14.寝不足
「おはようロブ。なんだかまだ眠そうだね」
朝の食堂で顔を合わせ、アーサーがおれに挨拶する。
確かに眠い。
その理由。
おれは昨日のハカセ──ジョセフとのやりとりを思い返した。
「私も同じく五歳の時に、前世の記憶を思い出しました」
転生してからこれまでのことをお互いに語らう。
「その時、私はこの町の孤児院にいました。お父さまが出資されていたその孤児院には、子供たちの教育のために本がたくさんありましたので、それを読んで勉強しました。この世界のことも、その時にずいぶん知ることができましたよ」
表情にあまり変化はないが、ジョセフは懐かしむような声音で語る。
転生前の本名は長谷川博士で、あだ名はハカセ。
前世のおれの、小学生からの親友のひとりで、前世で事故にあった時、一緒にいたやつだ。
当時は国立大学に通っていて、確か理工学科に所属していたはず。
おれたちの中で一番賢くて、名前が博士だからハカセ。
安直かもしれないが、これ以上にピッタリなあだ名は他になかろう。
「六歳の時にこちらに引き取られ、それから帝王学や領地経営の勉強をさせてもらっています」
転生前と変わらないようすで、あったできごとを理路整然と説明する。
そうそう、まさしくハカセはこんな感じだったな。
いまかけている眼鏡も、いつもかけていたやつによく似ているし。
「けど、魔王の復活はハカセも知ってただろう? なんでもっとはやくアーサーとマリンを迎えに来なかったんだ?」
ジョセフも転生前にこのゲームをプレイしているはずだ。
おれとハカセ、それからモーちゃんと三人で、ストーリーや推しについて熱く語り合った記憶がある。
「あなたは自分が関わることで、話の流れが大きく変わってしまうかもしれないとは考えなかったのですか?」
「う……確かに、そこまで深くは考えてなかったかもしれない」
ジョセフから冷ややかな目を向けられて、おれは肩を落として縮こまった。
「……ですが、私たち人類が滅ぶとなれば、なにもしないわけにはいきません。私はそれとなく父上に働きかけて、勇者を擁立するための地盤を築き、それから勇者の住む村を探し出して迎えに行ったのです。父上がアーサーさんとマリンさん、ついでにあなたをこの上なく遇してくださっているのは、私の根回しがあったからですよ」
「そ、そうか。恩に着るよ」
慌てて礼を述べ、ジョセフに頭を下げる。
ゲームにおける魔王軍の目的は、全人類の抹殺だ。
エルフやドワーフ、獣人なんかもこの世界にいるから、人類というのはそれら全部をひっくるめた人々をさす。
それに対して魔王軍は、暗黒大陸に住む魔族という悪魔みたいな外見をしたやつらがほとんどで、大抵は黒い体毛に覆われていたり、コウモリのような羽根が生えていたり、ヤギや羊みたいな角があったりする。
元がゲームだからか、敵方はわかりやすく邪悪そうなデザインなんだよ。
「わかっていただければ、いいんです」
「ああ……」
なるほどな。ここまで聞いて、ほとんどのことは納得できた。
しかしまだ、納得いかないこともある。
「けど……それにしてもズルくないか?」
「なんですか? スキルならば、四則演算と投擲では優劣がつかないのでは?」
「いや違う。そのことじゃない」
「……いまは伯爵の子息ですが、私は元々は孤児です。努力はしたつもりですが、ほとんど運がよかっただけですよ」
「それも違う。おれはいままでの生活で満足してる」
「では、なんです?」
「なんでハカセの方がイケメンなんだよ?」
「……はあ、そんなことですか?」
「いや、重要なことだろう」
「そうですね。おそらくですが、転生しても美醜の差は覆らないのではないでしょうか」
「ん? それって、転生前から自分のほうがイケメンだったって言いたいのか?」
「まあ、客観的にそう判断される方が多くいらっしゃったことを否定する気持ちは、それほど大きくありませんが」
「なんじゃそりゃ! 誰がどう見ても五十歩百歩だったろ!」
「ならば私が五十歩で、あなたが百歩ですね」
「そんなら、目くそ鼻くそ──」
「私が目くそで、あなたが鼻くそ──」
「言ってて悲しくならないか!」
「ええ! なりますね!」
おれもハカセも、転生前は彼女なんてできなかった。
おれは、いまもいない。
「はっ! まさか、いまはハカセに彼女が!」
「いませんよ。ずっと」
「ふふん、それじゃ、おれたちは仲間だな。転生しても親友だ」
「……転生前と全然変わりませんね。まったく、始末に負えませんね」
「おお! それ! それだ! ハカセの口癖!」
「な、なんですか?」
それは、転生前に千回以上も聞いたハカセの口癖だ。
