『美しい』食事①
案内された部屋は小さいながらも綺麗にされていた。ノストヴァインの村にいた頃の温かくかわいらしい雰囲気とは違ったけれど、エリスはその部屋を気に入った。船に乗るための旅費が貯まるまではここで生活するのだ。荷物をてきぱきと片付けて、エリスはマルガレータにもらったワンピースを取り出した。エリスの体形に合わせて作られたそれは、シンプルながらも品が良く、エリスの可憐さを引き立てていた。マルガレータ曰く一番の自信作で、ドレスコードの話が出たらこれを着ておけば間違いない、ということだった。
着替えを済ませて部屋を出ると、ちょうどイェンスが迎えに来ていた。
「あのシェフがちゃんと料理を振る舞ってくれるなんてそうないことなんだぜ、エリス。俺は毎年ここに下宿してるけど、毎日賄い料理だ。まあそれも美味いんだけどさ」
「楽しみです!」
ドグラスの料理は確かに大皿にどんと盛られているものが多かったのをエリスは覚えている。味は文句なしにおいしかったし、そもそもエリスの生まれ育った村では皿に盛るという発想が存在しなかったため、それだけでもいろいろと驚きだったのだが。
そんなことを思いながらエリスが階下へ降りていくと、もうレーヴィが待ち構えていた。
「準備はいいかねエリス君! しかし素晴らしい服だ! どこの仕立て人のものだね?」
「俺の妹です」
「イェンス君の! 君のような美というものに微塵も接点のなさそうな男にこんな素晴らしい仕立て人の妹がいたとは驚きだ! しかし素晴らしい、その大胆な赤。あの村のベリーで染めた生地だろう。エリス君の銀髪がとても映えるいい色だ。それにシルエットもいい。まだまだ成長中のエリス君の体のラインが今最も美しく見えるようにデザインされているのがよく伝わるよ! さあ、座ってくれたまえ」
レーヴィが長々と話すのを受けて、エリスは軽く引きながらもマルガレータのことを思い出していた。マルガレータもこの服をエリスにプレゼントするときに今の話と似たようなことを長々と話していた。元気にしているだろうか、と思ったところで、オッシが皿を運んできた。
「前菜です」
「前菜……?」
「ああ、今日は簡単なコース料理をお出しする、って師匠が聞かなくて」
一人前には大きめの皿には三種類の料理が乗っていた。左の端には魚の燻製だろうか。燻した香りと生の魚の匂いがする。真ん中の奥の方には小エビが見える。右の手前の方には一口サイズのミルク粥にパイ生地を香ばしく焼いたものが立てかけられている。エリスにとって初めてなのは、そのどれもが美しく飾るように皿の上に演出されていることだった。
「こんなの見たことない!」
「すげえ、あのオッサン本気出すとこんな感じなんだ」
「うちは伝統料理と家庭料理を高級感をもって味わってもらいたい、がモットーだからね。師匠の見た目へのこだわりは味へのこだわりと同じくらい強いよ」
こんな見た目でお値段がお手頃だから、よく若いカップルが食べに来るんだ、とぼそっと呟いたオッシの表情は少し不満げだった。
「そんなことより料理の説明をしないとね。こっちの魚が三種のスモークフィッシュ。漁港で獲れた新鮮な魚を軽く燻したものです。今日の魚はサーモンと鰊とサバ。真ん中の奥が小エビとチーズの冷製ソテー。チーズとひき肉のソースに小エビを和えたもの。右手のものがミルク粥のパイ包み焼き。包んでないけどね。添えてあるハーブのソースと混ぜて食べてもおいしいです。こんなところかな」
「ありがとうございます! いただきます」
花の蕾のように巻いて飾られたスモークフィッシュを慎重にフォークで剥がして、エリスはまずはサーモンからいただいた。鮮度が高いのだろう。半分くらい生の感じの食感に、木の香りのする燻し具合がたまらない。見た目の美しさがあると三割増しでおいしく感じる気がして、エリスは続けて他の魚も食べて唸るように言った。
「おいしい……」
飾られている部分を食べるために解体していくと、その瞬間にも料理の香りがふわりと引き立つ。こういうのはドグラスの料理にはなかったものだ。冷たいものは冷たいうちに、温かいものは温かいうちにいただこうとエリスは他のものにも手を出した。
どん、と丸ごと一匹置かれている小エビは、本来の大きさよりも存在感がある。布団をかけるように小エビを横切ってかけられたひき肉とチーズのソースは、とろみがついているらしく小エビの左側に水たまりのように円ができていた。そこに浸して食べていいのだろう。エリスは思い切って小エビにフォークを立ててソースと一緒に一口で口の中に放り込んだ。
「おいしい!」
冷製、というだけあって、エビはひんやりとしているのだけど、身が引き締まっていて食べ応えがある。柔らかい殻を突き破った歯が次に触れた身の柔らかさとぷりぷりした食感に歓喜の悲鳴を上げるのが聞こえた気がした。チーズとひき肉のソースは見た目よりも味の主張が激しくなく、それぞれの持つ風味が程よく合わさって小エビの風味を全体的に引き立てている。何より塩味がちょうどよく、あと三十匹は食べられる、とエリスは思った。
美味しそうに食べるエリスを眺めながら、イェンスもオッシもにこにこと見守り、それぞれ食事と給仕を進めていた。最後のミルク粥にどんな反応をするのか気になっていた。
「おいしい……幸せ……」
ため息のように言葉がこぼれる。鼻に抜けるミルクの甘い香りとそれに合う穀物の柔らかさと食感。隣に添えられたパイと一緒に食べると今度は香ばしさも加わり別の料理のようにすら感じられる。さらに添えられたハーブのソースと粥を混ぜると、今度はハーブの爽やかな香りが加わり、また違った味わいになる。一つの食事で三度も楽しめる贅沢を、エリスは目を閉じて噛みしめていた。
「前菜は気に入ってくれたようだね」




