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30.お願い

「陛下、リーサ様、お目覚めでいらっしゃいますか?」

 寝台を囲むヴェール越しに聞こえたカルロッタの声に、ゆるりと夢現の中を漂っていた意識が浮上する。薄っすらと瞼を持ち上げたアリスタルフは、至近距離にあるラリーサの胸元にすりりと甘く擦り寄った後、のそりと上体を起こした。腕の中からなくなったぬくもりに、ラリーサが〝う……ん〟と小さな声を漏らし目を瞑ったままぐぅっと一つ伸びをする。

「起きている」

 カルロッタへアリスタルフが返した声で、ラリーサも意識がはっきりしてきたのだろう。〝私も、起きています〟と僅かにぼんやりした声音で答え、ラリーサがゆっくりと身を起こした。軽く目元を擦るラリーサの額へ〝おはよう〟とキスを送れば、〝おはようございます、アル様〟と顎の辺りにキスが返され、ラリーサの頭がコテンと肩のあたりに預けられる。

「昨夜は、急に来てすまなかったな」

 ポンポンと少し髪の乱れた後頭部を撫でてやり、アリスタルフがすまなそうに謝罪を口にする。それに〝いらっしゃるのは構わないのですが……〟と顔を上げたラリーサが、困ったように微苦笑を浮かべた。

「一つ、よろしいですか?」

 ラリーサの言葉に、アリスタルフが〝言ってくれ〟と頷く。

「私はアル様の妃ですし、いついらっしゃってもそれを厭うことはありませんけれど……。出来たら、その……。他の方の香りは、流してきていただけると嬉しいです」

 〝私、強い香りが苦手で……〟とすまなそうに眉尻を下げたラリーサに、アリスタルフがハッとしたように瞳を僅かに大きくする。

「あぁ、それは……すまない。俺の考えが足りなかった」

 ガクリと首を折り、〝俺自身も、強い香りが苦手なのにも拘らず……〟と項垂れるアリスタルフに、ラリーサがクスクスと笑いながら〝次から気を付けてくださればいいですよ〟と告げる。

「いや、そもそも、他の妃の残り香を纏ってくるなど、複数の妃を持つ者としてやってはいけないことだろう」

 〝妃に対して失礼だ〟と続けたアリスタルフが、〝とはいえ〟と苦笑する。

「……情を交わした後に、他の妃の元に来る時点で……駄目な男なのだが……」

 苦く笑ったアリスタルフがそっとラリーサの手を取り、寝台の外へと誘う。アリスタルフにエスコートされて寝台の外へ出れば、カルロッタが一礼して迎えてくれる。

「陛下、本日はどちらでお着替えをされますか?朝食のご用意はいかがいたしましょう?」

 カルロッタからの尋ねに、アリスタルフが〝着替えも朝食もここで済ませる〟と答える。

「では、陛下の侍女にはそのようにお伝えします」

 一礼し、寝室を出ていくカルロッタの背を見送り、二人は朝の光が差し込む窓際に置かれている二人掛けの丸テーブルへ移動する。テーブルの上には、果実水が置かれており、椅子に腰を落ち着けた二人はそれぞれ冷えたそれで喉を潤す。

「ジャンナには、後で詫びの品を贈ると侍女に伝えてきたのだが……それだけでは、怒りは収まらないだろうな」

 〝はぁ〟と息をつき、アリスタルフが憂鬱そうにテーブルの片肘をつく。

「さっそく、後宮内に波風を立ててしまってすまない」

 苦く笑ったアリスタルフに、ラリーサが〝今回に関しては、仕方ないのではないですか?〟と軽く肩を竦める。

「睡眠は大切ですし、体調にもかかわってくるものですから。私のところにいらっしゃるのは構わないですよ」

「だが、ジャンナや他の妃から厳しい目を向けられるのは避けられないぞ」

「そうですねぇ。でも、後宮に多少の妬みや嫉みはあるものですし。上手く躱しますから、気にしないでくださいな」

 にこりと笑みを深めたラリーサに、アリスタルフが〝頼もしい限りだな〟と苦笑する。

「……今後も、リーサの元で眠りにつきたいのだが」

 〝いいだろうか?〟と問うてきたアリスタルフに、ラリーサは〝私がアル様を拒むことはありませんよ〟と告げる。

「アル様は〝皇帝〟なのですから。お好きな時に、お好きな妃の元へ通うことが認められる立場にあります。ただ……そうはいっても、人の心というものはままならないものですから。他の皆様は、確かにいい気はしないでしょう」