「いや、本当に久しぶりに聞いたな。ハカセだ。お前はやっぱりハカセなんだな」
「だからそう言ってるじゃないですか」
「嬉しいんだよ。おれはまたさ、ハカセに会えて凄く嬉しいんだ」
「……ええ。そうですね。私も、とても嬉しいですよ」
ふたりで顔を見合わせ、ふふふと笑い合う。
「もしかしてさ、モーちゃんもこの世界のどこかにいるのかな?」
「わかりません。彼があの時助かったのかどうか、私たちには知るすべがない」
「そうだよな」
「それに、もし彼も転生していたとしても、私たちが出会うのに十三年かかりました。私たちが生きているうちに彼に出会えるかどうか、見当もつきません」
「でもさ、おれはモーちゃんに会ったらひと目でわかる自信があるぜ」
「奇遇ですね。私もです」
前世でのもうひとりの親友、毛利元哉──モーちゃんはケーキ屋の息子で、お菓子や甘いものが大好きだった。
だから、デ……ぽっちゃり体型だったのだ。
もしも転生していたとしたら、きっとわかりやすい姿のはずだ。
「とにかく、これから大変ですが、力を合わせましょう」
「そうだな。任せろ。なんたって、おれはこのゲームをやりこんでいるからな」
「私も久しぶりに聞きましたよ。あなたの口癖」
「そうだっけ?」
「ええ。昔から、いろんなゲームを完クリする度にそう言っていました」
「いや、けど、おれはこのゲームが──」
「わかっています。あなたが一番好きなゲームでしたよね?」
「ああ、そうだ」
「でしたら、あなたのその知識、頼りにしていますよ」
その後、夜遅くまでジョセフと話し込んでいて、おれはほとんど寝られなかった。
声をかけてきたアーサーをよく見ると、こちらもまだ少し眠そうだった。
「……お前もか?」
「うん、ぼくもあんまり寝れなかったよ。あんな綺麗な部屋で寝るのははじめてだったからね。ぼくも緊張しちゃった」
おれも同類と思ったらしく、アーサーが苦笑して告白する。
(こういう繊細なところは、小さいころからずっと変わらないな。もしもこの先、そのせいで心に大きな傷を負うことになったら……その時はマリンとおれでしっかりと支えてやらなきゃな)
アーサーの顔を見ながら、改めて決意する。
「ああ、確かにな」
おれは笑みをこぼし、アーサーに話を合わせて頷いた。
と、そこへ、
「みなさま、おはようございます。よくお眠りになられましたか?」
ロゼッタがマリンを連れてやってきた。
マリンはこれまでに見たことのない、裾にフリルのついた黄色のドレスを身に着けていた。
おれはしばし呆然としてマリンを眺める。
「わたくしのお古で申し訳ありませんが、マリンさまにお似合いなのではないかと思いまして」
どうやらロゼッタに着せてもらったようだ。
おれたちに見られて恥ずかしいのか、マリンは顔を耳まで真っ赤にしてやや俯いている。
「ふ、ふん! どうせ、似合ってないとか言うんでしょ!」
「いや、似合ってるし、凄く可愛いぞ」
おれが正直な感想を述べると、一瞬周りがしんと静まりかえった。
(あれ? 変なことは言ってないぞ?)
ドレスが似合っている。
どこもおかしくないよな。
マリンは可愛い。
なにも間違っていない。
本当はマリンが可愛いのなんか当たり前すぎて、わざわざ言う必要もないくらいなんだが。
(いまの感想に、どこかおかしなところがあったか?)
正しい答えを求めて、周りを見回す。
「まったく、始末に負えませんね」
少し遅れてやってきたジョセフが、あきれつつそう漏らした。
こいつにも、おれたちの会話が聞こえていたらしい。
なんだよ。おれが変なことを言ったのなら、そこを指摘してくれよ。
「──」
マリンは先ほどよりも顔を伏せて、ぶるぶると拳を震わせている。
やっぱり怒ってる!
どう言えばよかったんだ!
「え、ええと……」
ロゼッタが口を開く。
が、やっぱり覚えていなかった。
「ロバートです」
すかさず言う。
ロゼッタはすぐにジョセフの顔を確認し、ジョセフが頷いたのを見て、ほっとした表情をうかべた。
ふむ。このヒロイン、学習能力はあるようだな。
なぜそれを、ちゃんと覚えることにいかさないのかは謎なんだが。
「ロバートさま。失礼ながら、少々見くびっておりました。誠に申し訳ございません」
いきなり丁寧に謝られてしまった。
え? みくびられていたの、おれ?
いや、確かに大した人間じゃないけども。
「姉上」
「あら、失礼いたしました。すぐにお父さまとお母さまもいらっしゃると思いますので、席に座りましょう」
ロゼッタに従って、おれたちはテーブルに向かった。
マリンは最後までなにも言わず、席に着いても時々おれを睨みつけてきた。
なんで怒っているのか全くわからないが、とにかく後で謝っておこう。




