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触れた相手を壊す俺、義姉と義妹は最初から壊れている  作者: 翡翠


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第7話 交差する線

 その日の放課後、俺は帰らなかった。


 帰れば、確実に何かが起きる。

 それが分かっていたからだ。


 教室には、まだ数人残っている。


 その中に――


「帰らないの?」


 一ノ瀬凛がいた。


 机に頬杖をついて、こちらを見ている。


「……少しな」


「へえ」


 興味深そうに目を細める。


「逃げてるの?」


「違う」


「じゃあ、待ってる?」


 核心を突いてくる。


 返す言葉を探していると。


「どっちでもいいけどさ」


 凛は立ち上がる。


 そして、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


「もう少し、話そうよ」


 距離が、近い。


 昨日よりも。


 明らかに、迷いがない。


「……線、引いたはずだろ」


「うん」


 あっさりと頷く。


「でもさ」


 一歩、踏み込む。


「その線、どこまで続いてるの?」


 言葉の意味を理解する前に。


 凛の手が、俺の肩に触れた。


 ――またか。


 瞬間、思考が鈍る。


 昨日と同じ感覚。


 けど。


 わずかに、強い。


「……っ」


 凛の呼吸が、少しだけ乱れる。


 目が揺れる。


 でも。


 止まらない。


「やっぱり」


 小さく呟く。


「面白い」


 その言葉で、はっきりと分かる。


 こいつはもう。


 “止まる側”じゃない。


「凛、離れろ」


「やだ」


 即答。


 陽菜と同じ。


 同じ反応。


「だって、まだ平気だし」


 その“まだ”が、危険だと分かっているのに。


 踏み込んでくる。


「――離れなさい」


 低い声が、空気を裂いた。


 同時に、凛の手が止まる。


 振り向く。


 教室の入り口。


 沙夜姉が立っていた。


 制服姿のまま。


 無表情で、こちらを見ている。


「……誰?」


 凛が小さく呟く。


 視線は外さない。


 むしろ、興味が増している。


「……関係ない」


 そう言おうとした瞬間。


「姉よ」


 沙夜姉が先に答えた。


 迷いのない声。


「朝比奈沙夜。三年」


 そのまま、ゆっくりと歩いてくる。


 一直線に。


 俺と凛の間へ。


「離れなさい」


 もう一度言う。


 今度は、凛に向けて。


 その距離。


 その圧。


 凛は一瞬だけ、迷った。


 ほんのわずかに。


 そして。


 ゆっくりと手を離す。


「……なるほど」


 小さく呟く。


「この人か」


 視線が、沙夜姉に向く。


 完全に分析している目だ。


「あなたが、線を教えた人」


 核心だった。


 沙夜姉は否定しない。


 ただ。


「それ以上は、進まない方がいいわ」


 静かに言う。


「あなたのためにも」


 淡々とした忠告。


 けど。


 凛は、わずかに笑った。


「へえ」


 興味深そうに目を細める。


「優しいんだね」


「違うわ」


 即答。


「壊れるから止めてるだけ」


 その一言で、空気が凍る。


 凛の目が、わずかに揺れる。


 でも。


 次の瞬間には、戻る。


「壊れる、ね」


 小さく繰り返す。


「それ、あなたもでしょ?」


 鋭い。


 一瞬で見抜く。


 沙夜姉の表情が、わずかに変わる。


 本当に、わずかにだけ。


「……そうよ」


 否定しない。


「私はもう、壊れてる」


 はっきりと言い切る。


 教室の空気が、完全に変わる。


 逃げ場がない。


「へえ」


 凛が、ゆっくりと笑う。


「じゃあ」


 一歩、踏み出す。


「先輩は、どこまでいったの?」


 完全に、踏み込んでいる。


 止まる気がない。


 沙夜姉は、少しだけ目を細めた。


「あなたには関係ないわ」


「あるよ」


 即答。


「だって」


 視線が、俺に向く。


「同じもの見てるから」


 その言葉で、背筋が冷える。


 ――同じ。


 そう認識している時点で、もう危険だ。


「凛、やめろ」


 割って入る。


 これ以上はまずい。


 完全に。


「……邪魔しないで」


 凛が、低く言う。


 初めてだった。


 こんな声を出すのは。


 感情が、表に出ている。


 そのまま、視線を戻す。


 沙夜姉に。


「ねえ」


 静かに言う。


「勝つの、どっちだと思う?」


 その一言で。


 全部が変わった。


 これはもう。


 興味でも、好奇心でもない。


 ――競争だ。


 沙夜姉は、少しだけ沈黙した。


 そして。


 わずかに、笑う。


「愚問ね」


 静かな声。


「最初に越えたのは、私よ」


 空気が、張り詰める。


 凛の目が、細くなる。


「……そう」


 小さく頷く。


 そして。


「じゃあ、追いつくだけだね」


 その言葉に。


 はっきりとした意思が乗る。


 ――止まらない。


 完全に。


「帰るわよ、湊」


 沙夜姉が言う。


 それは命令だった。


「……ああ」


 頷くしかない。


 この場にいれば、確実に何かが起きる。


 それが分かる。


 教室を出る。


 背後から、凛の視線を感じる。


 振り返らない。


 振り返れば、引き戻される。


 廊下に出て、歩き出す。


 しばらくして。


「……面倒ね」


 沙夜姉が小さく呟く。


「止まらないわ、あれは」


「分かってる」


 短く返す。


 さっきの目を見れば、誰でも分かる。


「だから」


 少しだけ声が低くなる。


「管理を強める」


 その一言で、背筋が冷える。


「……どうやって」


「簡単よ」


 横目でこちらを見る。


「あなたを、外に出さない」


 足が止まる。


「……は?」


「必要でしょ?」


 平然と言う。


「これ以上、増やさないために」


 理屈は分かる。


 分かるけど。


「無茶だろ」


「そうかしら」


 少しだけ首を傾げる。


「やる価値はあるわ」


 真顔で言う。


 ――本気だ。


 この人。


 本気でやるつもりだ。


「……陽菜が黙ってないぞ」


「ええ」


 あっさり頷く。


「だから、余計に面倒なのよ」


 その言葉に。


 頭が痛くなる。


 家の中。


 外の世界。


 両方が、同時に動き始めている。


 そして。


 その中心にいるのは――


 間違いなく、自分だ。


 逃げ場は、もうない。

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