 〝かといって、正直に理由を話して理解を得ればいいというものでもありませんし……〟と、ラリーサが困ったように頬に手を添えて小首を傾げる。

「とりあえず、他の妃の皆様へも昨夜と同じ対応をする必要がありますわね」

 ラリーサの言葉に、アリスタルフが〝そうだな〟と頷く。

「……次は、湯あみをしてから来る」

「そうしてくださいな。あと、私は起きて待ってはいませんから」

 クスリと笑声を溢したラリーサに、アリスタルフが〝もちろんだ〟と微苦笑を浮かべる。

「勝手に寝台に潜り込む」

「まぁ。ふふふ」

 〝まるで、怖い夢を見て潜り込んでくる幼子のようですね〟とラリーサが笑う。

「そのような経験があるのか?」

「私と末の弟は一回りほど年が離れています。私が親代わりのようなものでしたので……」

 〝時折〟と懐かしそうに瞳を細めたラリーサの表情に、アリスタルフの胸が何故だか小さくチクリと痛んだ。その痛みの意味が解らず、アリスタルフは僅かに眉根を寄せ首を傾げる。

「アル様?どうかなさいまして?」

 アリスタルフの僅かな表情の変化に気づいたラリーサが、〝体調が優れませんか?〟と心配そうに問うてくる。それに、〝いいや〟と首を横に振り、アリスタルフは取り繕うように口元に笑みを乗せる。

「朝食の後、執務室へはともに向かおう」

「はい」

「午後は、イサークと図書室へ行くのだったか?」

「えぇ。イサーク様が私を養母として受け入れてくださるかどうかは別として、仲良くなりたいと思っております」

 〝先日、手紙のやりとりを始めましたの〟と楽し気に微笑んだラリーサに、アリスタルフは〝俺も、イサークとの交流する時間を増やしてみるか〟と思案する。

「叔父として、イサークやルフィナの後見として立つことを正式に表明することも考えなければな」

「それも追々ですね。ルフィナ様の御母上……ブリュンヒルト様とも一度お話をしておきたく思います」

 〝ブリュンヒルト様が、それをお望みかどうかもわかりませんし〟と続けたラリーサに、アリスタルフが首を縦に振る。


 皇帝と皇后が後見に立てば、必然と皇位継承権を持つ者としての権威は強くなる。それを望まないのであれば、先帝の正妃である母親が皇宮に残っているルフィナにとっては、現状維持が好ましい。


「ブリュンヒルト様の敬称もどうにかしたいですね……」


 現在、〝皇太后〟といえば、先々帝の正妃であったヴェネジクトの母を示すものになってしまっている。だが、正しくは先帝の正妃であるブリュンヒルトの敬称であるべきだ。ブリュンヒルトは、ルフィナの心身の安全を第一に考え、表立って皇后派と争う姿勢を見せてはいない。いわゆる、中立派と言っていいだろう。ブリュンヒルトの心情を思えば、現状維持でいいのかもしれないが――帝国内の政治の正常化を進めるにあたり、いずれはその点も正していかねばならないだろう。


 気づけば、朝からあれこれと〝仕事〟の話になっていた。そんな二人に呆れの混じった柔らかな眼差しを向けていたマルファが、ゆっくりとアリスタルフとラリーアの元へ歩み寄ってくる。

「失礼いたします。陛下、リーサ様、お仕事のお話はそのくらいにしてくださいませ。お着替えの準備は当に整っておりますよ」

 マルファの言葉に、二人は口を閉じてぱちくりと瞳を瞬かせる。気づけば、いつの間にか二人分の姿見と着替えの準備が整っていた。アリスタルフとラリーサは互いに顔を見合わせると、ふふふと微苦笑を交える。アリスタルフが先に立ち上がり、ラリーサに手を差し伸べる。その手にそっとレースの手袋に包まれた己の右手を重ねて――ラリーサは、ゆっくりと優雅に腰掛けていた椅子から立ち上がった。


後宮のバチバチもそのうち書きたいな~……

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