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33.叔父上の提案

イサーク殿下の気持ち

 叔父上の執務室で開かれたイトコたちとのお茶会は、とっても楽しかった。やっぱりというべきか、叔父上の唯一の御子であるエルモライは来なかったけれど。ルフィナ姉上が〝行く〟と頷いたのには、少し驚いた。父上が亡くなってから、姉上はブリュンヒルト様の離宮に籠りがちだと聞いていたからだ。

 〝ぼくが、エスコートいたします〟と手を差し出した僕に、姉上は少し驚いたように瞳を瞬かせた後、嬉しそうに手を重ねてくださった。ブリュンヒルト様に見送られて、〝おげんきでしたか?〟とか〝ヴァレリーやイヴァンとは、あいましたか?〟とか、他愛のない話――とはいえ、今、姉上はしゃべれないので、僕が一方的に話かけるばかりだったけれど――をしながら執務室へ戻れば、すでにリーナ様やヴァレリーとイヴァンは集まっていた。

 リーサ様と姉上が〝初めまして〟と挨拶をして、お茶会は始まった。叔父上とリーサ様が、〝今日は、作法は気にしなくてもいい〟と言ってくれて、〝無礼講〟なお茶会は二度目だというヴァレリーとイヴァンが、率先してお茶会を盛り上げてくれたおかげもあり、姉上も終始笑顔でいらしたのがよかったと思う。叔父上もリーサ様も、僕たちの話にニコニコと笑顔で耳を傾けてくれて、最初のうちは聞いているばかりだった姉上も、途中で叔父上がくださった書き損じの書類の裏を使って、筆談で会話に加わった。

 姉上が書く文字をリーサ様が綺麗だと褒めていて、もしよければ自分の手伝いをしてほしいとお声をかけていらした。それが羨ましくて、〝ぼくも、なにかおてつだいがしたいです!〟と声をあげた僕に、叔父上とリーサ様は驚いたように顔を見合わせた後楽し気に笑い声を重ねた。そして、〝では、何か考えておこう。ただし、勉学優先だ〟と請け負ってくださった。ただ何となく過ごしていた日々に、少しだけ色がついたような気がして、嬉しいと思った。

 叔父上もリーサ様も、とっても優しい。叔父上がこんなにも柔らかな顔で笑うことを、僕は今日初めて知った。父上が生きていた頃の叔父上は、いつも真顔で笑った顔など見たことがなかったから、正直少し怖いと思っていたのだ。リーサ様は、いつもにこにこしていて、傍にいると少しホッとする。ジャンナ様の傍は、いつもピリピリしていて怖かったし、僕のことを〝邪魔者〟だと思っていることが伝わってきたけれど、リーサ様はふわふわとした優しい空気を纏っていて、ついくっつきたくなってしまう。


 ふと、今は離れて暮らす母上のことを思いだした。同時に、叔父上から言われたことも思い出す。


「マリエル」

 寝る仕度を終え、寝台に潜り込んだ僕の掛布を整えてくれている乳母の名を呼ぶ。

「はい。なんでございましょう」

 にこりと優しく微笑むマリエルは、父上が選んでつけてくれた乳母だという。母上が皇宮を去ったばかりの頃は、マリエルまでいなくなってしまったらどうしようと毎夜不安泣いていた。マリエルはすぐにそれに気づいてくれて、〝イサーク様がマリエルをいらないと言うまでは、お側におります〟と言ってくれた。今、僕が一番頼りにしているのはマリエルだ。

「……マリエルは、おじうえの、きょうのおはなし、どうおもった?」

 僕を優しく見下ろすマリエルをじっと見つめる。マリエルは困ったように小さく笑みを深めた後、〝そうですねぇ〟と言い、寝台の傍に置かれた椅子に腰かける。僕が寝入るまで、マリエルはいつもそこに座って絵本を呼んでくれたり、子守歌を歌ってくれたり、僕の他愛のないおしゃべりに耳を傾けてくれる。

「物事には、良い面ばかりではありませんので……私も、すぐにお答えるするのは難しいですねぇ。ですが、ラリーサ皇后様のお人柄は素晴らしいと、マリエルは思っております」

