お料理修行〜お魚編〜
エリスとイェンスが魚の入った木桶を持って帰ると、ドグラスはやっぱり、とだけ呟いた。手にした包丁がいつものものとは違うのに気がついてエリスはぐっと唾を飲み込んだ。やっぱりドグラスはこうなることを見越していた。二人が新鮮な魚を持って戻るなり、エリスにエプロンを手渡してきたアンネのにやにやした笑顔が印象的だった。
「切れ味は、いつものものよりいい。気をつけろ」
「はい」
ドグラスがやるのをよく見て、真似をする。まずは鱗をそぎ落としていく。包丁の背を使って尾びれから頭の方へ向かって動かすドグラスの動きを真似するけれど、落ちた鱗は見事に調理台のあちこちに飛び散った。
「ああ!」
「最初は皆そうだ」
「うう、ごめんなさい……」
「鱗が取れたら、今度はここを切り落とす」
とんとん、とドグラスが魚の頭を指差して、それから一気にずどんと切り落とした。昼間に魚の丸焼きをばりばり食べていたことなんてすっかり忘れてエリスは魚が可哀想、なんて一瞬思ってから、ドグラスのスープの味を思い出した。
「お、おいしく食べるから……!」
ドグラスの真似をして包丁にぐっと力を込め、手前に引きながら一気に魚の頭を切り落とした。この切り落とした部分もドグラスが使っているのを知っている。いただいた命は、ちゃんと残さず余さず使うところがエリスは好きだった。
思い切ってやらなければうまくいかなかったな、とエリスは思った。初めて切った魚の頭は、当然ではあるものの骨とも繋がっていて思っていた以上に固かった。綺麗に切れたエリスにドグラスは一度だけ満足そうに頷いて、続きのお手本を見せてくれた。
「まずは包丁の持ち方を変える」
それまで持っていたのと刃が逆向きになるようにして逆手に包丁を持ったドグラスは、魚の腹に包丁を突き立て、ずっずっと切り裂いていった。ある程度のところですっと包丁を引き抜いて、中から見えていた赤黒い物体を引っこ抜いた。
「これはワタと言って、これが料理に混じると苦くて食えたもんじゃない」
「虫がいることも多いしな」
横からイェンスに茶々を入れられながらも、エリスも真似して魚の腹を切っていく。調理前の魚の生臭さに多少くらくらしつつも、これがあのスープになるから、と自分に言い聞かせる。見えている赤黒いワタはうまく取り切れなかったけれど、ドグラスはそれでいい、と笑っていた。
「こういう残ったワタや鱗を水で洗い流す」
「洗っちゃうんですね!」
「手だけでは取り切れない。特に慣れないうちは」
言われた通りに水で洗って、それからまた魚をまな板の上に戻す。ドグラスは慣れたもので、エリスに説明しながら簡単そうに捌いていく。
「まずは皮だけ切る。尾びれからさっきの切れ目まで、包丁を手前に引くようにするといい」
「やってみます」
ゆっくりゆっくりとやってみるが、一方通行にうまく力が入れられずに切ったラインがガタガタになる。ドグラスはやっぱりプロなんだ、と思いつつ、エリスは丁寧に作業を続けた。隣ではドグラスがそそくさと他の部分にも切り目を入れていた。
「皮が切れたら今度は身を切る。ゆっくり、一方に。それだけ気をつけろ」
「はい!」
ドグラスのアドバイスを聞きながら切っていく。指先から伝わる背骨の感触に手が震えそうになるが、おいしく調理するため、これまでに狩ってきた野ウサギたちと一緒、と思いながら、エリスは魚を捌いていった。
最後に身についたままの背骨を切り離して、それから腹骨をすいて取り、骨抜きをしてから皮を剥いた。
「で、できたぁー……」
「初めてにしては上出来だ」
ドグラスに褒められてガッツポーズをしようとして、エリスは自分の手の生臭さに卒倒しそうになった。
「ケモノの解体は平気なのに、魚の臭いはダメなのか?」
不思議そうに言うイェンスにエリスは恥ずかしくなって誤魔化すようにまくしたてた。
「ケモノは血の臭いはすごいけど、こういう独特の臭いはしません! ……私が慣れてないだけだとは思いますけど!」
「そのうち慣れる。料理人なら、な」
「はい!」
あんなに生臭かった魚も、そこからドグラスが香草と野菜と一緒に煮込んでスープにしてしまうと柔らかくておいしい食べ物になるのが、エリスにとっては魔法のようだった。ドグラスがやってみせたレシピをアンネにもらったノートに書きこんで、エリスの初めての休日は終わったのだった。




