23.祝いの宴④
遅くなりました~。
バルコニーからホールへ戻れば、そこはもう華やかな戦場だ。煌びやかに着飾った人々の合間を、ラリーサはアリスタルフにエスコートされて優雅に進む。
「身内への挨拶は一通り済んだな。次は〝お仕置き〟タイムか」
ポソリと呟いたアリスタルフに、ラリーサが〝ふふふ〟と口元を緩める。時折かけられる声を微笑みで躱し、二人はホールの壁際にいくつか設けられたソファー席のうちの一つ――ジャンナ皇妃を中心に集まる夫人たちの方へ足を向けた。
「皆さま、楽しんでいただけておりますか?」
にっこりと笑みを深めて声をかけたラリーサに、ジャンナを囲んでいた夫人たちが立ち上がりスカートの裾を軽く持ち上げてカーテシーをする。しかし、ジャンナとその隣に座るミラナが立ち上がる様子はない。〝あらあら。すごい自信〟と心の中で苦笑して、ラリーサはにっこりとジャンナとミラナへ微笑みかけると〝初めて御挨拶させていただきます、ジャンナ様、ミラナ様〟と茶番劇の口火を切った。
ラリーサの言葉に、ミラナがサッと顔色を変える。チラチラと傍らのジャンナへ視線を送り、ミラナが〝え、えっと……〟と上擦った声を零した。
「〝初めて〟とは?私は、ジャンナとミラナから、リーサへの挨拶は済ませたと報告を受けたが?」
眉間に皺を寄せて渋面を作ったアリスタルフが、じとりと二人を見やる。
「あら、そうなのですか?もしかして、私が部屋を空けている時に挨拶にいらしていただいたのかしら?」
〝そうでしたら、申し訳ありません〟と眉尻を下げたラリーサに、ジャンナが不遜な笑みを浮かべて口を開こうとする。しかしそれを許さず、アリスタルフは詰問調でジャンナとミラナへ〝どういうことか〟と問うた。
「直接会っていないのであれば、挨拶を済ませたとは言わない。いったいどういうことだ。お前たちは、自分より上位にある〝后〟への礼儀を知らないのか」
厳しい口調で告げたアリスタルフに、ミラナの顔は真っ青だ。
「……ラリーサ様がアリスタルフ様の〝后〟になられたのは、一昨日のこと。それより前は、皇妃である私の方が上なのでは?」
〝私は、アリスタルフ様の唯一のお子の生母です〟と不満そうに堂々と言い放ったジャンナに、ラリーサが〝まぁ〟と驚いたように双眸を見開き、アリスタルフが苦々しく大きな溜息をつく。
「子がいるいないは関係ない。リーサは、私の〝正妃〟となるべくイリダールからきたのだ。その時点で、お前たちの方が礼を尽くすべであると私は思うが……」
〝皆はどう思うか?〟と、アリスタルフは周りにいる夫人たちへ視線を向ける。気まずげに視線を逸らす夫人たちに、アリスタルフは不快を露わに〝百歩譲って〟と言葉を続ける。
「どちらの地位が上かという事以前に、挨拶を済ませていないにもかかわらず、済ませたと虚偽の報告を上げてきたのは、どのような了見だ」
〝上位の皇妃がすることではない〟と語気を強めたアリスタルフに、ジャンナは苦々しく唇を引き結ぶと、キッとラリーサをきつい眼差しを向けてくる。ジャンナの視線を、ラリーサは〝困ったわ〟と言う風に頬に手を添えるて受け止める。
「ミラナは?なぜ、リーサに挨拶をしていないのに、虚偽の報告をしてきた」
アリスタルフの問いに、ミラナは〝あ、あの……それは……〟と声を震わせ、俯いてしまう。ジャンナのように言い返せないのであれば、せめて報告などしなければよかったのにと心の中で呟いて、ラリーサは敢えてアリスタルフの方へ僅かに身を寄せる。縮まった二人の距離に、ジャンナの視線がさらにきつくなった。
