15.不届きもの
朝食の席で、エリックから今後の予定を説明された。
「勇者選定の儀はひと月後、王都にて行われる。だが、その前にアーサーくんとマリンくん、それからロバートくんには、国王陛下に謁見してもらいたい」
このようなイベントも、やはりゲームにはなかった。
「なに、難しいことではない。君たち三人を陛下に紹介するだけだ。他の貴族連中も、同じようにやっていることだよ」
「わかりました。けれど……」
おれは言い淀み、ちらと自分の服を見る。
マリンは着替えさせてもらったからいまは違うが、おれもアーサーも村を出た時のままの服装である。
村の子供の服は、基本的に誰かのお下がりを親が手づから仕立てなおしたものだ。
大抵はそれを夏用と冬用でそれぞれ二着か三着持っているが、おれはここへ着替えを持ってきていないから、いま着ているやつしかない。
親の愛情はたっぷりこもっていると思うが、果たしてこの服で大丈夫なのだろうか?
「心配しなくていい。服などはこの後、町へ出て買ってくるといい。もちろん、代金は必要ない」
そうか。だめか。
「ありがとうございます」
「……ありがとうございます」
太っ腹なエリックに、おれとアーサーが順番に礼を言う。
アーサーはまだかなり遠慮しているようだ。
そんなに気にしなくてもいいと思うぞ。
エリックは後でちゃんと取り返せるから。
「案内はロゼッタとジョセフにさせよう。ふたりとも、よいな?」
「はい、お父さま」
「わかりました、父上」
すぐにロゼッタとジョセフが返事をする。
重大な任務を与えられたかのように、ロゼッタはいつも以上に真面目な表情をうかべている。
ジョセフは相変わらず無表情だが。
「うむ。まだ出発までは、間がある。それまで、ここを自分の家だと思ってゆっくりしてくれ」
「ありがとうございます」
おれたちはほとんど同時に、エリックに頭を下げた。
◇ ◇ ◇
朝食を終えてさっそく町へ出たおれたちは、はじめて見るさまざまなものに衝撃を受けた。
マリンとアーサーは見るもの全てに驚き、目を見開いて口を半開きにしている。
かつて日本の都会で暮らしていたおれも、まるで『クワンティック・エグゾダス』のテーマパークに来たような気分になって興奮していた。
おれたちがいまいる町、アザレアは都市整備の行き届いた綺麗な町だ。
位置的にはロディマス王国の一番西にあり、町を出てさらに西に向かえば、一日もかからずに隣国との国境に到る。
大きさも王国では五指に入るほど。
ヨーロッパ調の町並みは中世と近代をミックスした様相で、建物の多くは中世のものに近いが、石を敷き詰めた街路や、側溝、用水路などは近代のものになっており、街灯などの町を照らす照明器具もいたるところに配置されている。
この世界に電気はないから、ランタンや行灯みたいに中に火を灯すやつだが、これだけあれば夜でも十分に明るいはずだ。
目に見える範囲にごみは一切落ちておらず、通りに並ぶ商店はどこも活気づいていて、行きかう人々の顔はみんな明るかった。
「さあみなさま、わたくしどもの馴染みの店へご案内いたします」
ロゼッタに連れられて、おれたちはとある商会に向かった。
そこは数多くの品々が並ぶ、大きな雑貨店だった。
「やはり、まずはマリンさまからですね。服はあちらです」
「へ? あ、え? ちょ、ちょっと……」
ロゼッタに手を引かれて、マリンが店の奥へと連行されていく。
おれとアーサー、ジョセフは、店の入り口に取り残された。
「女の子の買い物って、確か凄く長いんだっけ?」
おれはマリンたちをぼんやりと見送りながら、傍らのふたりにたずねた。
「それは、どこからの情報ですか?」
ジョセフが呆れまじりの声で聞き返してくる。
「本とかネットとか……」
「ねっと? それってなんのこと?」
おれの答えを聞いて、アーサーが小首を傾げる。
「みんなの噂話のことだ」
「ふーん。ロブはいろんなこと知ってるね」
目のくらむようなまぶしい笑顔を向けられ、おれは本当に目を細めた。
