エリス、着せ替え人形にされる
珍しくマルガレータが美食亭に駆け込んだのは、ちょうどエリスが基本の仕込みを終えた時だった。
「お兄ちゃんと遊んだのに、いつまでも私にお声がかからないってどういうことよ!」
「今日は元気そうだねえ」
初めてマルガレータに会った日のことを思い出して、エリスは思わず笑顔になった。遊ぶために押し掛けてきてくれたのだと思うと、自然と気分が軽くなる。でも、今日はお休みと言われていないし、どうしよう、と思ったところでアンネがにっこりと笑った。
「いいよいいよ、いつも真面目にやってくれているし。たまには遊んでおいで」
「ありがとうございます!」
「ほら、行くわよエリス!」
気合十分、といった様子のマルガレータに手を引かれて、エリスは店を出た。この間イェンスにいろいろ教えてもらったおかげで、村のどこに何があるのかわかるようになっている自分を嬉しく思いながらついてくと、着いた先はマルガレータの家だった。
「ええと?」
「今日こそは最高に可愛い服を着てもらうわ!」
マルガレータが勢いよく部屋の片隅の扉を開くと、そこはウォークインクローゼットになっていた。服だらけの光景にエリスはびっくりして固まってしまったけれど、そんなのは関係ない、と言わんばかりにマルガレータは服を選んでいく。
「私とエリスって体形がそんなに離れてないでしょ。試しに着てみて、似合ってたらエリス用のサイズに仕立て直してあげる」
「すごいね、マルガレータ……これ、全部作ったの?」
「そう! 体が弱い分、外に出られなくて暇だからね。でもいずれ、世界一の仕立て屋さんになってみせるわ!」
だから今から私の作った服を着られることを光栄に思いなさい! とマルガレータはふんぞり返った。得意そうにしているけれど、それも納得だ、とエリスは思った。エリスのいた村のものよりよっぽど丁寧に作られた衣服はきらきらして見えた。もちろん、修行中の身のマルガレータが作ったものには縫製が甘いものや刺繍が失敗しているものもたくさんあるのだが、エリスは知らない。
「これとかどうかな? あ、でも今日はちょっとよそ行きの服を用意してあげないと……でもエリスにこれを着せないなんてもったいないわ!」
ぶつぶつと呟きながらマルガレータはどんどん服を手に取っていく。いったい何着の服を着ることになるんだろう、エリスが頭が痛くなってきたところで、両手いっぱいに服を抱えたマルガレータが満面の笑みで振り返った。
「とりあえずこれだけ着てくれる?」
これだけ、とは? エリスは聞きたくなるのをぐっとこらえて、まずは一番上にあるワンピースを手に取った。
ふわりと軽やかな白いワンピースをエリスは気に入ったけれど、マルガレータは着たエリスを見てボディラインが、スタイルが、とぶつぶつと呟くばかりだった。
刺繡入りのワイシャツやら、ロング丈のシックなドレスやら、あたたかい毛でできたボレロやら、いろいろなものを着せられて、エリスが疲れ切ったところで第二弾の山をマルガレータが持ってくる。
「ま、まだ着るの……?」
「さっきのは似合うものの確認よ。ここからが選ぶ作業!」
「ええ?」
そこからはマルガレータも付きっきりだった。さっきまでのぶつぶつとした呟きではなく、にこにこ楽しそうにしながらこっちの方が似合うだとか、そのデザインはエリスのかわいい顔をうまく引き立てられていないだとか、不満と満足を同じくらいの数並べ立ててひたすらにしゃべり続けていた。エリスは途中から何もわからなくなり、マルガレータに全部を任せた。
「ちょっと休憩!」
「つ、疲れました……」
マルガレータのお母さんがお茶を持ってきてくれたのをきっかけに、二人は休憩をとることにした。すっかり着せ替え人形にされたエリスは疲れ切ってぐったりと座り込んだ。
「私の趣味に付き合ってる、みたいな顔してるけど、あなたのためでもあるのよ?」
「そう、だったんですか?」
「あなたは田舎者だから知らないだろうけど、都会の高いレストランには『ドレスコード』っていうものがあるの。格式高い素敵なお店でご飯を食べるには、格式高い素敵な服を着ないといけない、ってわけ」
「そんな高い店に行くかなあ……」
初めて聞く言葉だった。そして、マルガレータも話を知っているだけで実際にそういうお店は見たことも、ましてや入ったことなんてないのだろうな、と思いながらエリスはぼんやりしていた。高い店に入って、素敵なドレスでご飯を食べている自分が、想像できなかった。
「何言ってるのエリス、高い店のご飯はたいていとっても工夫されていて、とってもおいしいのよ!」
「おいしいごはん!」
工夫されていておいしいごはん。そう聞いた途端にさっきまでの疲れが吹き飛んだ。まだ見たことのない料理を食べてみるためには、着せ替え人形になることくらい全然構わなかった。
「ほら食いついた。行ってみたいでしょ? そのためには素敵な服が必要不可欠なの。エリスがこの村を出発するまでにばっちり仕立て直しておくから、安心して」
「あ……」
エリスは、急に自分が旅の途中であることを思い出した。ドグラスもアンネも優しくしてくれて、村の人たちも受け入れてくれているから、つい忘れてしまっていた。それでも、思い出した瞬間から、果ての見えない大きな夢はきらきらと輝いて、エリスを搔き立てた。
「世界一の料理人になるんでしょ? ずっとここにいたらだめよ。……寂しいけど」
「マルガレータ!」
「ちょ、抱き着かないで!」
いなくなることを寂しいと言ってくれる友達ができた――それだけでも、エリスはまず満足はしていた。貪欲な食欲の旅は、まだまだこれからだけれど。
投稿がここ数日忙しく遅れていました。書き貯めも少しできたので、頑張って更新していきます。あと2話で次の町へ移ります!




