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触れた相手を壊す俺、義姉と義妹は最初から壊れている  作者: 翡翠


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第4話 知られている距離

 夕食の時間は、妙に静かだった。


 箸の当たる音と、テレビの小さな音だけが、やけに耳に残る。


 いつもと同じはずの光景。


 なのに、空気だけが違う。


 向かいに座る陽菜は、何度もこちらを見てくる。

 その視線は、昼よりも強い。


 隣の席――沙夜姉は、いつも通り淡々と食事をしていた。


 ただ。


 時折、ほんのわずかに視線がこちらに向く。


 それだけで、息が詰まる。


「……何か言いたいことがあるなら、食べ終わってからにしてくれ」


 耐えきれずに言う。


 沙夜姉は、箸を止めた。


「ええ、そうね」


 あっさりと頷く。


「その方がいいわ」


 その一言で、確信する。


 ――完全に分かってる。


 何をどこまでかは知らないが、少なくとも。


 “何かがあった”ことは、見抜かれている。


 ――


 食後。


 陽菜が食器を片付けに立ち上がる。


「私やるねー」


 明るい声。


 けれど、足取りはどこか落ち着かない。


 ちら、とこちらを見る。


 そして。


「……あんまり長く話さないでよ?」


 小さく、そう言った。


「何の話だ」


「分かってるでしょ」


 それだけ言って、キッチンに消える。


 ――やっぱり、こいつも気づいてる。


「来なさい」


 沙夜姉が立ち上がる。


 短い一言。


 逆らう余地はない。


 そのまま、廊下の奥――自分の部屋とは反対側へ向かう。


「……どこ行くんだ」


「私の部屋よ」


 振り返らずに答える。


 ドアの前で止まり、そのまま開ける。


「入りなさい」


 促されるまま、中に入る。


 整った部屋だった。


 無駄なものが少ない。

 どこか、冷たい印象。


 その中央で、沙夜姉はゆっくりと振り返る。


 そして。


 ドアを、静かに閉めた。


 ――逃げ場がない。


「さて」


 小さく息を吐く。


「話をしましょうか、湊」


 名前を呼ばれる。


 逃げる気はない。


「……何を」


「分かってるでしょう?」


 視線が、まっすぐに向けられる。


 逃げられない。


「学校で、誰に触れたの?」


 核心だった。


 一瞬、言葉が詰まる。


「……別に」


「名前」


 被せるように言う。


「隠しても意味はないわ」


 淡々とした声。


 けど、確信がある。


「……一ノ瀬」


 観念して答える。


「一ノ瀬凛」


「そう」


 小さく頷く。


 まるで、最初から知っていたみたいに。


「どこまで?」


「……何がだ」


「影響よ」


 言い切る。


「どこまで入ったの?」


 ぞくり、とした。


 言葉の選び方が、明らかにおかしい。


 けど。


 それ以上に。


「……分かるのか?」


 思わず聞いていた。


 沙夜姉は、わずかに目を細める。


「ええ」


 短く答える。


「分かるわ」


 迷いがない。


「あなたが誰に、どれくらい触れたか」


 一歩、近づく。


 距離が縮まる。


 けど、逃げられない。


「……変化は弱い」


 静かに言う。


「まだ浅い段階ね」


 その言葉で、背筋が冷えた。


 ――分析されてる。


 完全に。


「ねえ、湊」


 さらに一歩。


 もう、手を伸ばせば届く距離。


「あなた、自覚が足りないわ」


「……何の」


「影響の強さよ」


 目が合う。


 逃げられない。


「外でも同じことをすれば、どうなるか」


 そこで一度、言葉を切る。


 そして。


「分かってるの?」


 問いかける。


 答えられない。


 分かっているようで、分かっていない。


 だからこそ。


「……だから距離を取ってる」


 そう返すしかなかった。


「不十分ね」


 即答だった。


「距離だけじゃ足りない」


 さらに近づく。


 もう、完全に目の前。


「……沙夜姉」


 名前を呼ぶ。


 すると。


 ほんのわずかに、表情が揺れた。


「……その呼び方」


 小さく呟く。


「便利よね」


 その言葉に、違和感が走る。


 次の瞬間。


 沙夜姉の手が、ゆっくりと伸びた。


 触れる。


 指先が、頬に。


 その瞬間。


 空気が、変わる。


 陽菜のときとは違う。


 凛のときとも違う。


 もっと、深い。


 逃げ場のない感覚。


「……ほら」


 静かな声。


「これくらいで、崩れるわけないでしょう?」


 目が細められる。


 その奥にあるものが、見えそうで見えない。


「私は、もう壊れてるから」


 昨日と同じ言葉。


 けど、今は違う。


 その意味が、少しだけ分かる。


「……最初に触れたのは、私よ」


 息が止まった。


 時間が、一瞬だけ止まる。


「……何言って」


「覚えてないのは当然ね」


 淡々と続ける。


「寝てたもの」


 心臓が、大きく鳴る。


「……キスしたの」


 その一言で。


 全てが繋がった気がした。


 昨日の視線。


 さっきの反応。


 全部。


「……沙夜姉、お前――」


「選んだのは私よ」


 遮るように言う。


「誰にも強制されてない」


 目が、真っ直ぐにこちらを見る。


「だから、後悔もしてない」


 迷いがない。


 完全に、受け入れている。


「……おかしいだろ」


 やっと絞り出した言葉。


 すると。


 沙夜姉は、わずかに笑った。


「ええ」


 あっさりと肯定する。


「おかしいわよ」


 そのまま、距離をさらに詰める。


 息がかかるほど近い。


「でも」


 静かに、囁く。


「今さらでしょう?」


 逃げられない。


 理解してしまう。


 この人が、一番深いところにいる。


 そして。


「……陽菜には、まだ言ってない」


 ふっと離れる。


「知ったら、面倒になるから」


 それは。


 つまり。


「……隠してるのか」


「ええ」


 即答だった。


「必要なことは、全部」


 振り返り、ドアの方へ向かう。


「いい?」


 振り返らずに言う。


「外では、もっと気をつけなさい」


 静かな声。


 けど、絶対に逆らえない響き。


「……分かった」


 そう答えるしかなかった。


 ドアが開く。


 リビングの光が差し込む。


 その先に。


「……遅い」


 腕を組んだ陽菜が立っていた。


 明らかに、不機嫌な顔。


「何話してたの?」


 視線が鋭い。


 隠せる気がしない。


 けど。


 言えるわけもない。


「別に」


 短く返す。


 すると。


 陽菜の目が、わずかに細くなった。


「……ふーん」


 そのまま近づいてくる。


 そして。


 俺の腕を、強く掴んだ。


「ねえ、お兄ちゃん」


 低い声。


 昼とは違う。


「さっきの人」


 心臓が跳ねる。


「誰?」


 ――やっぱり。


 全部、見えてるわけじゃない。


 でも。


 何かが起きていることは、確実に伝わっている。


 この家の中では。


 もう、何も隠せない。


 そう思った。

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