24.情報共有と悪だくみ①
薄いヴェールが引かれた寝台の上で、アリスタルフとラリーサは膝を突き合わせる。
「改めまして、無事にアル様の〝后〟となることが出来ました」
「あぁ。宴も終わり、主要な貴族たちへの顔繫ぎも粗方済んだ」
「まだ形ばかりでしょうけれど、私もトリーフォン帝国の皇族の仲間入りです」
ふっと口元に笑みを浮かべたラリーサが、〝さぁ、私に話していないことを、洗いざらい吐いてくださいませっ〟と身を乗り出し、アリスタルフへ顔を近づける。
「私に気を遣って黙っていてくださるのか、知られたくないのかは知りませんけれど、情報共有は大事ですよ」
〝秘密を持つなとは言いませんけれど〟と続けたラリーサに、アリスタルフは苦笑して〝わかった〟と返す。
「とりあえず、横になって話をしないか」
〝今日は疲れた〟と溜息をついたアリスタルフに、ラリーサが〝それはそうですね〟と笑って頷く。どちらからともなくコロリと仰向けに寝転がり、二人は〝ほぅ〟と一息ついた。
「リーサが正式に俺の妻になるまで、下手にトリーフォンの内情を伝えて、イリダールに戻ると言い出されたら困ると思っていた」
「まぁ。私、そんなに無責任じゃありませんよ」
〝失礼ですね〟と、横伏せに寝返りを打ったラリーサがぷくりと頬を膨らめる。
「わかっている。でも、不安だったんだ。リーサを信じていなかったわけじゃない。……騎士や侍女たちを使っていろいろと情報を集めていたようだし、俺が黙っていてもある程度把握はするだろうと」
「それにも限度がありますの。私が集めた情報は、あくまで表面的なものでしかありません」
いつも笑みを浮かべていることの多い顔が不満を乗せているのが興味深くて、アリスタルフはラリーサの顔をじっと見つめる。
「なんですか?」
「いや、リーサがそのような顔をするのは珍しいと思って」
「まぁ。私だって、怒ったり拗ねたり致しますよ。笑ってばかりも疲れますし」
そう言って、わざとらしく眉間に皺を寄せて唇を尖らせたラリーサに、クククと喉を震わせて笑ったアリスタルフが〝確かにそうだ〟と言ってその膨らんだ頬をそっと撫でる。
「……永らく、トリーフォンは皇族や貴族たちの政争で不安定な状況だ。皇族たちは皇位を奪い合い、貴族たちは派閥争いに明け暮れる。スピリドン兄上が皇位につき、なんとか政を正常化しようといくつかの改革を断行し、ようやっと道筋が見えてきた時に……」
「……スピリドン様へ第3王子のヴァルラム様が毒を盛ったのですね」
皇帝の暗殺。皇太后を母に持つヴァルラムは、第2皇妃の子であるにも関わらず、スピリドンが皇位についたことに不満を隠していなかった。あからさまに向けられる敵意。甘い汁を吸おうとヴァルラムを持ち上げる貴族たちとの攻防。それでも、スピリドンは、ネストルを補佐に置き、トリーフォンのために必死に国を立て直そうとしていた。
「スピリドン兄上は、欠片持ちだった。兄弟たちの中で、欠片持ちは兄上と妹のアリーサだけだ。……俺は、聖石持ちであることをずっと隠していたし……」
〝欠片持ちであること〟が、スピリドンが皇位を継承した一つの理由にもなっていたのだと思う。
「スピリドン兄上は、食べるものにも細心の注意を払っていた。毒見を通したものしか口にしなかった」
「そうでしょうね。アル様も毒見を置いていらっしゃいますよね?」
「もちろんだ」
〝リーサも置いているだろう?〟と小首を傾げたアリスタルフに、ニコリと笑ったラリーサが〝私に毒見は不要です〟と告げた。
「私の固有能力は〝毒〟に対する耐性です。私に〝毒〟は効きません……というのは、語弊があるかしら。体調を崩すことはありますが、〝毒〟で死ぬことはありません。なので、必要ないのですよ」
〝これからは、アル様の毒見は私がしましょうか?〟と茶目っ気を込めて片目を瞑ったラリーサに、アリスタルフが〝固有能力?〟と瞳を瞬かせる。
「あら。アル様は、まだ〝覚醒〟前ですか?」
「聖石持ちにも、欠片持ちのように固有の能力があるのか」
〝初めて知った〟と呟いたアリスタルフに、ラリーサが訝し気に小さく眉根を寄せる。しかし、すぐにその皺を消すと、〝ありますよ〟と頷いた。
「覚醒のきっかけは、人それぞれです。ちなみに、私は子どもの頃、誤って殺鼠剤を口にしてしまいまして」
〝今でもマルファに言われるのですよ。あの時、姫様を追って自分も死のうと覚悟を決めた、と〟とコロコロ笑うラリーサに、苦笑したアリスタルフが〝それは……マルファも心臓が縮み上がっただろうな〟と返す。
「アル様は、ハティとアセナとの関係も良好ですし。そのうち〝覚醒〟されるのでは?」
〝きっかけが何かは、わかりませんけれど〟と告げたラリーサが、〝話を戻してくださいませ〟とアリスタルフの手にそっと触れる。
