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27.交渉

昨日もバタバタしていて更新できなかったので……土曜日ですが、更新しました。

 窓の外に広がる空は青く広い。このような天気の良い日には、中庭にあるガセボでお茶をいただきたいものだ。しかし、今日のところは仕方がないと、ラリーサはアリスタルフのプライベートエリアにある応接室で、ミハイルが入れてくれた紅茶に口をつける。大きめのテーブルの上には、幼い子どもが好きそうなスイーツたちが並んでいる。紅茶の茶葉も子どもでも飲みやすいものが選ばれているし、ジュースも何種類か用意させた。

 ラリーサは手にしたティーカップをソーサに戻すと、向かいに座る子どもたちへにっこりと優しく微笑みかけた。


「息子たちまで一緒に……いいのかい?ヴァレリーもイヴァンも、皇宮作法には些か不安があるんだが……」

 アリスタルフの向かいに座るネストルが、微苦笑を浮かべる。その隣にイヴァン、ヴァレリーの順で並んで座る子どもたちの表情も、緊張しているのだろう――些か硬い。そんなネストル父子に、アリスタルフは軽やかに笑い声をあげる。

「今日は私的な茶会です。作法なんて気にしなくていいですよ」

 そう言って、手を伸ばしたアリスタルフがクッキーを素手で一枚抓み、それを口の中へ放り込んで咀嚼する。

「あら。今日は、無礼講でよろしいのですね。では、私も」

 ティーカップをテーブルの上に置いたラリーサが、左手にしている手袋を取った。そして、そのままマドレーヌへ手伸ばすと、手に取ったそれにパクリと食いつき〝美味しい〟と笑みを深める。

「ヴァレリーとイヴァンは、どのお菓子が好きなのかしら?」

 マドレーヌの糖分で汚れた指先をペロリと行儀悪く舌で舐めて〝甘いものよりも、塩気のあるものの方が好き?〟と尋ねたラリーサに、ヴァレリーとイヴァンの瞳は真ん丸くなり、ポカンと小さな口が僅かに開く。

「……リーサ様。お行儀が悪いですよ」

 背後に控えていたマルファが一つ溜息をつき、ラリーサを嗜める。

「あら。この場は無礼講でよろしいのでしょう?」

 〝ね?アル様〟と傍らに座るアリスタルフへ笑みを向けたラリーサに、アリスタルフが〝たまには、こういう茶会もいいだろう〟と頷きながら笑う。

「もちろん作法も大事ですが、それを忘れてただお茶と菓子を楽しむ時間もあっていいと……リーサが言うので」

 ニッとからかいの混じった笑みを浮かべて隣のラリーサを見やったアリスタルフに、ラリーサが〝まぁ。私のせいになさるのですか?〟と小さく唇を尖らせる。

「言っただろう?」

「確かに言いましたけれど。あれは、アル様がたまには作法を気にせずお茶や食事をしたいとおっしゃるから」

 〝気心の知れた者となら、たまにはいいのではないですか?と答えたのです〟と、ラリーサは事の発端はアリスタルフだと主張する。

「そうだったか?」

「そうでした。ネストル様は、アル様にとって気心の知れた方なのですよね?」

 ラリーサが、アリスタルフとネストルを交互に見やる。それに釣られるように、ヴァレリーとイヴァンも己の父と叔父へ視線を送った。

「というわけで、兄上。気心の知れた者同士、今日は無礼講。作法は無視でいきたいのですが?」

 アリスタルフが、ネストルへ向けてパチリと片目を瞑る。その隣から〝ぜひ、そういたしましょう〟と胸の前で両手を合わせたラリーサにニコニコと微笑まれ、ネストルは苦笑を浮かべて〝皇帝と皇后に言われては、仕方がないな〟と小さく息をついた。

「二人とも」

 ネストルが、子どもたちへ視線を向ける。

「お母様には、内緒だ。バレたら、お前たちだけでなく父まで叱られる」

 口元に人差し指を寄せて〝男の約束だ〟と続けたネストルに、ぱぁっと表情を明るくしたヴァレリーとイヴァンが〝はい!〟と元気よく頷いた。


◆◆◆


「それで?私に話があって、このような場を設けたのだろう?」

 菓子とジュースに瞳を煌めかせて夢中になっている子どもたちを優しい眼差しで見守りながら、ネストルが言う。その言葉を受け、アリスタルフとラリーサがチラリと互いを見やる。そして、僅かに居住まいを正すと真っ直ぐにネストルを見つめて言った。

