次の町へ
どうにも朝早くに目が覚めてしまって、エリスはそっとベッドを抜け出し、美食亭を抜け出し、いつかイェンスに教えてもらった村を見渡せる丘の上へと向かっていた。まだ朝日は出ていない。今から行けば、ちょうど朝日が昇るのを見てから仕込みに行けるはずだ、と思って、今日は仕込みはやらなくていい、と言われていたのを思い出した。
昨日はエリスの送別会という名目になって、普段は酒を控えろと家族に怒られているお客さんまで飲めや歌えやの大騒ぎだった。ドグラスはこれまで見たすべてのおいしいものを、材料がある限り出し尽くしてくれた。あたたかい村だったな、とエリスは思う。エリスが生まれ育った村より二回りほど大きいけれど、これから行くたくさんの町に比べたら小さい小さいこの村が、エリスはすっかり愛おしくなっていた。
(修行を終えて、自分のお店を建てるってなったら、この村と私の村の両方から来られる場所にしよう)
じわりと空の端が淡いオレンジに染まっていく。一筋の光がすっと射抜いた先に美食亭があった。ドグラスがそろそろ起きて仕込みを始める頃だろう。今日はエリスが旅立ち前にもう一回食べたいと言ったスープを朝ごはんに用意してくれているはずだ。
朝日はエリスの心を置き去りにしてぐんぐんと昇ってくる。もう戻らないと、と思うのに、村を眺めている時間が終わってしまうのが惜しかった。
「いたいた! エリス、ドグラスが待ってるよ」
背後からやってきたイェンスに声をかけられて、エリスは後ろ髪を引かれながら美食亭に戻った。旅立ちの準備は昨日のうちに済ませてある。初めてここに来た時にはすかすかだったリュックは、今はマルガレータの用意した服と、レシピのメモで膨らんでぱんぱんになっていた。
「いいにおい……」
「ドグラスが冷める前に、って慌ててたよ」
「すみません。なんだか名残り惜しくって」
差し出された皿からふんわりと甘い香りがする。バターの匂いだ。ドグラス渾身の一皿にスプーンを入れて、そっと一口、口に運ぶ。
「おいしい!」
無我夢中で頬張るエリスを二人は笑顔で見守っていた。魚の風味と香草の香り、野菜の甘み……今ではエリスにも作れるはずのレシピが、なんだか涙が出るほどに美味しかった。
「それじゃ、お世話になりました!」
「いってきまーす」
村の人々も軒並み早起きしてエリスの旅立ちを見送っていた。寂しさは少しずつ期待に変化していった。今度はどんなおいしいものが待っているのか、ただそれだけを思ってエリスはイェンスの背中を追いかけた。