「あぁ……ヴァルラム兄上は、スピリドン兄上を弑逆すれば、己が皇帝になれると信じていた。だが、そんな甘いものではない。皇帝の弑逆は、皇族だろうが重罪だ。ネストル兄上とスピリドン兄上の忠臣たちが証拠を捜し出し、ヴァルラム兄上は首謀者として罪に問われた。皇太后は最後まで助命を訴えていたが、結局は死刑となった」
「……スピリドン様が口にされた毒ですが、お子様からもらった菓子に含まれていたと聞きました」
痛まし気に唇を引き結んだラリーサに、アリスタルフが〝あぁ〟と首を縦に振る。
「ルフィナが……兄上の子で、12歳になる皇女だ。ルフィナが、休憩にと運んだ菓子の中の一つに毒が含まれていた。ルフィナもその菓子を一緒に食べていたんだ」
「酷い……」
「目の前で父親が毒に倒れた。もしかしたら、自分が毒入りの菓子を食べていたかもしれない。そのショックで、ルフィナは今、口が利けない」
〝はぁ〟と重苦しい溜息をつき、アリスタルフがラリーサの手を握る。
「スピリドン兄上とヴァルラム兄上の死後、皇位継承権の序列的には、皇位につくのはヴェネジクト兄上だと言われていた。本人もそのつもりだっただろうな」
「でも、アル様が継承された」
「……ヴェネジクト兄上では、スピリドン兄上の後を継ぐには力不足だとネストル兄上に言われた。欠片すら持たぬヴェネジクト兄上と、聖石を持つ俺ならば、皆俺を選ぶと……」
「要するに、押し付けられたのですね」
「だが、最後に皇帝になると決断したのは俺だぞ」
〝以前、リーサにも釘を刺されたな〟と、アリスタルフが笑う。
「スピリドン兄上とネストル兄上は、俺が聖石持ちだと気づいたらしい。それでも、何を言わずに見守ってくれたこと感謝している。……葛藤がなかったと言えば嘘になる。だが、俺は皇帝になることを受け入れた」
〝責務は全うするさ〟と続けたアリスタルフが、ラリーサの髪を指先に絡め〝リーサという頼もしい味方も手に入れたしな〟と笑みを深める。
「評価していただくのは嬉しいですけれど、私だけでは人手不足は補えませんよ。ミハイル様から話を聞く限り、アル様には〝信用できる味方〟が少なすぎるかと。近習たちも、ミハイル様しか側に近づけませんでしょう?」
〝それでは、ダメです〟と小さく首を左右に振り、ラリーサが〝まずは、味方を増やす必要がありますね〟と思案顔を作る。
「……アル様は、身分や地位、性別を重要視されますか?」
ラリーサの尋ねに、アリスタルフは迷いなく首を横に振る。
「くだらないとさえ思う。有能であれば、取り立てたい」
「私もそう思います。では、まずはミハイル様に各部署を回っていただき、能力が高い者、育てればモノになりそうな者を探してきていただきましょう」
〝ミハイル様の見立てならば、アル様も受け入れ安いでしょう?〟と、ラリーサが提案する。
「確かにそうだが……。リーサが加わるとはいえ、ミハイルが抜けるとなると政務が滞る」
渋面を浮かべたアリスタルフに、ラリーサが〝ふふふ〟と微笑むと〝そこは、ネストル様に手伝っていただきましょう〟と告げる。
「アル様を帝位につけた方なのでしょう?自分だけ、別宮に引き籠っているなんてズルいじゃありませんか」
ツンと唇を尖らせたラリーサに、〝確かにそうだが……〟とアリスタルフが苦笑する。
「皇族の一員として、お仕事していただきましょう。まずは、私が政務に慣れるまでとかなんとか理由をつけて、引き留めて下さいませ」
「そうだな……期限を設ければ、兄上も頷いてくれるかもしれない。リーサが政務に慣れるまで、ミハイルが各部署を回り終えるまでだと、半年か一年か……その程度でいいか?」
問うたアリスタルフに、ラリーサが〝それでよろしいかと〟と頷く。
「兄上がなるべく早く別宮に戻れるように、俺も頑張らねばな」
吐息交じりに告げたアリスタルフに、ラリーサが〝何を言っているのか〟と呆れたように眉尻を下げる。
「返しませんよ、別宮になど」
〝アル様は、人がいいですねぇ〟と溜息をついて、ラリーサが身を起こす。
「ネストル様は、先帝の補佐をなさっていた方なのですよね?そのような人材を遊ばせておく余裕など、アル様にはありません!半年か一年か……その期間中に、どんな手を使ってでも、ネストル様を口説き落とすのですよ!」
〝甘やかしてはダメです!〟とラリーサが、声高に言い放つ。
「お子様を連れてきてくださったのは僥倖かもしれません」
ニヤリと悪い顔で笑い、ラリーサが言う。
「お子様たちから取り込んでいくのも、一つの手ですよ」
〝考えておいてくださいね〟と笑みを深めたラリーサに、アリスタルフは瞳を瞬かせた後、〝リーサは、本当に頼もしい后だな〟と声をあげて笑った。
地固めのための悪だくみをする皇帝夫婦。




