12.勘
「食べながらでいい。聞いてくれるかな?」
夕食の席で、エリックがおれたち三人──アーサー、マリン、そしておれを見やる。
ニューポート伯爵邸の食堂。
広さは、日本の学校の教室を縦に三分割したうちのひとつくらい。
中央に長机があって、短辺である両端で、エリックとニューポート伯爵夫人がそれぞれ座席に着いている。
夫妻の間の長辺の一方に、ロゼッタとジョセフの姉弟が、少し間隔をあけて着席し、その反対側におれたちパイク村の三人組が並んで席に着いた。
目の前に並んだ料理は、肉や野菜が綺麗に皿に盛られていて、田舎育ちのおれたちがこれまで見たことのないものばかりだった。
前世でもおれは高級料理──たとえばフランス料理とか──なんて食べたことがないので、いま出されているものとの違いもわからない。
テーブルマナーも、「スプーンやフォークは外から使う」くらいしか知らない。
だが、アーサーとマリンはもっとなにも知らない。
教会の司祭からは読み書きや敬語を教わり、おれからは足し算と引き算(掛け算と割り算はまだ難しかったようだ)を教わっていたふたりだが、テーブルマナーはまだ身につけさせていなかった。
アーサーとマリンが不安そうにおれを見る。
よし、おれが手本を見せよう。
とりあえず目の前のパンを手でちぎり、スープにつけて食べた。
誰にも注意されないので、これで合っているのだろう。
ふたりは揃って頷き、おれを真似て食べはじめる。
「本来ならば、君たちに聞かせる話ではないのかもしれない。だが私は、君たちを騙すようなまねはしたくない。これは私の誠意だと思ってもらいたい」
そう前置きし、
「本題に入る前に、まずは礼を言わせてほしい。娘と騎士たちの命を救ってくれたそうだね。本当にありがとう。君たちがいなければ、私たちは大切な娘と部下たちを失ってしまうところだった。君たちには心より感謝する」
座ったまま、深く頭を下げる。
「それから次に、お願いだ。魔王復活のことは、ロゼッタからもう聞いているだろう。まったくもって、由々しき事態だ。我々は早急に手を打たなければならない。アーサーくん、そしてマリンくん。ふたりとも我々に力を貸してほしい。ロゼッタからすでに言われたと思うが、私からもお願いする」
そう言って、再び頭を深く下げた。
エリックのその言動に対し、
「頭を上げてください。わかりました。ロゼッタさんにも言いましたが、ぼくがみんなの役に立てるなら、頑張ります」
「わ、わたしも、頑張ります」
アーサーとマリンは恐縮しながらも、誠実に応じる。
「ありがとう。頼もしいかぎりだ。そして、ロバートくん。君にもお願いしたい」
エリックが視線をおれに固定する。
「わたしにですか?」
なんだ? 雑用係になる心の準備なら、もうできてるぜ。
「話づらければ、いつも通りの言葉づかいでかまわないよ」
田舎育ちの子供にとって、貴族と敬語で話すのはハードルが高い。
そう考えてのことだろう。
中身はおっさんのおれにはその必要はなかったが、ここは相手の期待通りに振る舞っておく方がよさそうだ。
「……なら、お言葉に甘えて。おれにも、ですか?」
「ああ、そうだ。君のことも、ジャックから教わっているんだ」
「ええと、ジャックはなんと?」
「君とマリンくんも、ジャックの弟子だそうだね。君は判断力と回避能力が特に優れていると。そしてなにより、いい目を持っていると、ジャックが教えてくれた」
「いい目?」
「ジャックの言葉では、『先を見通す目』だそうだ。なんでも、君はアーサーくんとマリンくんと一緒に、勇者ごっこという遊びをしていたそうだね?」
なるほど。ジャックから、全部しっかりと伝わってるんだな。
隠す気はないから、別にかまわないが。
「……はい」
「それはもしかして、この事態を予見していたからじゃないのかい?」
そこで、突如エリックが射貫くようにおれを見る。
気の弱い子供なら、震えて泣きだすかもしれない迫力だ。
けれど、おれにはさして効果はなかった。
エリックの目を真っ直ぐに見返して、
「はい。そう遠くない未来に、魔王が復活する──ような気がしていました」
あっさりとそう告げた。
それを聞いて、一番驚いていたのはロゼッタだった。
大きく目を見開いて、声もなく口をパクパクと動かしている。