「実は、兄上にお願いがあるのです」

「……私は、君たちの役には立てないよ」

 出鼻を挫くように〝それに、私はアルに全てを押し付けて逃げた人間だ〟と自嘲めいた顔で瞳を伏せたネストルに、アリスタルフが僅かに眉根を寄せる。そんな男たちを前に、ラリーサは〝あらあら、まぁ〟と小さく息をつくと口を開いた。

「ネストル様。お子様たちの前で、そのような後ろ向きな発言とお顔は感心しませんよ」

 〝お子様たちが心配なさいます〟とぴしゃりと言い切ったラリーサが、アリスタルフへ視線を向け〝アル様もです〟と言ってアリスタルフの片方の口角をクイッと人差し指で持ち上げる。

「そうだったな。〝子どもたちの前では、暗い顔はしないように〟と、言われていたな」

 微苦笑を浮かべて、己の口角に触れるラリーサの手を取ったアリスタルフが、その指先にちゅっと口づけを落とす。そして、再びネストルに向き直ると言った。

「俺に少しでも〝申し訳ない〟とお思いでしたら、力を貸してください。リーサがトリーフォンの国事に慣れるまで、執務面での助力をお願いしたいのです」

 真剣な表情で告げたアリスタルフに、ネストルが困惑の表情を浮かべる。

「リーサが政務に慣れるまででいいのです。半年か、一年か……。お願いできませんか?」

「私からもお願い致します」

 皇帝と皇后に深々と頭を下げられ、ネストルが僅かに慌てる。

「いや、頭を上げてくれ……っ」

 あたふたとしながら、ネストルは傍らに座る息子たちを気にしてチラチラと視線を送る。急に真面目な話を始めた大人たちを前に、いつの間にかヴァレリーとイヴァンの菓子を食べる手が止まっている。

「兄上が皇宮に息苦しさを感じていたことは知っています。義姉上を皇宮に戻したくないというお気持ちを分かります。必要ならば、皇宮の外に仮の邸を用意します」

「ヴァレリーとイヴァンの教育についても、私がしっかりと責任を持たせていただきますので」

 〝どうか、お力を貸していただけませんか〟と声を揃えたアリスタルフとラリーサに、ネストルは情けなく眉尻を下げ〝いや、しかし……〟と言い淀む。


 アリスタルフへ〝皇帝〟という重荷を押し付け、さっさと自分は皇宮という箱庭から逃げ出した。そのことに負い目はある。だが、あの時はそうしなければ自分も家族も壊れてしまいそうだったのだ。

 ネストルにとって、同い年の兄であるスピリドンは血の繋がらない〝双子〟のような存在だった。互いの母たちも皇妃と側妃という立場の差はあれど、気心の知れた仲であったこともあり、物心つく前から遊びも勉学もいつも一緒だったのだ。

 スピリドンは、皇族として皇帝の第一皇子として高い理想を持っていた。争いばかりの皇族、腐りきった臣たち――このままでは、国が立ち行かなくなる。トリーフォン帝国の政を再び正しい道へと戻すこと――そのために、力を貸して欲しいと言われ、ネストルは躊躇いなく首を縦に振った。己の器は、自分自身がよく知っている。自分は人々の上に立つような人間ではない。そのような資質も力量もない。そんな自分でも、第二皇子として、スピリドンの弟として、出来ることがあるのならば力を尽くしたいと思ったからだ。

 スピリドンと二人、寝る間を惜しんで働いた。滅私奉公――あの頃の自分たちを表すとしたら、この言葉がしっくりくる。自分たちのことなどどうでもよかった。ただひたすらに国のためを思い動いていた。その先に、必ず〝国の幸せ〟が〝家族の幸せ〟があると信じて……。

 だが結果はどうだ。スピリドンは毒に倒れて死んだ。スピリドンの妃や子どもたちは皆が心に傷を負い、己の家族たちも気づけば崩壊寸前だったのだ。

 〝男爵家の出〟というだけで他の皇子の妃たちに蔑まれ続ける――そのことに妻の心が壊れかけていたことに気づかなかった。忙しさにかまけて共に食事を採ることも稀な父親――子どもたちとの距離が開くのは当然だ。


