13.夜の訪問者
夕食を終えて、おれはひとり、伯爵邸内の自分に与えられた部屋のベッドの上でくつろいでいた。
おれたちひとりひとりに専用の部屋が与えられ、マリンとアーサーもそれぞれ別の部屋にいる。
広さは十畳ほどで、凄く広いというわけではないが、室内は割と豪奢な感じで、調度品もおそらく高価なものだろう。
窓の外はかなり暗くなっていたが、灯したろうそくを何本も刺した小さめのシャンデリアが天井から吊り下げられているため、夜でも部屋の中は十分に明るい。
(さてと。これでようやくスタート地点か。長かったような、短かったような)
転生してから十三年の人生が、走馬灯のように頭にうかぶ。
最初の二年ほどは、あまり覚えていないが。
(それにしても、おれまでここに来るとは思ってなかったな。ゲームにはロバートなんてキャラクターはいなかったし、想定してなくても仕方ないよな)
転生しても自分はこの世界の主人公ではなかったし、マリンやアーサーと一緒にいられるのも、ふたりが村にいる間だけだと思っていた。
(待てよ。もしかしておれがそう名乗れば、その人物になりかわれたりするのか? いやいや、ビジュアルが違うから無理だな。こんなモブ顔のやつは、モブの中にもいなかったし)
モブの中にもいないモブ顔ってなんだ?
それはもう、モブじゃないんじゃないか?
思考の迷路に迷い込みそうになり、頭を振って余計な考えを追い出した。
ゲームでは全ての人物がビジュアル化されているわけではなかったが、さすがに主要キャラクターには、みんなビジュアルやグラフィックがあった。
ビジュアルがなくて、文字や設定だけの重要な人物。
(いるにはいるが、そもそも最後まで出てこないから、どんな人間かわからないんだよな……)
ベッドの上でうんうんと唸っていると、とんとんと部屋の扉をノックする音した。
マリンかアーサーかな?
覚悟してこの町へやってきたのかもしれないが、まだ不安なんだろうな。
ちょっとおれと話でもして気を紛らわせたい、そんなところか。
「はい」
もしも違ってたら恥ずかしいから、一応ちゃんと返事をする。
「夜分に申し訳ありません。少しよろしいでしょうか」
少年の声。多分ジョセフの声だな。
これはちょうどいい。
おれも、ジョセフという人物にはとても興味がある。
「どうぞ」
ベッドから出て扉を開き、ジョセフを部屋に招き入れた。
部屋に配されていた丸テーブルを挟んで、向かい合って椅子に座る。
「それで、お──わたしに、なにかご用でしょうか?」
まずはおれから話を振る。
「父上と同じく、私にもいつも通りの言葉づかいでけっこうです」
落ち着き払った態度で、ジョセフが言う。
おれと同じ年だということがわかったが、村の同齢の連中と比べるとはるかに大人っぽい。
貴族と会うのは前世を含めてもはじめてだから、これが当たり前なのかどうか、おれには判断がつかない。
ゲームではもっと横柄なやつが多かったが。
「それならば、ジョセフさまもどうぞ……」
「いえ、わたしはこれが普通なのでおかまいなく」
「そうですか。では、お言葉に甘えて……それで、おれになにかご用ですか?」
さすがに村の子供と接するように話すわけにはいかないだろうと思い、必要最低限の敬語で話すことにした。
「ええ。少しお話があって参りました」
ジョセフは平然とそう答えた。
「なんの話ですか?」
そうたずねつつ、内心で身構える。
一体なんだ?
「あなたは、魔王の復活を予見していたそうですね?」
む。さっそく踏み込んできたな。
さっきの食堂での話を、詳しく訊きたかったのか?
まあ当然の疑問ではあるか。
「はあ、まあ……」
おれはまた、曖昧に頷いた。
「それは、どうやって知ったんですか?」
「ですから、勘です……」
たしかに、勘なんていうのはいかにも胡散くさい。
だけど、他にいい答えを思いつかなかったんだから仕方がない。
「勘? 勘ですか? それでは、アーサーさんが勇者だということも?」
「ええと、そうかもしれないな、と……」
「それも勘ですか。ならば、マリンさんは? 勇者ごっこで、マリンさんは聖女役だったと。それは、あなたが決めたと聞きましたが?」
「ええ、まあ、はい……」
なんだか尋問じみているな。
でも、似たような経験を昔にしたような気がするが、あれはいつのことだろう?
「それで、あなたは?」
「え?」
「勇者ごっこでの、あなたの役割はなんです?」
「ええと……村人A、かな」
おれがそう言うと、ジョセフはつるを持って眼鏡を上げ、無表情におれを見据えた──いや、眼鏡のレンズがシャンデリアの光を反射してジョセフの目は見えないから、正しくは見据えたような気がする、だな。
「……」
目の代わりにからだをよく見ると、ジョセフの肩が微かに揺れている。
どうやら、笑っているらしかった。
これがジョセフの笑い方のようだ。
変な──あれ? この笑い方も、おれは知っているぞ。
なんでだ?
「なるほど。勇者と聖女と、村人Aですか。けれど、ごっこ遊びならばなんにでもなれるのでは? 拳闘士でも魔導士でもなんでも。どうして村人Aなのですか?」
「それは……分不相応かなと……」
「それは、あなたのスキルが投擲しかないからですか?」
ジョセフがそう言って、言葉でおれに斬りかかる。
おれは慌てて椅子から立ち上がった。
こいつは、おれのステータスが見えるのか?
いや、まだわからない。ここに来る前に、マリンやアーサーから聞いたのかもしれない。
おれのようすからなにかを察したのか、ジョセフがふうと息をはく。
「いいえ、見えていますよ。あなたのステータスが、ちゃんとね」
「っ! じゃあ──」
「ええ。そうです。私もあなたと同じ、転生者ですよ」
ジョセフがまた眼鏡を上げると、今度はちゃんと目が見えた。
それは、どこか懐かしさを覚える目だった。
「それと、良太。いや、リョウ。久しぶりですね」
「もしかしてお前は──」
そうだ! 全部思い出した!
つるを持って眼鏡を上げる癖も、変な笑い方も、全部!
「ええ、長谷川博士。ハカセです」
ジョセフは相変わらずの無表情で、おれにそう告げた。
おれは異世界で、十三年ぶりに前世の親友と再会したのだった。




