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32.叔父上からのお誘い

GW、皆様いかがお過ごしだったでしょうか??

休みボケが抜けません……。

 新しい皇后陛下と皇宮の中庭で初めて顔を合わせた翌日、イサークはその夫である叔父――皇帝であるアリスタルフの執務室へ呼び出された。

 乳母と己につけられている護衛騎士を1人連れ、イサークは緊張した面持ちでアリスタルフの執務室へと向かう。皇宮内において、イサークの行動範囲はそれほど広くはない。己が居住している離宮と皇宮の中庭、図書館、そしてエルモライが講義を受ける際に使っている部屋くらいなものだ。先帝であった父が生きていた頃も、皇帝の執務室に足を向けたことはない。腹違いの姉であるルフィナは、時折足を運んでいたらしいけれど。

 ドキドキと不自然に高鳴る心臓を落ち着けるように何度も大きく深呼吸をするイサークの背を、乳母が気づかわし気に見つめる。アリスタルフの執務室の扉前に、二人の騎士が立っているのが見えた。一人は、イサークも見たことがある。アリスタルフの護衛をしている近衛師団の騎士だ。もう一人は、トリーフォン帝国では珍しい女性騎士だ。しかも、初めて見る顔だ。イサークは歩を進めながら窺うようにじっとその女性騎士の顔を見つめるが、職務に忠実なのだろうその女性騎士は表情を緩めることなく、まっすぐに前を向いている。イサークがアリスタルフの執務室の前で足を止めたところで、ようやっと二人の騎士が視線を動かした。

「……アリスタルフへいかによばれ、さんじょういたしました」

 緊張した声で、ゆっくりと丁寧に乳母と練習した言葉を紡げば、女性騎士がニコリと表情を和らげ〝伺っております〟と一つ頷いてくれる。その顔に、ほんの少し緊張で強張っていた体が緩んだ気がした。女性騎士と目配せをしたアリスタルフの護衛騎士が、扉を三度ノックする。

「イサーク殿下がいらっしゃいました」

 騎士のよく通る声が、イサークの訪いを伝えてくれた。しばしの間の後、執務室の扉がゆっくりと開き、中からアリスタルフの筆頭侍従であるミハイルがにこやかな笑みとともに顔を覗かせる。

「お待ちしておりました。イサーク殿下」

 〝どうぞ、お入りください〟と笑みを深めたミハイルへコクリと頷き返して、イサークは背が丸くならないように胸を張り、ミハイルに代わり騎士が大きく開けてくれた扉を潜った。


◆◆◆


「あぁ、イサーク。こちらから呼び出しておいてすまないが、少し待っていてくれ」

 〝想定より、執務が押していてな〟と申し訳なさそうに眉尻を下げたアリスタルフが、ペンを持っていない方の手で執務室の中央に置かれた応接ソファーを指差す。指し示されたソファーの方へ視線をやったイサークは、テーブルの上に所狭しと並べられたスイーツたちに僅かに目を見張る。

「イサーク殿下。お飲み物は、何に致しましょうか?」

 飲み物の乗ったワゴンを押して近寄ってきたミハイルが、〝陛下のお仕事に区切りがつくまで、私がお相手をさせていただいても?〟と問うてくる。それに〝かまいません〟と頷いて、イサークは乳母の手を借りてソファーに腰掛けると、ワゴンに乗った飲み物の中から、オレンジジュースを選ぶ。

「お好きなスイーツをお好きなだけどうぞ」

 〝どれになさいますか?〟とイサークの傍らに膝をついたミハイルに、乳母が慌てて〝私が致しますので〟と告げる。それをやんわりと首を横に振ることで制し、ミハイルが乳母へもソファーに座るよう促す。

「本日は、乳母殿も陛下のお客様ですので」

 恐縮する乳母を半ば無理やりにソファーに座らせ、ミハイルがその前に紅茶を置く。そして、〝まずは、ラリーサ陛下のオススメなどいかがですか?〟と手早く皿にいくつかのスイーツを取り分けると、イサークと乳母へ薦めてくれる。

