はじめての休日②
美食亭を出てイェンスが一番最初にエリスを連れ出したのは、村の全貌が見える小高い丘の上だった。まだ朝日が昇って少ししか経っていないノストヴァインの村は、ぴかぴかの日差しに照らされて穏やかに輝いていた。
「綺麗……」
「だろ? 俺のお気に入りの場所」
エリスのいた村とは正反対の位置にある丘の上からは、エリスが越えてきた山々もよく見えた。あんな遠くから来たんだ、と思うと、エリスは急に心細く思えてきて、拳をぎゅっと握りしめて胸に添えた。村のみんなには世界一の料理人になるまでは帰らないと宣言してきた。村の長となんて、ほとんど喧嘩別れだった。ここに来て急に思い出す村での思い出たちに、エリスの目にじわりと涙が浮いてきた。
「お、おい、そんなに感動したのかよ?」
「ち、違います! ちょっとだけ、村が恋しくなっちゃって……」
ぐす、と取り出したハンカチで涙を拭って、エリスは改めて景色を見た。ノストヴァインの村は、エリスの村にはあまり似ていない。街の東を川が通り、そこから少し離れたところに人々の家がある。西の端にはとんがった屋根の小さな家のようなものが建っていた。泣いている場合ではない。村や街や国、それぞれの風土に合わせてその土地の料理ができるのだと、エリスを旅に導いたあの旅人が言っていたのを思い出して、エリスはじっと村の様子を見た。魚料理が多いのは、エリスの村よりも大きな川が近くにあるからだろう。村にあまり大きな畑がないことから、じゃがいもが主食になるのは納得だった。エリスの村も同じだったからだ。エリスの村のある北の方には伐採された木々が見える。林業が盛んなノストヴァインの村の主な稼ぎだ。あそこで切った木を川から流してアウメリンコの街に届けるのだと飲みに来た夜のお客さんたちが言っていたのをエリスは覚えている。その時に出た木屑や間引いた小さい木の木材をチップにしてそれで食材を燻すと美味しいのだ、と常連客が言っていたのにドグラスが顔を顰めていたのも思い出す。ドグラス曰く、あれは料理ではなく保存食らしい。
「イェンスさん、あの建物はなんですか?」
エリスにとって想像の外にあるのは西にある不思議な屋根の建物だけだった。指を指して聞くと、さっきまで泣いていたエリスがすでに気持ちを切り替えているのにイェンスの方が気持ちが追いつかない様子で、イェンスは慌てたようにエリスの指差す先を見た。
「ああ、あれは教会だよ」
「教会?」
「エリスの村にはなかったのかな。割とこの辺りの国ならどこにでもあるんだ。お祈りをしたり、神様の教えを習ったりするんだよ」
「神様、ですか。私の村では、いただく命への感謝と、天候への祈りくらいしかなかったので……」
村の祭りが懐かしい。大きな獲物が獲れた時には、みんなでその肉をいただきながら歌や踊りを捧げたものだった。焼いた肉の香ばしさを思い出して、エリスはじゅわりと出てきた唾液を飲み込んだ。ノストヴァインの魚もドグラスの料理も美味しいが、そろそろお肉が食べたいエリスだった。
「後であそこも連れて行ってやるよ。とりあえず、おっさんたちが川に丸太流す前に、釣り、やってみない?」
「いいんですか!」
「俺が毎朝やってるようなやつではないけどね」
景色を眺めて想いを馳せているうちに、日差しはさっきよりも少し高く昇ってきていた。あちこちの家から台所の朝の匂いが立ち込めてくる時間だ。エリスはいつも来ているお客さんたちの朝を想像しながら力一杯頷いて、イェンスについていった。




