港町アウメリンコ
村から出て半日ほど。ドグラスに渡された弁当も食べきって数時間経つ頃に、それは見えてきた。
「イェンスさん! あれは? あれは何?」
「あれが海だよ。あそこで魚が獲れる」
「つまり美味しい魚料理が、村よりもいっぱい……」
じゅるり、と溢れてきた涎を飲み込んで、エリスは疲れてきていた足を軽く叩いた。
「夕飯は魚料理に決まりですね!」
「いいね。俺も食べたい」
村から一つ山を下って見えた町はもう半日あれば十分辿り着く範囲だろう。海の際ギリギリ——エリスはまだ知らないが、港だ——を中心に広がっている街並みは、エリスが圧倒されるには十分な大きさだった。
「町って本当に大きいんですね!」
「ノストヴァインは小さいからね」
「それでも私の村よりは大きかったです! すごいなあ、こんなにたくさんの人がいたら、きっとご飯も美味しいんだろうなあ」
期待に胸を膨らませるエリスの歩調は速く、イェンスはついていくので精いっぱいだった。女の子なんだから守ってやれよ、なんて村の人々には言われたけれど、エリスはそんなことをされなくても自分の身は自分で守れる子である。山の中に限られた話だが。
半日歩いて、いよいよ町に着く。イェンスには見慣れた光景ではあるものの、旅人をターゲットにした露店がいくつか出ていた。
「おっ、そこの可愛いお嬢ちゃん! 髪飾りはいらんかね? 絶対似合うと思うよ!」
「本当です、」
「いらないです!」
このあたりの露店はアウメリンコの物価を知らない旅人向けの店だから、割高なのだ。うかうかと引っ掛かりそうになったエリスを露店の群れから引きはがして、イェンスはあのね、とエリスに声をかけた。
「ああいう店でいきなり買い物しちゃだめ。町に入ったらいくつかお店を見て回って、この町がだいたいどのくらいの値段でどんなものを売っているか確認するんだよ。旅人向けの店はたいていぼったくりだ」
「ぼったくり……?」
「不当に値段が高いってこと。ドグラスにせっかくもらった給料、無駄遣いしたら台無しだろ?」
「た、確かに……! お金は大事です!」
とりあえず、ドグラスに紹介された店に行こう、とイェンスに言われて、エリスは大きく頷いた。町は沈み始めた夕日に照らされて眩しいくらいのオレンジだった。大きな建物が目に付くけれど、そこまで大きくない建物がぎゅっと間に詰まるように建っている。可愛らしい街並みに、エリスはもうここが好きになってきていた。
迷いなく歩くイェンスに連れられて着いた店の看板には、『ラヴィントラ・サタマ』と書いてあった。小洒落た外観にエリスの背筋は自然とぴんと伸びていた。
ついに新しい町に着いてくれました。ここではあまり長居させない予定です。