マリンとアーサーも少なからず驚いている。
これまで散々言ってきたことなのだが、本当にその通りになったので、ちょっとびっくりしているようだ。
エリックとニューポート伯爵夫人は少し眉をひそめた程度で、ジョセフは平常通り、無表情のままだった。
あれ? よく見たら、ほんのちょっとだけ口の端を上げたような気がしたが、気のせいだろうか。
「ふむ。どうして、それがわかったのかね?」
エリックが質問をつづける。
しまった。
そもそもおれはここに来る予定じゃなかったから、こんなやりとりは想定していなかった。
子供相手なら適当に誤魔化すこともできるが、大の大人、しかも今後お世話になる予定の人間に対して、どう説明すればいいのか。
「それは、ええと……そんな気がしたから、です」
ひとまず、真偽を確かめようがない答えで、この場をしのぐことにする。
「未来視というやつかね? それとも、デネウスさまから神託を授かったとか?」
「どちらも違います。ただの勘です」
「そうか。ならば君の勘は大したものだ。もしかしたら、この中央大陸で魔王の復活を正確に予見していたのは、君ひとりだったかもしれないよ」
「それは……どうでしょうか……」
ゲームでは最初に魔王が復活しているから、それを予見していた人がいたかどうかは知らない。
教会の連中はどうだったんだろう?
魔王が封印されていた箱と聖剣を管理しているのは教会だ。
「君のはじめた勇者ごっこのおかげで、アーサーくんとマリンくんは秘めたる才を開花できたのではないかな? ジャックに剣術を学んでいたのも、君の案だったとか。魔王復活を予見し、それに備えるために勇者ごっこを通じて、才あるふたりを導いていたんだろう? 違うかね?」
ほとんど正解だ。
さすがはエリック。
ゲームでも高い知力と戦闘力で、勇者たちを支える仲間のひとりだった。
「……はい」
「やはりそうか。ならば君は救世主かもしれないな。君の行いが、ゆくゆくは我々を救うかもしれない」
「……」
なんとも言えず、おれは曖昧に頷いた。
この時点ではまだアーサーは勇者ではないし、マリンも聖女ではない。
だがエリックには、アーサーが勇者だということに確信があるようだ。
先見の明なのか、はたまた、他に理由があるのか。
(あやしいのはジャックの手紙と……)
おれは、ちらりとジョセフの顔を見やる。
(こいつは初対面の時に、アーサーとマリンの名前を聞いて「勇者さまと聖女さま」って言ってたんだよな。ジャックの手紙になんて書いてあったのかは知らないが、あまりに断定的な言い方だったのが気になる)
「だから、ロバートくんにも協力してほしい。魔王軍の脅威に対し、君のように才あるものの力が、我々には必要なんだ」
エリックが真剣な表情でおれに言う。
モブであるおれのことを、エリックは「才あるもの」と評価してくれた。
ならば、それに応えなくちゃいけないな。
チートなんてないが、ゲームの知識ならばある。
なんせ、おれはこのゲームをやりこんでいるからな。
「わかりました」
「ありがとう。君も加わってくれると、より頼もしいな。それでは、話を進めようか。先に述べたように、本来ならば君たちにこれを聞かせるのは心苦しいのだが、それでも聞いてほしい」
「はい」
「結論から言うと、この度の勇者選定は、儀式がはじまる前からすでに、貴族間の争いに利用されてしまっている。国王陛下は、勇者に選ばれたものとそれを擁立した貴族や派閥に対して、莫大な恩賞を与えるとおっしゃっている。そのため貴族たちは自分の領地を駆けまわり、勇者候補を探している。いまや勇者候補は、貴族たちにとって大いに価値のあるものなのだ」
言っちゃあなんだが、宝くじみたいな感じだな。
ゲームではこのあたりのことは明言されていなかった。
「かく言う私も、自分の領地にいた君たちをこうして連れてこさせてしまった。だが、誤解しないでほしい。私は純粋に勇者を見つけだして、ともに魔王軍と戦うつもりだ」
おれたちに向かって、真摯な態度で弁ずる。
「まあ、もちろん、もらえるものはもらうつもりではあるがね」
そう付け足して、ほんのりと笑みをうかべる。
それを悪いことだとは思わない。
おれだって、くれるって言うならもらう。
アーサーはいらないとか言いそうだが。
