11.ニューポート伯爵
おおよそ二日と半日の旅を無事に終え、おれたちはニューポート伯爵家の邸宅がある町、アザレアに到着した。
旅の途中でふたつの小さな町に寄って、それぞれで宿屋に泊まることになったのだが、どちらの町にも宿屋がひとつしかなく、全員で泊まることはできなかった。
なので、マリンだけ宿屋に泊めてもらい、おれとアーサーは騎士たちと一緒に、町の外に張った簡易テントで眠った。
マリンもおれたちと一緒にいたがったが、ロゼッタが「女の子をテントで寝かせるわけにはいかない」と言って自分の泊まる部屋に引っ張っていったので、たしかにそうかもなと思って反対しなかった。
ちなみにジョセフも宿屋に泊まっていたが、もちろん別室だ。
さすがにそうでなかったら、意地でもマリンを泊まらせはしなかったが。
ちょうどいい機会だったので、おれはテントで一緒になった伯爵家の騎士たちに、ジョセフのことをたずねてみた。
するとみんな口を揃えて、「凄いお方だ」と答えた。
なにがどう凄いのかたずねると、「その内わかる」と返ってきた。
だから結局、ジョセフのことはなにもわからなかった。
移動中の馬車の中では、ことあるごとにみんながおれの顔をちらちら見てきた。
理由はある程度推察できる。
おれの顔はモブ中のモブの顔だ。
前世ほど自分の顔を鏡で見るような生活を送っているわけではないので、時たま水面にうつった顔を確認するくらいだが、「見るも無残な」というほど酷いわけでも、「髪型やおしゃれ次第で化ける」というほど、実は、ってわけでもない。
特徴らしい特徴といえば、若干くせのある茶色い髪くらいで、しばらく会わなければ、ロゼッタなどには「どちらさまでしょうか?」と言われてもおかしくないと思う。
だから普通は、おれの顔を見てもなんの感慨も抱かないはず。
みんなが気にしているのはおれの顔ではなく、おれの存在そのものだろう。
それぞれの気持ちを、勝手に推察してみようか。
まずアーサーは、
「ロブは頼りになるから、一緒に来てくれて嬉しいな」
と思っているだろうな。
同い年だが、アーサーは昔からおれのことを兄貴分みたく慕ってくれている。
その信頼を裏切らないようにしなくちゃいけないな。
次にマリンは、
「わたしとアーサーのじゃまはしないでよ! でも、ふたりだけはまだ緊張するから、もうちょっと一緒にいなさいよ!」
だな。
もう長い付き合いだというのに、恋する乙女の気持ちは複雑なようだ。
片思いの経験しかないおれには、うまく察するのが難しいところもあるが、推しの恋はなんとしても成就させてやりたい。
それから、ロゼッタは、
「なんでいるのかしら?」
か。
彼女からすれば、おれはただの農村の子供でしかない。
ちょっと悲しいが、それも当然の反応だと思うよ。
そして、ジョセフは、
「……」
うーん、ジョセフがなにを考えているのか全くわからない。
だが、なぜかジョセフには既視感を覚えるのだ。
一体これがなんなのか、この先にはっきりするのだろうか。
「お嬢さま、到着しました」
御者をつとめていた騎士が、目的地に着いたことを告げる。
「ご苦労さま」
ロゼッタが騎士に述べ、それから、
「みなさま、ようこそニューポート伯爵家へ。心より歓迎申し上げます」
馬車内の一同を、優雅に見回して言う。
馬車から降り、現実の伯爵邸を目の当たりにして、おれは密かに打ち震えた。
(本物だ。ゲームとまったく同じだ。もしここにスマホがあったら、絶対に写真をとってただろうな)
ひと言で説明するなら、洋風の豪邸だ。
……ちょっと端折りすぎたかな?
高さのある鉄柵に囲まれた瀟洒なデザインの本館は、真っ白な壁で二階建て。
大きさは、前世の『学校の体育館』くらいはありそうだ。
重そうな扉をあけて玄関をくぐると、広いホールの真ん中に立ったひとりの男が、俺たちを出迎えてくれた。
「ようこそ。わたしがこの家の当主、エリック・ニューポートだ」
柔和な笑みを整った顔にうかべた、壮年の紳士。
その人をおれはよく知っている。
ゲームで最序盤に登場する、重要人物だ。
伯爵といえば辺境伯、つまりは武人のイメージだが、目の前のエリックは、猛々しい物腰ではない。
どちらかというと、おれたちの師匠のジャックのような物静かな雰囲気である。
ロゼッタと同じ、明るい金髪に白い肌。
顔もロゼッタに少し似ていて、青い目のハンサム。
年齢はゲームでは語られず、説明書や資料にも載ってなかったのでわからないが、ジャックと同じくらいに見える。
すらりとした体型で、背丈もジャックと同じくらいだ。
ふたりは古い付き合いだそうだが、どういう関係なのか、ジャックから詳しくは訊いてない。
そういえばジャックには、おれも村を出ていくことを伝えていなかった。
きっと村の誰かから聞いてすでに知っていると思うが、落ち着いたら彼にも手紙を書こう。
しばらくぼんやりとしてエリックの顔を見つめていたおれは、はっとしてすぐに顔を伏せ、挨拶する。
「ニューポート伯爵閣下。はじめまして。この度は、伯爵閣下のご尊顔を拝させて頂けたこと、至上の喜びでございます」
「はっはっはっ。大げさだな。私は国王陛下ではないよ。だからそんなにかしこまらないでほしいな」
エリックが鷹揚に言う。
「君たちは農村の子供だと聞いていたが、そのような言葉づかい、どこで覚えたんだい?」
「教会で、司祭さまに教わりました」
そう答える。
おれの場合、本当はゲームや漫画だけど。
「なるほど」
エリックが、ふむと頷く。
「それで、君は……」
おれがエリックに答えようとしたその時、ロゼッタが前に歩み出て、
「お父さま、順番にご紹介します。こちらがアーサーさま、そしてマリンさま。それから……その……えっと……」
また忘れられてしまったようだ。
ならばここは助け舟を出さなくては。
「エド……」
おれは小声でぼそりと呟く。
「──え、ええ。ええ、そうです。エドワードさまです。覚えていましたよ。もちろん、覚えていましたとも」
「えっど、ロバートです」
すぐに訂正する。
「……」
ロゼッタが見事に固まった。
このヒロイン、ちょっと面白い。
ゲームとはずいぶん違う印象だ。
「そうか、君がアーサーくんか。君のことはジャックから手紙で教わっているよ」
なにごともなかったように、エリックがアーサーに歩み寄る。
アーサーは慌てて頭を下げた。
「マリンくんのこともね。それから、ロバートくん? のことも」
マリンと、おれの顔を順繰りに見つめ、人好きのする笑みをうかべる。
え? おれのこと?
剣の才能も、魔法の適正もないおれのことを?
ジャックよ。一体なにを書いたんだ?
最後に会った時は、そんなこと全然言わなかっただろ。
「長旅で疲れただろう。少し休むといい。その後、夕食にしよう」
みんながその場を立ち去るなか、ロゼッタだけは固まったままだった。




