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触れた相手を壊す俺、義姉と義妹は最初から壊れている  作者: 翡翠


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第5話 見えていないはずのもの

 陽菜の問いは、まっすぐだった。


「さっきの人、誰?」


 腕を掴む力が強い。


 逃がす気がない。


 ……ごまかせるか?


「クラスメイトだよ」


 短く答える。


 嘘ではない。


 ただ、足りないだけだ。


「名前」


 間髪入れずに来る。


 鋭い。


「……一ノ瀬」


「ふーん」


 陽菜は少しだけ目を細めた。


 そのまま、じっとこちらを見てくる。


 何かを探るみたいに。


「女の子だよね」


「……ああ」


 否定する意味はない。


 したところで、無駄だ。


「触れた?」


 核心を突く。


 一瞬、言葉が止まる。


 その“間”で、十分だった。


「触れたんだ」


 小さく笑う。


 けど、その笑いは昼のそれとは違う。


 感情が、滲んでいる。


「……少しだけだ」


「どれくらい?」


「……少しだ」


 曖昧に返す。


 正確に言う意味はない。


 言ったところで、どうにもならない。


「……そっか」


 陽菜は一度だけ頷いた。


 そのまま、俺の腕を掴んだまま――


 ぐっと引き寄せる。


「じゃあ」


 距離が、一気に縮まる。


 顔が近い。


 息がかかる。


「こっちもいいよね?」


 意味を理解する前に。


 陽菜の手が、頬に触れた。


 ――来る。


 分かっているのに、避けられない。


 接触。


 それだけで。


 空気が歪む。


 頭の奥が、じわりと重くなる。


 けど。


「……あれ?」


 陽菜が、小さく首を傾げた。


 そして、さらに距離を詰める。


「まだ足りないのかな」


 指先の圧が強くなる。


 接触が、深くなる。


「陽菜、やめろ」


「やだ」


 即答。


 迷いがない。


 そして。


「だって、お兄ちゃんのだもん」


 その一言で、空気が変わる。


 完全に。


 さっきまでの“軽さ”が消えた。


 重い。


 逃げ場がない。


「陽菜」


 低い声が割り込む。


 沙夜姉だ。


 振り向くと、廊下の奥に立っている。


 表情は変わらない。


 けど。


 空気が、冷たい。


「離れなさい」


「なんで?」


 陽菜は振り向かない。


 そのまま、俺を掴んだまま言う。


「別にいいでしょ」


「よくないわ」


 静かな否定。


 そして。


「それ以上は、壊れる」


 はっきりと言い切る。


 陽菜の動きが、止まる。


「……壊れる?」


 小さく繰り返す。


「誰が?」


「あなたがよ」


 即答だった。


 その一言で、陽菜の表情が変わる。


 わずかに。


 本当にわずかにだけど。


 ――迷い。


「……平気だもん」


 小さく言う。


 けど、その声は少しだけ弱い。


「まだ、大丈夫」


「“まだ”ね」


 沙夜姉が一歩、近づく。


「その段階で止めないと、取り返しがつかなくなる」


 淡々とした声。


 まるで、経験しているみたいに。


 ――いや。


 “している”んだ。


 陽菜はしばらく黙っていたが、やがて。


 ゆっくりと手を離した。


 その瞬間。


 空気が軽くなる。


 思考が戻る。


「……つまんない」


 小さく呟く。


 けど、その目はまだこちらを見ている。


 離れていない。


 ただ、距離を取っただけだ。


「湊」


 沙夜姉が名前を呼ぶ。


「こっちへ」


 逆らわずに歩く。


 すれ違う瞬間。


 陽菜の視線が、背中に突き刺さる。


 ――完全に敵認定だな。


 そう思いながら、沙夜姉の横に並ぶ。


「……見えてるのか?」


 小さく聞く。


「全部じゃないわ」


 即答。


「でも、変化は分かる」


 視線は前を向いたまま。


「誰がどれくらい影響を受けているか」


 淡々と続ける。


「陽菜は?」


「まだ浅い」


 少しだけ間を置いて。


「でも、進んでる」


 やっぱりか。


 さっきの反応で分かっていた。


「止められるのか?」


「止めるしかないわ」


 短い答え。


 けど、その声には確信があった。


「あなたが無自覚だから」


 ぴたりと足を止める。


 振り向く。


 視線が合う。


「私が管理する」


 その一言で。


 全てが決まった気がした。


 ――管理。


 それはつまり。


 この家の中で。


 俺の行動は、全部見られているということだ。


「……外はどうする」


 聞く。


「一ノ瀬のことかしら」


 すぐに返ってくる。


 やっぱり、分かっている。


「距離を取らせなさい」


「無理だろ」


 即答する。


 あいつはもう、気づいている。


 そして。


 興味を持っている。


「でしょうね」


 あっさり認める。


「だから」


 少しだけ、声が低くなる。


「早めに線を引きなさい」


 線。


 その言葉が、やけに重く感じる。


「引かなかったら?」


「――壊れるわよ」


 迷いのない断言。


「陽菜みたいに」


 その名前に、背筋が冷える。


 振り返る。


 リビングの入口で、陽菜がこちらを見ていた。


 何も言わない。


 ただ、じっと見ている。


 その視線に。


 ほんの少しだけ。


 昨日まではなかったものが混ざっていた。


 ――執着。


 はっきりと分かる。


 そして。


 それは、確実に強くなっている。


「……面倒なことになったな」


 小さく呟く。


 すると。


 隣で、沙夜姉がわずかに笑った。


「最初からよ」


 静かな声。


「今さらでしょう?」


 その言葉に、何も返せなかった。

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