮え湯を飲まされて、彼を恨んでいる国外の輩も数多くいる。
およそ四百年前の魔王討伐以降、大陸での人類同士の戦争はほとんどなくなったが、小競り合い程度のものは、なおもつづいていた。
エリックはすでに何度かそれを経験し、戦場に立っている。
自身が管理するアザレアと隣接している、西の国とは長い間友好が保たれているが、反対側の東の国とは一度、南の国とは五度、小規模な争いが起こり、その都度、力ある魔導士のエリックが駆り出されていた。
そのせいで、戦場で大暴れしたエリックは、かの国々にとってはさぞや忌むべき存在になっていることだろう。
当人はそれを後悔したことはないが、今回の事件のような出来事があった時は、犯人を特定するのが難しかった。
「まだ誰の仕業かわからんが、私の家族に手を出したからには、必ず報いを受けさせてやる」
正体のわからぬ相手の代わりに、虚空を睨みつけ、怒りの声を漏らした。