「すまないが……私はあの頃のように、家族を蔑ろにしてまで国のために働く気はないよ」

 ポソリと呟くように告げたネストルに、アリスタルフが痛まし気に小さく息を飲む。そして〝やはり、無理強いは……〟とラリーサの方へ視線を向けた――のとほぼ同時に、室内にラリーサが朗らかな笑い声が響いた。

「まぁ。ネストル様、それは当然ですよ。家族を蔑ろにしてまで守るものなどありません」

 にっこりと笑みを深めたラリーサが、〝私だって、家族が蔑ろにされたら怒りますし、そんな者たちなど完全無視して捨て置きますよ〟と続ける。

「大きな声では言えませんけれど……私、アル様が〝トリーフォンのことなどもう知らぬ〟というのなら、一緒にイリダールへ戻ることも考えておりますの」

 〝あくまで、選択肢の一つですけれど〟とさらりと告げたラリーサに、ネストルばかりでなく、アリスタルフやその背後に控えるミハイルも目を丸くする。

「一番近くにいる家族を守れぬような方ならば、そもそも助力をお願いしておりません」

 スッと背筋を伸ばし、表情を引き締めたラリーサが真っ直ぐにネストルを見つめる。

「こちらからお願いしているのです。ネストル様が求める条件には、全力をもって対応させていただきます」

 〝主にアル様が〟とにっこりと微笑んだラリーサが、傍らに座るアリスタルフを見やる。

「……そこで、俺に振るのか。いや、そうだな。政務が滞っているのは、完全に俺の力不足だ。兄上に助力を求めざるを得ないのも俺の事情だからな」

 〝ここからは、俺の仕事だな〟と微苦笑を浮かべたアリスタルフが、ネストルへ視線を向ける。

「今ここで返事を求めるようなことはしません。ですが、真剣に考えて欲しいのです。……俺を、助けていただきたい」

 真摯な声音でそう続けたアリスタルフに、ネストルはしばしの間の後、〝妻と子どもたちとも相談させてほしい〟と告げる。

「ここで断ってしまうこともできるが……その場合、皇后陛下には〝次の策〟がありそうだ」

 己の傍らで不安そうな表情を浮かべている子どもたちを安心させるように微笑んで見せたネストルが、チラリとラリーサへ視線を向ける。

「あら。まぁまぁ」

 ラリーサは〝困りましたわ〟と頬に手を添えて困り顔を作るが、ネストルの言葉を否定するようなことはない。

「アル。なかなかに頼もしい〝后〟を得たな」

「俺もそう思います。リーサは、俺の〝幸運の女神〟なのかもしれません」

「まぁ。褒めても何も出ませんよ?」

 〝出るのは、お菓子とジュースくらいです〟とヴァレリーとイヴァンへ視線を向けたラリーサが、〝大人の話はこれで終わりに致しましょう〟と微笑む。

「ここからは、〝子どものため〟の時間にします。二人は、帝都に滞在中に何かやりたいことはあるのかしら?」

 ラリーサの言葉で、僅かにぎくしゃくしていた部屋の空気がふわりと柔らいだ。父親の顔が和らいだことにホッとしたように表情を緩めて、ヴァレリーとイヴァンは互いに顔を見合わせると、ラリーサへ視線を戻して〝市場へ行ってみたいですっ〟と声を揃えた。


ラリーサ的には、皇帝皇后としては、滅私奉公も致し方なしだと思っている。が、それを他の者へ強制は出来ませんよね~って感じです。

でも、国より命のが大事だとは思ってるので、いざとなったらイリダールに亡命することも頭の片隅にはいつも置いてる。アリスタルフが〝もう愛想が尽きた。国なんか知らね〟ってなったら、さっさと皇位が欲しいやつに譲位して世界を回るのもいいな~とも思っているが、今のところ現実的じゃないなとも思っている。

ラリーサも王家に生まれた姫なので、民が苦しむのが目に見えてる状態で簡単に国を放り出すことは出来ないな~って思ってる。

もちろん、腐った皇族や臣のことはどうでもいい。


こんな感じの話を、ネストルとのお茶会が終わった日の夜に寝所でコソコソアリスタルフにちゃんと説明してると思う。いざとなっても、道は一つじゃないからね!

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