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触れた相手を壊す俺、義姉と義妹は最初から壊れている  作者: 翡翠


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第2話 普通のはずの場所

 翌朝。


 いつもと同じ時間に目は覚めたはずなのに、妙に眠りが浅かった。


 理由は分かっている。


 昨日のあの一言だ。


『私はもう、とっくに壊れてるから』


 意味が分からない。


 けど、ずっと頭に残っている。


 ……考えても仕方ない。


 そう思ってベッドから起き上がった瞬間。


「おはよ、お兄ちゃん」


 すぐ近くで声がした。


「――っ!?」


 反射的に振り向く。


 そこには当然のように、ベッドの端に腰掛けている陽菜がいた。


「……なんでいる」


「起こしに来たの」


「ドアは?」


「開けたよ?」


 当たり前みたいに言う。


 いや、そうじゃなくて。


「……ノックは」


「したよ? でも返事なかったから」


 悪びれもせず笑う。


 距離が近い。


 昨日よりも、さらに。


 自然に手が伸びてきて、俺の肩に触れた。


 その瞬間。


 わずかに、空気が変わる。


 ――来る。


 頭の奥が、じわっと重くなる感覚。


 けど。


「……あれ?」


 陽菜が首を傾げた。


「なにが」


「なんでもない」


 そう言いながらも、俺の肩に触れたまま離れない。


 普通なら。


 もう少し、反応が出てもいいはずだ。


 ……やっぱり、こいつは最初からおかしい。


「陽菜、離れろ」


「やだ」


 即答だった。


 そして、そのまま体重を預けてくる。


 ――近い。


 さすがにまずい。


 そう思って、手を掴んで引き離そうとした、そのとき。


「陽菜」


 聞き慣れた声が、静かに割り込んだ。


 部屋の入り口。


 いつの間にか、沙夜が立っている。


「……何してるの?」


 声は穏やかだ。


 けど、空気が冷たい。


「起こしてるだけだよ?」


「必要以上に近いわ」


「ちょっとくらい――」


「離れなさい」


 被せるように、言い切る。


 陽菜の動きが止まる。


 その一瞬の静止。


 それだけで分かる。


 この家の中で、誰の言葉が一番強いのか。


 陽菜は不満そうに唇を尖らせながらも、しぶしぶ離れた。


 途端に、頭が軽くなる。


「……助かった、沙夜姉」


 言うと、彼女は一瞬だけこちらを見る。


「感謝する必要はないわ」


 いつも通りの声音。


 けれど。


「あなたが困るから止めただけ」


 その言葉のあと、わずかに視線が落ちる。


 ほんの一瞬だけ。


 俺の唇に。


 ――やっぱり、気のせいじゃない。


「……行くわよ」


 沙夜は何事もなかったように背を向ける。


「遅刻するでしょう?」


「……ああ」


 制服に着替えながら、深く考えないようにする。


 考えたところで、分からない。


 ただ一つ言えるのは。


 この家の中は、少しおかしい。


 それだけだ。


 ――


 学校は、いつも通りだった。


 教室に入ると、ざわざわとした朝の空気。


 誰かの笑い声。机を引く音。


 普通の光景。


 普通の距離感。


 それを見て、ほんの少しだけ安心する。


「おはよう、朝比奈」


 声をかけられて顔を上げる。


 一ノ瀬凛が、いつもの席からこちらを見ていた。


「……おはよう」


 短く返す。


 凛は軽く首を傾げた。


「なんか疲れてない?」


「そうか?」


「うん。ちょっとだけ」


 じっと見てくる。


 観察されている感じがする。


 けど、嫌な感じじゃない。


「まあ、色々あって」


「ふーん」


 それ以上は踏み込まない。


 けど、視線は外さない。


「朝比奈ってさ」


「ん?」


「なんか、変だよね」


 唐突だった。


「……どういう意味だ」


「なんていうか――」


 言葉を探すように、少しだけ間を置く。


「近くにいると、ちょっとだけ、ぼーっとする感じ」


 心臓が、一瞬だけ強く打った。


「……気のせいだろ」


「かもね」


 あっさりと引く。


 けど、その目はまだ観察を続けている。


 ――鋭いな。


 他のやつは、ここまで気づかない。


 そう思った瞬間。


 凛が、ふっと笑った。


「まあいいや」


 そう言って、立ち上がる。


「ね、今日さ」


「なんだ」


「ちょっと話したいことあるんだけど、放課後いい?」


 自然な誘い。


 断る理由はない。


「……別にいいけど」


「ほんと? じゃあ決まり」


 軽く手を振って、自分の席に戻る。


 そのとき。


 ほんの一瞬だけ。


 指先が、俺の手に触れた。


 わずかな接触。


 それだけで。


 空気が、ほんの少しだけ変わる。


「……あれ」


 凛が、小さく呟いた。


「どうした」


「ううん、なんでもない」


 そう言いながらも、指先をじっと見ている。


 ――来たか。


 けど。


 家の中ほどじゃない。


 反応が、弱い。


 距離の問題か。


 それとも――


「朝比奈」


「ん?」


「やっぱり、ちょっと変」


 今度は、はっきりと言った。


 その目は、さっきよりも少しだけ真剣だった。


 ――面倒なことになりそうだな。


 そう思いながらも。


 どこかで、少しだけ安心している自分がいた。


 この場所は、まだ普通だ。


 少なくとも――


 家の中よりは。


 そう思ったのは、きっと。


 間違いだった。

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