「君たちにはとても期待している。しかし、君たちはまだ子供だ。無理をさせるつもりはない。もしも嫌になってしまったら言いなさい。すぐに村に帰れるようにしよう。それにこれも言っておこう。もし君たちが勇者として選ばれなかったとしても、私は君たちを最上級の客人として遇するつもりだ。約束する」
「ありがとうございます」
マリンとアーサーがまだ少し戸惑っているので、三人を代表しておれが礼を述べる。
(おれたちの村がこの人の領地でよかった)
おれは今後現れるであろう、他のどうしようもない貴族たちを知っている。
マリンとアーサーにとっては、このエリックが「当たりくじ」だ。
(設定資料にも載っていなかったからわからないけど、実年齢換算だと、多分おれとそんなに年は離れていないよな。うーん、いろいろ見習わないと)
今後もマリンとアーサーのふたりをサポートしていくのなら、おれももっと成長しなければならない。
そんなことを考えていると、
「お話は終わったようですから、私からひとつよろしいかしら?」
これまで黙っていた伯爵夫人──メリルが、口を開いた。
ロゼッタによく似た美人だ。
メリルはマリンとアーサーを交互に見て、
「おふたりにお訊きしたいのだけれど、おふたりは恋仲なのかしら?」
「いえ、違います」
アーサーが淀みなく答える。
村でも百回以上は聞かれ、同数答えてきた。
事実だし、アーサーからすれば、質問にただ答えているだけだ。
けれど……。
「……」
おれはちらりとマリンの顔をうかがう。
これといって表情に変化はないようだが、心の中では傷ついているかもしれない。
後でそれとなくフォローしておこう。
「あら、そうなのね。ふふふ、ごめんなさい。娘がどうしても訊いてほしそうだったから」
「お、お母さま!」
「よかったわね、ロゼッタ。あなたにもチャンスはありそうよ」
「も、もう!」
顔を赤くして、ロゼッタが俯く。
その姿は、可憐な花にたとえることができそうだ。
それをぼんやりと眺めていると、どこからか痛くなるような視線を感じる。
駄目だぞ、アーサー。
可愛いからって見とれてちゃ。
「はっはっはっ。アーサーくんがロゼッタをもらってくれたら、わが伯爵家も安泰だな」
エリックが高らかに笑いながら、メリルに追従する。
やっぱり、エリックはアーサーを勇者だと信じているみたいだ。
(いいや、アーサーはマリンと結ばれるんだ。ロゼッタとじゃない)
怒ってるだろうなぁ、とおれはマリンの方を確認する。
マリンは頬を膨らませて、おれを睨んでいた。
(えええ、おれ? ああ、そうか。この状況を、おれがなんとかしろって言うんだな。よ、よし、わかった)
「あ、あの、おれもちょっと、伯爵閣下に訊きたいんですけど」
おずおずと口を開く。
「うむ。ロバートくん、なにかね?」
「もしも、失礼な質問なら、申し訳ありませんが……」
「言ってみたまえ」
「ジョセフさまのことです」
「ジョセフがなにか?」
「その……ジョセフさまは、閣下と奥さまの……本当お子さまではないですよね?」
「そのようなことを、誰かから聞いたのかね?」
そう問うエリックには、とくに気を悪くしたようすは見られなかった。
デリケートな話だったのでちょっと緊張していたから、その反応にほっとする。
「いいえ、聞いてません」
「ならばどうして……いや、それも君の勘かね」
「……はい、そうです」
「そうか。やはり君には……いや、質問に答えよう。たしかにジョセフは養子だよ。別に隠しているわけじゃないがね。我が家の跡取りとして育てている」
そう言って苦笑し、
「まあ、私とメリル、どちらにも似ていないからね。気づく人間はいくらかいるだろう。君もそうではないかな?」
「ええ、そうだと思います」
「ジョセフは君たちと同じ年だ。仲良くしてやってくれると、私も嬉しい」
「はい。もちろん」
おれの返事に、エリックは満足げだった。
当のジョセフは、口を差しはさむこともなく、無表情でおれたちのやりとりを聞いていた。
「長くなってすまないな。さあ、食事のつづきを。足りなければ言ってくれ。どんどん持ってこさせよう」
エリックはそう言って、おれたちを促す。
おれたちは口々に感謝を述べ、目の前の料理をなるべく上品にむさぼった。