「……へいかをまたず、たべてしまって、いいのだろうか?」

 困ったようにミハイルと乳母の顔を見やったイサークに、執務の手を止めぬままにアリスタルフが笑う。

「俺のことは気にしなくていい。待たせているのは、こちらだぞ」

 〝気にせず、食べろ〟と続けたアリスタルフに〝はい〟と首を縦に振って、イサークは皿とフォークを手に取る。そして、一口サイズに作られたフルーツタルトにフォークを挿すと、パクリと食いついた。

「っ!お、おいしいっ!このタルト、おいしいです!」

 キラキラと瞳を煌めかせたイサークに、アリスタルフとミハイルが優しく瞳を細める。

「それはよかった。好きなだけ食べるといい。今日は特別だ」

 そう言って片目を瞑って見せたアリスタルフが、ペンを動かす手を止める。そして、数枚の書類を〝決裁済〟と書かれた書箱に放り込むと、小さく息を吐きながら執務椅子からゆっくりと腰を上げた。

「待たせたな」

 ぐるりと首や肩を回しながらソファーへと歩み寄ってきたアリスタルフが、イサークと乳母の向かいに腰を落ち着ける。手にしていた皿をテーブルに置こうとしたイサークへ〝食べながらでいい〟と笑いかけ、アリスタルフはテーブルに並ぶ菓子へと手を伸ばすとマカロンを一つ摘まんで、口の中へ放り込む。

「陛下、行儀が悪いですよ」

 アリスタルフの前に紅茶を置きながら呆れを含んだ声音で窘めたミハイルに、アリスタルフが〝今日は、無礼講だ〟と言って笑う。

「イサークも、作法など気にせず、好きなように食べていいぞ。乳母も、今日のところは目を瞑れ」

 アリスタルフの言葉に、乳母が微苦笑を浮かべて〝畏まりました〟と一礼する。

「さっそくだが、イサーク」

「はい」

 手にした皿をちょこんっと膝の上に下ろしたイサークが、アリスタルフを見つめる。

「昨日、リーサと講義を共にしたと聞いた」

 アリスタルフの言葉に、ふわりと表情を和らげたイサークが〝はいっ〟と首を大きく振る。

「えっと、ていこくしのこうぎを、ごいっしょさせていただきました!」

 〝とっても、たのしかったです〟と声を弾ませたイサークに、アリスタルフが〝そうか〟と笑みを深める。

「リーサから、これからも其方と共に学びたいと強請られてな。イサークは、どうだ?」

「おゆるしいただけるなら、ぜひ!」

 キラキラと瞳を煌めかせるイサークの表情に、アリスタルフは〝そうか〟と嬉しそうに何度か頷くと居住まいを正し、スッと表情を引き締めた。

「イサーク。お前の養育について、長らくジャイナに任せきりになっていたな。其方より幼いエルモライに合わせた講義は、いろいろと物足りない面が多かっただろう」

 〝至らぬ叔父で悪かった〟と頭を下げたアリスタルフに、イサークは双眸を真ん丸くすると〝そのようなことっ〟と頭をぶんぶんと横に振った。

「ちちうえもなくなり、ははうえにもすてられたぼくを……こうきゅうにおいてくださるだけで、ありがたいことだとおもっています」

 僅かに背を丸くして俯いたイサークに、アリスタルフが困ったように眉尻を下げて〝其方は、母に捨てられたと思っているのか?〟と静かに尋ねる。

「……ぼくもいっしょにいきたいといったけれど、ははうえはつれていってくれませんでした。ジャイナさまも、そうおっしゃっていましたし……」

 ポソリと呟くように紡がれた言葉に、アリスタルフの眉間に深い皺が寄る。

「ジャイナがなんと言った?」

 アリスタルフの声が、僅かに低くなった。躊躇うように視線を彷徨わせ、傍らに座る乳母をチラチラと見やるイサークに、アリスタルフは気持ちを落ち着けるように一つ深呼吸をすると、少し冷めた紅茶に口をつける。