剣呑な沈黙が落ち、さてどう言い訳をしてくるだろうと待っていれば、渋々といった態で口を開いたジャンナが、〝私は、そのような報告をした覚えはありません〟と言い放ち、ぷいっとそっぽを向いた。
「なんだと?」
「そのような記憶はないと申しました。侍女が間違えてご報告してしまったのかしら」
〝あらあら、困ったこと〟と恍けてみせジャンナに、ラリーサは〝まぁ。心臓の強い方〟と面白くなってくる。
「侍女は私がキツく叱っておきますわ」
手にした扇で口元を隠し、にっこりと微笑んだジャンナが〝報告の件につきましては、私の落ち度です〟と告げる。
「ミラナも、侍女が間違えて報告したと?」
アリスタルフに問われ、ミラナはしどろもどろになりながら〝は、はい……〟と消え入りそうな声で返事をした。そんな二人の妃に、アリスタルフが〝侍女の教育はどうなっているのだ〟と首を左右に振る。そして、ラリーサへ視線を移すと〝不快な思いをさせてすまない〟と己の腕にかかる華奢な手をそっと撫でた。
「私は、気にしておりませんよ。こうして、今、ご挨拶出来ましたし」
にっこりと微笑んだラリーサに、アリスタルフが〝リーナは、本当に心が広い〟と瞳を和らげる。そんな二人の仲睦まじい様子に、ジャンナが悔しそうに唇を噛み締めた。
「アリスタルフ様。お言葉ですが、ご挨拶をしていないことを私とミラナだけが責められるのは、おかしいのではありませんか?」
自分たちだけが非難されるのはおかしいと主張し、〝エリザヴェータとファイーナは、どうなのです〟と少し離れた場所にいる二人を見やったジャイナに、ラリーサはその視線を辿り、にっこりとリザヴェータとファイーナへ微笑みかけた。
ラリーサの視線に気づいた二人が、ふわりと柔らかな笑みを浮かべて軽く膝を折る。それにヒラヒラと手を振るラリーサの様子に瞳を和らげ、アリスタルフが答える。
「あの二人ならば、昨日、リーサの元に挨拶に来た」
その言葉に、ジャイナとミラナが〝え?〟と軽く目を見張る。己が挨拶に行っていないのになぜ下位の側妃がというように不快感を露わにしたジャイナへ、アリスタルフが呆れた視線を向ける。
「あの二人からは挨拶を済ませたという報告がなかったのだ。昨日、リーサと茶会をした際に私が挨拶に来るように促した。まさか、報告をしてきていたお前たちが挨拶を済ませていないなどと思わないではないか」
〝そのように、、お前が不快を示す理由はないぞ〟と釘を刺したアリスタルフが、エリザヴェータとファイーナを呼ぶ。アリスタルフの求めに応じてゆっくりと歩み寄ってきた二人が、ラリーサへ声を掛けた。
「ラリーサ陛下、昨日は美味しい紅茶とお菓子をありがとうございました」
「楽しい時間を過ごさせていただきました」
「こちらこそ。楽しかったですわ。陛下には、少し退屈だったかもしれませんけれど」
〝ふふふ〟とからかうように茶目っ気を交えてアリスタルフを見やったラリーサに、アリスタルフが〝妃たちのおしゃべりには、ついて行けぬことがわかった〟と微苦笑を浮かべる。それに〝まぁ〟と楽し気に微笑み合うラリーサたちに、ジャイナが悔しそうに顔を歪めた。
「今度またお茶会をしましょうね。ジャイナ様とミラナ様もよろしければ、いらっしゃいませんか?」
〝妃同士で交流がもてたらと思っておりますの〟と誘ったラリーサに、ジャイナは即座に〝遠慮致します〟と語気を強める。どこまでも強気に出てくるジャイナに眉根を寄せ、苦言を呈しようと口を開きかけたアリスタルフをラリーサがやんわりと止める。