「また適当な。純粋無垢な子供を騙すようなまねは、感心できませんね」
「なんだよ。大体合ってるだろ? だったらいいんだよ」
おれの弁解を聞いて、ジョセフが大仰にため息をつく。
「確かに、母上と姉上の買い物は、ひじょーに長いです。マリンさんはしばらく戻ってこられないでしょう」
「仕方ないな。それじゃ、おれたちはおれたちで勝手に見て回るか」
「それが懸命でしょう」
お互いに遠慮のないやりとりは、前世のころとまるきり同じだ。
そんなおれたちを見て、アーサーが、
「ふたりとも、いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「そ、それは……」
もちろん、ジョセフから自分の正体を明かされた時からだが、説明しにくい。
ジョセフに会うまで、転生のことを誰かに話したことはない。
アーサーとマリンにもだ。
「昨夜、ロバートさんとふたりでお話をさせていただきました」
言葉を詰まらせたおれの代わりに、ジョセフがアーサーに説く。
「ロバートさんがアーサーさんとマリンさんと一緒に、魔王復活に備えて訓練されていたこと、心より感銘を受けました。それをロバートさんにお伝えして、私ともお友達になってもらったのです」
「そうですか……」
納得できたようだが、アーサーは少し寂しそうにしていた。
「アーサーさん。もしよろしければ、私ともお友達になってもらえませんか?」
「うん! あっ、はい! ぜひ!」
ジョセフの申し出に、アーサーが元気よく応じる。
「ありがとうございます」
「ぼくも、ありがとう、ございます」
「もうお友達同士ですし、敬語でなくともかまいませんよ」
「でも、ジョセフさまは……」
「私はこれが普通なんです」
「え? そうなんですか?」
「ええ。ですから、アーサーさんも普通に話してください」
「うん。じゃあ、これからよろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
ふたりはどちらからともなく手を出して握手を交わした。
ふたりが離れたタイミングで、おれはジョセフに近づいて、耳元で言ってやった。
「純粋無垢な子供を騙すようなまねは、感心できませんね」
「うるさい」
ジョセフがおれを眼鏡越しに睨む。
その時、
「きゃあああ!」
店の奥から、甲高い悲鳴が上がる。
最初に反応したのは、アーサーだった。
すぐにアーサーは腰の剣を抜き放ち、刃先を下にして下段に構える。
いま持っている剣は、伯爵から借りたまだ新しい鋼のロングソードだ。
ちなみに、おれやジョセフは帯剣していない。
投擲用に投げられるものは、いくつか腰の革袋に入れてあるが。
アーサーが指示を仰ぐように、おれを見る。
「行こう」
おれたちは店の奥へ勢いよく駆け出した。
「突然、ここに不届きものたちが入ってきて、ロゼッタさまとお連れの女の子を連れ去っていきました」
奥にいた店員らしき若い女が、腰を抜かして床に尻をつけたまま、なにがあったのかを説明する。
おれは奥歯を噛みしめて、必死に怒りを抑えつけた。
待っていろマリン。
すぐに助けてやるからな。
「どこへ行きました?」
ジョセフが沈着冷静に、店員にたずねる。
気が急いて、冷静でいられなくなっているおれとは違う。
前世でもそうだったが、相変わらず頼りになるやつだ。
「す、すみません。そこの裏口から外へ出ていったのですが、どこへ行ったのかはわかりません」
「不届きものは何人でしたか?」
「ふたりです」
「どのような風体でしたか?」
「ふたりとも黒いフードを深くかぶって、顔を隠すようにしていました」
「そうですか。ありがとうございます。もし怪我をしているなら、教会で治療を受けて下さい。費用はニューポート家が持ちますから」
ジョセフが、おれたちを見やる。
「追いましょう」
おれたちはすぐに裏口から店を飛び出し、マリンたちを追いかけた。