「ジャイナが、何を言ったのか……今の会話でだいたい察しはつく。だが、出来れば其方の口から教えてもらいたい。無理にとは言わぬ。今の其方の立場では、言いたいことも言えぬだろう」

 〝俺も、昔は同じような立場だったからな〟と苦い笑みを浮かべたアリスタルフが、〝そこでだ〟と真っすぐにイサークを見つめる。

「其方さえよければなのだが……。リーサを養母とするのはどうだろうかと思っているんだ」

 アリスタルフからの予期せぬ提案に、パッと弾かれたように顔を上げたイサークが双眸をこれでもかと大きく見開く。

「リーサは、イサークが良いのであればと言ってくれている。もちろん、無理強いはしない。もし、イサークが母……ドラノエ子爵夫人と共に在りたいと願うのなら、そうできるように尽力しよう。今すぐに決めろとは言わぬ。まだ幼い其方に、俺は酷な選択を迫っているのかもしれない。だが、考えてほしい。己の行く末を……皇族として、どのようにこの国と関わっていきたいかのか。ゆっくりでいい。考えてほしいのだ」

 〝出来れば、どんな形であれ、俺を手助けをしてくれるとありがたいがな〟と笑って、腕を伸ばしたアリスタルフがイサークの髪をくしゃくしゃと乱暴にかき混ぜる。

「メレス男爵夫人も、イサークの相談にのってやってくれるか?現在の皇宮で、イサークの心に一番寄り添ってやれるのは其方だと思っている」

 乳母へと視線を向けて〝よろしく頼む〟と続けたアリスタルフに、感極まったように瞳を潤ませた乳母が〝勿体ないお言葉でございます〟と頭を下げる。

「頼りにしている。何か困りごとがあれば、リーサに相談してくれ。俺よりも頼り甲斐がある」

 ふっと口端を持ち上げた笑ったアリスタルフが、徐にパチリと大きく一つ手のひらを打った。

「さぁ。難しい話はここまでだ。今度は、楽しい話をしよう」

 〝ミハイル。リーサを呼んでくれ〟と、アリスタルフが背後に控えるミハイルを振り仰ぐ。

「畏まりました」

「いや、リーサが加わったところでこの菓子の量は食べきれんな。残すと、リーサに〝勿体ない〟と叱られてしまう。イサーク、一つ頼まれてくれるか?」

 茶目っ気を交えた瞳でアリスタルフが、イサークを見やる。膝の上に乗せていた皿をテーブルへ戻したイサークが〝はい〟と首を縦に振った。それにわざとらしく満足気に〝うむ〟と一つ頷いたアリスタルフが、上着の内ポケットから数枚の封筒を取り出した。

「〝皇帝皇后主催の茶会〟の招待状だ。これを、ルフィナ、ヴァレリー、イヴォン、エルモライの四人に届けてくれるか?もし、ルフィナが来れるのであれば、エスコートも頼む」

 パチリと片目を瞑って見せたアリスタルフに、イサークはぴょこりとソファーから立ち上がると差し出された封筒を丁寧に受け取る。

「かしこまりました!いってまいります!」

 しっかりと両手で封筒を握りしめたイサークに、ミハイルが〝イサーク殿下。途中まで、私もご一緒してもよろしいでしょうか?〟と尋ねる。それに、〝もちろんです!〟と屈託ない笑みを浮かべたイサークが、ゆっくりとソファーから立ち上がった乳母を〝はやくはやく〟と急かす。パタパタと子どもらしい歩みで執務室を出ていくイサークを優しい瞳で見送って、アリスタルフは冷めた紅茶で喉を潤すと〝リーサが来るまでに、少しでも執務を進めておくか〟とソファーから立ち上がった。


皇帝皇后主催のお茶会

イトコ同士の交流会を狙ったものですが、おそらくエルモライは欠席する。母であるジャンヌ皇妃が許さないと思われる。

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