「陛下。もうその辺で。せっかくの宴の場でそのような顰め面は似合いませんよ」
〝ほら。お笑いになって〟と、ラリーサが伸ばした指先でアリスタルフの口角をくっと軽く持ち上げる。
「笑顔の方が、男前に見えましてよ」
〝ふふふ〟と笑うラリーサにつられるように、エリザヴェータとファイーナが笑声を零し〝ラリーサ陛下のおっしゃるとおりですよ〟と頷く。
「……妃たちにそう言われては、これ以上顰め面は出来ないな」
ふっと表情を和らげたアリスタルフが、その場に居合わせた夫人たちへ〝邪魔をしたな〟と一言詫びた後、再びジャイナとミラナへ視線を向けた。
「今後、このようなことが起こらぬことを信じている」
スッと真摯な表情を作り、〝お前たちも、私の妃であることを忘れてくれるな〟と僅かに声音を柔らかくすると、アリスタルフはラリーサを伴いその場をゆっくりと後にした。
◆◆◆
「アル様。なかなかの役者ぶりでしたわね」
ホールの中央で、アリスタルフとファーストダンスを踊りながら小声で〝感心いたしました〟と告げたラリーサに、アリスタルフが〝からかうな〟と苦笑する。
「あの気の強さが、違う方向に出てくれると助かるのだが……」
〝やれやれ〟と溜息をついたアリスタルフに、ラリーサが〝仕方ありませんわ〟と笑う。
「後宮は、女の戦場だと言いますでしょう」
「……怖いな」
すっと表情を失くして遠くを見やったアリスタルフに、コロコロと笑声を零しながら〝なるべく、波風はたてないように頑張りますわね〟とラリーサが告げる。
先ほどのやりとりで、〝正妃〟か〝皇子の生母である皇妃〟か――アリスタルフがどちらを向いているかは示すことは出来ただろう。出来れば、後宮でキャットファイトなどしたくはない。面倒くさいだけだし。しかし、アリスタルフとともに政務に集中するためにも、ある程度は己の優位性を周りに示しておいた方がよいと判断した。政務に関わる限り、皇宮に勤める貴族たちに下に見られていては、仕事の進捗に差し障る。ラリーサの言葉を、全てとは言わないがある程度はアリスタルフの言葉として受け取ってもらわねばならないことも出てくるだろうから。
百聞は一見に如かずというし。手っ取り早くアリスタルフがラリーサを大切にしているという事実を貴族たちへ示すために、ジャイナの一件を利用させてもらった。ジャイナからの敵意は高まったけれど、元々気に入られていなかったようなので、何もしなくても敵視はされただろうから、気にしないことにする。
「今日だけで、いろいろと相談事が増えましたわね」
「そうだな。……とりあえず、まずはアクサナ姉上とのお茶会か」
「それもありますけれど、まずは今後の政務についてお話合いをしたいですわ」
〝のんびりしている時間はないと、ミハイル様が嘆いておりましたし〟と笑ったラリーサに、アリスタルフは己の執務机の上に山積みになっている未決済の書類の山を思い出し、げんなりと肩を落とす。
「確かに……その相談も兼ねて、今夜もリーサの元で休んでも?」
ラリーサの耳元に唇をよせ、アリスタルフが囁くように言葉を紡ぐ。ゆっくりと曲の終わる中で紡れたその誘いに、にこりと笑みを浮かべたラリーサは、〝断る理由はありませんわ〟と言ってフィニッシュポーズをとった。
【アリスタルフの妃】
・ラリーサ ⇒ 正妃。皇后。25歳。
・ジャンナ ⇒ 皇妃。皇子を1人産んでいる。20歳。
・エリザヴェータ ⇒ 第1側妃。19歳。
・ミラナ ⇒ 第2側妃。16歳。
・ファイーナ ⇒ 第3側妃。18歳。




