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42.寝る前の報告会

今日からまた頑張ります!

「というわけで、せっかく贈って頂いたドレスを汚してしまいましたの」

 ほぼ毎晩寝る前に行われている報告会。ソファーに座り〝申し訳ありません〟とすまなそうに眉尻を下げたラリーサに、その傍らに腰掛けたアリスタルフが僅かに眉根を寄せ〝いや、ドレスの汚れはどうでもいい〟と唇をへの字に歪める。

「リーサに怪我がなかったことが幸いだ」

 アリスタルフの言葉に、ラリーサが〝まぁ。ありがとうございます〟と嬉しそうに瞳を細める。

「汚れも大きなものではないので、飾りか何かで誤魔化せないかしらと思ってますの。あのドレスは陛下の専属の商会が作ったものですよね?商会の方とお話させていただいて、よろしいですか?」

「もちろん、構わない。なんなら、同じドレスをもう一度贈ろうか」

 〝あのドレスを着たリーサを、俺も見たい〟と続けたアリスタルフが、そっとラリーサの手を握る。

「それは、申し訳ないですわ」

「リーサは自分のことにあまり金を使わないだろう」

「あら。それは、アル様も同じなのでは?」

「もちろん、無駄な浪費は良くない。だが、皇帝と皇后が経済を回さないのも問題だろう」

 にこりと茶目っ気を交えて笑ったアリスタルフに、ラリーサが〝まぁ〟とわざとらしく瞳を見張って見せた後、〝ふふふ〟と笑声を溢した。

「確かにそうですわね。では、お願いしてもいいでしょうか?あと、私からもアル様へ何かお贈りさせていただきますわね」

「……なら、一つリクエストしてもいいか?」

 しばし思案するように間を置いた後、アリスタルフがじっとラリーサを見つめる。

「希望があれば、おっしゃってくださいませ」

 コクリと首を縦に振ったラリーサに、アリスタルフが〝言質はとったぞ〟と少し意地の悪い笑みを浮かべる。

「半年後に、俺の生誕を祝う宴がある」

「はい。存じてます」

「そこで俺が纏うマントに刺繍をしてくれ」

 アリスタルフの要望に、ラリーサが僅かに表情を引きつらせて〝え……?〟と声を漏らす。

「ふふふ。リーサのそのような顔は初めて見るな」

 下からラリーサの顔を覗き込み、アリスタルフがニヤリと笑う。そして、部屋の壁際に控えるマルファへと視線を向けた。

「マルファ。其方の目から見て、俺の望みは無謀すぎるか?」

 アリスタルフの尋ねに、マルファはにっこりと満面の笑みを浮かべると〝問題ないかと〟と答える。

「ラリーサ陛下は、やれば出来る方ですので」

 〝刺繍のお時間を増やさせていただきますね〟と続けたマルファに、ラリーサが〝えぇ……〟と情けない声を漏らして肩を落とす。

「……私、刺繍は苦手な部類に入るのですけれど」

 〝不格好なマントになっても知りませんよ〟と恨めし気にアリスタルフを見やったラリーサに、アリスタルフが〝その分、想いを込めてくれればいいぞ〟と笑う。

「はぁ……何か、やり込まれたようですっきりしませんけれど……承知いたしました。最善をつくさせていただきますわ」

 気を取り直すように背筋を伸ばしたラリーサが、柔らかな微苦笑とともに首を縦に振る。それに満足気な笑みを返して、アリスタルフは〝楽しみにしている〟と告げた。


 アリスタルフのマントについては、後程、専属の商人たちとデザインや使用する刺繍糸などの相談の時間を取ることにして――話題は、〝罰〟として、ラリーサの専属とした下女へと移る。


「どの程度、リーサの下に置く気だ?」

 アリスタルフの問いに、ラリーサは〝決めていません〟と答える。

「出来れば、あの子には〝一つの好例〟となってほしいと思っているのです」

 にこりと笑ったラリーサに、アリスタルフが〝好例?〟と小首を傾げる。

「私、いずれは平民でも〝下女〟ではなく〝侍女〟として働けるようにしたいと思っております」

 ラリーサの言葉に、アリスタルフだけでなく、トリーフォンの侍女や騎士たちも驚きに目を見張る。

「もちろん、昇格するための試験は設けますよ」

 そう言って、ラリーサはマルファが入れてくれた紅茶へ手を伸ばすと一度喉を潤す。

「人員が不足していたことも理由でしたけれど、イリダールでは平民の侍女も一定数おりました」

「そうか」

「平民だからと言って、能力の高い者を見逃すのは勿体ないではないですか。それに、〝目標〟となるものが出来れば、人は向上心を持って仕事に取り組めるようになりますよ。なので、まずはあの下女を育ててみようかと。向かないと判断すれば〝罰〟は終了とし、その他大勢の下女に戻します。有能だとなれば、改めて私の〝侍女〟とするつもりです」

 〝ダメでしょうか?〟と問うたラリーサに、アリスタルフは〝うぅむ〟と悩むように胸の前で腕を組む。

「……確かに、リーサの言うことには一理あるとは思う。……其方、いずれは文官たちの中にも平民を取り込めたらと考えているだろう」

「あらあら、まぁ。あくまで、理想論ですよ。でも、一つの取っ掛かりとして、〝下女〟の〝侍女〟への昇格はよいと思ったのです」

 アリスタルフとラリーアの間に、沈黙が落ちる。しばしの間、互いに互いをじっと見つめ合った後、先に口を開いたのはアリスタルフだ。

「平民の文官登用は置いておくとして、だ。後宮内の事は〝妃〟たちの領分だ。后であるリーサは、その頂点に立っているのだから……」

「私の好きにしていいということですわね?」

 〝ありがとうございます〟と嬉しそうに胸の前で手のひらを合わせたラリーサに、アリスタルフが〝結果が出れば、誰も何も言わぬさ〟と苦笑する。

「では、好きにさせていただきます。まだ、あの下女が上手く成長するかわかりませんし。まずは、お試しですわね。マルファ、カルロッタ。教育係の選定は、あなたたちに任せます」

 ラリーサの命に、マルファとカルロッタが深々と頭を下げる。

「侍女の皆も、信用しておりますけれど、身分の差を理由にした意地悪はダメですからね」

 右手の人差し指を立て、念を押すように告げたラリーサに、控えていた侍女たちが一様に頭を下げた。その姿に満足気に頷いたラリーサが、〝最後に一つよろしいですか?〟とアリスタルフへ視線を戻す。

「汚れてしまったドレスですけれど、侍女たちへ下げ渡しさせていただいてよろしいでしょうか?」

 ラリーサのお願いに、アリスタルフが〝構わない〟と首を縦に振る。

「あのドレスはリーサに贈ったものだ。好きにするといい」

「ありがとうございます」

 にっこりと笑みを深めたラリーサが、マルファを見やる。

「では、いつものようにお願いね」

「かしこまりました」

 〝お任せください〟とマルファが頷く。

「どのように下げ渡したかは、後日ご報告させていただきます」

「はい。待ってますね」

 僅かに声を弾ませたラリーサに、アリスタルフは不思議そうに首を傾げる。ただ、ドレスを下げ渡すたけなのに、何が楽しいのだろうか。〝後で聞いてみるか〟と心の中で呟いて、アリスタルフは〝そろそろ寝るとしようか〟とラリーサへ手を差し出した。

 

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