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触れた相手を壊す俺、義姉と義妹は最初から壊れている  作者: 翡翠


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第3話 境界線の内側

 放課後。


 教室のざわめきが少しずつ引いていく中、俺は席に座ったまま窓の外を見ていた。


 グラウンドでは部活の声が上がっている。

 どこにでもある、普通の放課後。


「朝比奈」


 呼ばれて振り向く。


 一ノ瀬凛が、すぐ横に立っていた。


「行こっか」


「ああ」


 短く答えて立ち上がる。


 特に理由は聞かなかった。

 聞かなくても、なんとなく分かる気がしたからだ。


 凛はそのまま教室を出ていく。

 俺も後に続いた。


 ――


 向かったのは、校舎裏のベンチだった。


 人はほとんどいない。

 風の音と、遠くの部活の声だけが聞こえる。


「ここなら大丈夫かな」


 凛はそう言って、隣に座る。


 距離は、ほんの少しだけ近い。


「……で、話って?」


「うん」


 凛は一度だけ息を吐いて、こっちを見る。


「朝比奈ってさ」


「またそれか」


「うん、またそれ」


 少しだけ笑う。


 けど、その目は真剣だった。


「やっぱり、変だよ」


 はっきりと言い切る。


「……何が」


「近くにいると、思考が鈍る」


 昨日と同じ言葉。

 でも、今回は確信が混ざっている。


「それに」


 凛は、ゆっくりと手を伸ばした。


 躊躇いは、ほとんどない。


 そのまま――


 俺の手に、触れる。


 指先が重なる。


 ほんの一瞬。


 それだけで。


 空気が、歪んだ。


 頭の奥が、じわっと重くなる感覚。


 けど同時に。


「……やっぱり」


 凛が、小さく呟いた。


 その声は、少しだけ揺れていた。


「変だよ、これ」


 視線が合う。


 凛の目は、完全に理解していた。


「普通じゃない」


「……そうかもな」


 否定はしなかった。


 できなかった。


「ねえ、これって何?」


「さあな」


「分かってるでしょ」


「分かってない」


 嘘じゃない。


 正確には――


 説明できるほど、理解していない。


 ただ。


「触れると、少しだけおかしくなる」


 それくらいは分かる。


 凛はその言葉を聞いて、少しだけ目を細めた。


「少し、ね」


 小さく繰り返す。


 そして。


 指先に、ほんの少しだけ力を込めた。


 接触が、深くなる。


 ――まずい。


「凛、離せ」


「……なんで?」


「それ以上は」


 言いかけて、止まる。


 何が起きるか。


 どこまでいくか。


 自分でも分からない。


 ただ一つ言えるのは。


 ――これ以上は、よくない。


「……ふーん」


 凛は、ゆっくりと手を離した。


 その瞬間。


 頭が軽くなる。


 思考が、戻る。


「……なるほどね」


 凛は小さく息を吐いた。


「これ、危ないやつだ」


 あっさりと言う。


 けど、その声にはわずかな熱があった。


「だから距離取ってたの?」


「まあな」


「そっか」


 納得したように頷く。


 普通なら。


 ここで終わるはずだ。


 距離を取る。


 関わらない。


 それが正解だ。


 なのに。


「……でもさ」


 凛は、こちらを見たまま言った。


「分かってても、離れたくないって思うの、ちょっと面白いね」


 ぞくり、とした。


 それは。


 昨日、家で感じたものと同じ種類の――


「凛」


「大丈夫だよ」


 軽く笑う。


 その笑い方が、ほんの少しだけ変わっていた。


「まだ、平気だから」


 “まだ”。


 その言い方が、やけに引っかかった。


 ――


 帰り道。


 夕焼けの中を歩きながら、凛はいつも通りの距離を保っていた。


 さっきのことが嘘みたいに。


 普通に会話して、普通に別れる。


「じゃあね、朝比奈」


「ああ」


 手を振って、背を向ける。


 そのとき。


「……ねえ」


 呼び止められる。


 振り向くと、凛が少しだけ真剣な顔をしていた。


「また、触れてもいい?」


 言葉が、すぐには理解できなかった。


「……は?」


「さっきの」


 あっさりと言う。


「もう一回、試したい」


 軽い口調。


 けど、目は本気だった。


「……やめとけ」


「なんで?」


「危ないからだ」


「うん、分かってる」


 あっさり頷く。


 それでも。


「それでも、ちょっと気になる」


 そう言って、笑った。


 ――駄目だな、これ。


 完全に。


 “入り口”に立ってる。


「……好きにしろ」


 ため息混じりに言うと、凛は少しだけ嬉しそうに目を細めた。


「ありがと」


 その表情を見て、確信する。


 これは。


 家の中だけの話じゃない。


 外でも、同じことが起きる。


 そして。


 それを止められるやつは――


 多分、いない。


 ――


 玄関の扉を開ける。


 家の中は、静かだった。


 けど。


 その静けさの奥に、何かが潜んでいる気がする。


「ただいま」


 声をかける。


 すぐに。


「おかえり、お兄ちゃん」


 リビングから陽菜の声。


 そして。


「……遅かったわね」


 少し遅れて、沙夜の声。


 その二つが重なる。


 同時に。


 空気が、濃くなる。


 ――戻ってきた。


 普通じゃない場所に。


 そう思った瞬間。


 リビングのドアが開いた。


 陽菜が、すぐに近づいてくる。


 その後ろで、沙夜が静かにこちらを見ている。


「ねえ、お兄ちゃん」


 陽菜が、手を伸ばす。


 その距離。


 その速さ。


 ――止める間もなく。


 指先が、触れた。


 その瞬間。


 空気が、歪む。


 そして。


 沙夜が、ゆっくりと目を細めた。


「……外でも、同じことをしたの?」


 低い声。


 静かで。


 逃げ場のない音。


 心臓が、強く打つ。


 ――気づいてる。


 何を。


 どこまで。


 分からない。


 けど。


 少なくとも。


 この家の中で、それを隠すのは――


 無理だ。


「湊」


 名前を呼ばれる。


 静かに。


 確実に。


「後で、話があるわ」


 その一言で。


 今日一番の、息苦しさを感じた。

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