閑話/新しい専属下女
「あなた、名前は?」
前を行く皇后付きの侍女が、僅かに振り返って問うてくる。
「あ、み、ミリィ……です」
なんとか喉の奥から声を絞り出して答えれば、侍女様が〝まぁ!私と同じね〟と朗らかに微笑んだ。
「私の名はミリアリアというのだけれど、親しい人たちは私のことをミリィと呼ぶの。ふふふ。よろしくね、ミリィ」
平民と同じ呼び名であることに嫌悪感を示すことなく笑みを浮かべてくれた侍女に、ミリィの肩の力が僅かに抜けた。それを見てとった侍女――ミリアリアが〝そんなに硬くならなくていいわよ〟と告げる。
「私も元を正せば平民の出なのよ。リーサ様と共にトリーフォンに来ることが決まった時に、とある男爵家の養女にしていただいたの」
〝さすがに、他国に平民の侍女を連れて行くわけにはいかないものね〟と肩を竦めたミリアリアに、ミリィが僅かに目を見張る。
「侍女様の国では、平民でも侍女になれるのですか?」
迷いながらおずおずと尋ねたミリィに、ミリアリアが〝難しい試験があるけれどね~〟と溜息をつく。
「難しい試験……ですか?」
「読み書き、計算、礼儀作法、言葉遣い……その他もろもろ」
「読み書き……」
ミリィは、貧しい家の出で読み書きが出来ない。例え、ミリアリアと同じ国に生まれたとしても、侍女になるのは土台無理な話だと苦く口を歪めたミリィに、ミリアリアが〝私なんて、読み書きが全くできなかったから、苦労したわ〟とコロコロと笑う。
「え?!」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまったミリィを、ミリアリアはゆっくりと歩みを止めると、振り返り見つめる。
「あなたにその気があるなら、教えてあげるけど。どうする?」
ミリアリアからの問いに、ミリィは驚きに目を見張る。
「今も、リーサ様の専属下女の子たちには、希望があれば読み書きを教えてあげているの。それに加わってみる?」
「で……でも、私は〝罰〟として皇后陛下の元で働くことになっただけで……」
言い淀むミリィに、ミリアリアは〝でも、リーサ様の専属下女には違いないでしょ〟と笑う。
「無理強いはしないわよ」
そう言って、ミリアリアは再び歩き出す。その背を慌てて追いかけながら、ミリィはドキドキと高鳴る胸を抑え込むように、握りしめた拳をぎゅっと胸元に押し付ける。読み書きを学びたいと思う気持ちはある。でも、皇后陛下に対し粗相をしてしまった自分にその権利はあるのだろうかと考えれば、安易に手を挙げることは出来ない。
しばしの間、二人は互いに無言で廊下を進む。そして、辿り着いた先は、当然のごとく洗濯場だ。ミリアリアは、水場へと続く扉を開けて、外へ出た。ミリィもそれに続く。
「今日から、ここがミリィの仕事場よ。あなたには、リーサ様のお衣装の洗濯をしてもらいます。リーサ様担当の子たちを紹介するわね」
ミリィが、水場でせっせと洗濯に勤しんでいる下女の中から2人を呼び寄せる。
「この二人が、リーサ様の担当よ。今日から加わるミリィよ。仲良くね」
にこりと笑みを浮かべてミリィと下女2人を見やったミリアリアへ、ミリィが困惑気味に〝あの〟と声を漏らす。
「……私が一人で皇后陛下のお衣装を洗濯するのが〝罰〟なのではないのですか?」
恐る恐る尋ねたミリィへ、ミリアリアが含みのある笑みを返す。
「確かにリーサ様は、あなたにご自身の衣装を洗うように命じられたわ。でも、〝一人で全てやるように〟とはおっしゃっていないでしょう?」
片目を瞑って見せたミリアリアの言葉に、ミリィが瞳をぱちくりと瞬かせる。そんなミリィの様子に、ミリアリアに呼ばれた下女たちがクスクスと笑声を溢した。
「じゃあ、今日からよろしくね」
そう告げてミリィを二人の下女に託したミリアリアが、水場から去っていく。呆然とその背を見つけるミリィの肩を、先輩下女たちがポンポンと優しく叩いた。
「ほら。さっさとお仕事終わらせちゃおう」
「綺麗に汚れを落とす極意を教えてあげましょう」
優しくミリィの腕を引いてくれた先輩下女たちに、ぱちぱちとさらに瞳を瞬かせて、ミリィは〝は、はいっ〟と返事をし、洗濯ものが山となった籠がいくつも並ぶ水場へと足を向けた。