「そっか……。うん。ぼくも、リーサさまのことは、すき……」

 まだ知り合って数日しか経っていないけれど、でも、リーサ様のお側はすごく安心する。

「……もし、リーサさまがぼくのようぼさまになったら、よいところとわるいところは、なにがあるだろうか」

 ポソポソと小さな声で尋ねた僕に、マリエルは〝まずは、イサーク様にとって良いと思うことをマリエルに教えてくださいませ〟と返してくる。マリエルは、いつもまず僕の考えを聞いてくる。僕がどうしたいのか。僕がどんなことを思っているのか。僕の言葉を聞いてから、いろいろと手助けしてくれる。

「もし、リーサさまがようぼさまになってくれたら、いまよりも、しっかりこうぎがうけられるかな」

「そうですね。望めば、剣の指南役も専属の方をつけてくださるかもしれません」

「それはいいな~。……もう、ジャイナさまのもとへいかなくてもいいのも、よい」

「まぁ」

 僕の言葉に、マリエルが手のひらで口元を隠しながら可笑しそうに笑う。

「確かに、私もそれは嬉しいかもしれません」

「ぷくく。うん」

 顔を見合わせ、クスクスと笑いあってから、僕は視線を寝台の天井へ戻す。

「リーサ様が養母になられたら、イサーク様の周りは今よりも充実するでしょう。侍女や侍従、護衛騎士も増えるでしょう。同じ年頃の侍従見習いも付けられるかもしれません」

「じじゅうみならいは、ちょっと、うれしいかもしれない」

 姉上にもエルモライにも、近い年頃の子どもたちが数名傍にいる。ヴァレリーやイヴァンにも、領地に戻れば学友が数名いると言っていた。とても羨ましい。

「では、わるいめんは?」

 僕の目には、いい面しかないように見えるけれど、きっと、大人であるマリエルの目には悪い面もたくさん見えている。

「……皇后陛下が養母となるということは、イサーク様のお立場は皇帝陛下により近くなるということです」

「ぼくが、おじうえのこになるということ?」

「陛下が正式な手続きを取らない限りは、養子となることはないでしょう。けれど、ラリーサ皇后陛下の後見を得たということは、アリスタルフ皇帝陛下の後見を得たと同じことだと、世間は認識すると思います」

「……ぼくの、こういけいしょうじゅんいは、かわる?」

「公式には変わりませんが、世間の認識は変わると思いますよ」

「むずかしいなぁ……べつに、ぼくはこうていになりたいわけじゃないし……」

 皇帝になりたいと思ったことはない。目立つのは苦手だ。でも、叔父上やリーサ様のお役には立ちたいなぁとは思う。役に立てば、叔父上はまた頭を撫でてくれるかもしれないし、リーサ様は笑って褒めてくれるかもしれない。父上が亡くなり、母上が皇宮からいなくなってから、僕のことを褒めてくれる人はマリエル以外にはいなくなってしまったから。

「……イサーク様は、御母上の元で過ごしたいとはお思いにならないのですか?」

 躊躇い気味に問うてきたマリエルに、僕は叔父上が言っていたことを思いだす。そういえば、母上の元へ行きたいならそうできるようにしてくれると言っていた。

「……ぼくがおそばにいって、ははうえは、じゃまにおもわないだろうか……」

 母上が、父上ではない方とすでに再婚していることは知っている。母上は、すでに皇族ではない。

「ぼくが、ははうえのところにいったら、ぼくはこうぞくじゃなくなるの?」

「……いいえ。御母上が再婚された方が、イサーク様を養子にお迎えにならない限りは、皇族のままとなります」

「そっか……それじゃあ、ぼくのあつかいに、こまるだろうね」

 僕は、ふぅと一つ溜息をついた。お祖父様は、僕を皇族のままにしておきたいみたいだし。母上の新しい夫君が、僕を養子に迎えることはないだろう。そのつもりがないから、母上は僕を皇宮に残して去っていったのだろうし。

「もうすこしかんがえるけど……ぼくは、リーサさまを、ははうえとよべたら、うれしいかもしれないっておもう」

 ゆるゆると眠気が近づいてくる気配がする。ふわりと一つ欠伸を零しながら告げた僕に、マリエルは優しく瞳を細めると〝イサーク様のお気持ち、お受けいたしました〟と頷いてくれる。


 正直、どうするのが一番いいのかはわからない。明日、ヴァレリーたちにも相談してみようか。あと、誰に相談できるだろうかと考えていたら、僕はいつのまには夢の世界へ旅立っていた。


5歳にしては、大人びてますが、いろいろあった子だと思うから……。

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