午後の植林,家庭菜園
予定していた作業(大岩の加工)に異常事態があった為に、加工する事もなく大岩でやる作業が無くなってしまった午後。
食事も一服も終わって、ひとまず余計なことは考えないように努めて新たな事をしようと思い立って時間を確認すると午後3時になっていた。
「日差しはじりじりと熱いがピークは過ぎた事だし、ぼちぼちやっていくか」
思っていたより時間が経っていることに驚きつつ何をやるかを考えていたときに、島民の老夫婦から野菜の種をもらっていた事を思い出したので、せっかくだから育ててみようと家の畑近くにある納戸に向かった。
家とくっつくように建てられている納戸には、昔使っていたのであろう農業用の機器やプランターに各種肥料に底石、草刈り機など今は使えないものもあったが、本格的に畑を作っていくわけではなく家庭菜園程度なら他に用意することなく始められそうだった。
納戸からプランターやスコップを持って、底石を敷いた長方形のプランターに元畑の土を入れていった。四つのプランターに土を入れ終えると、一つを手に持って残り三つを【念動】で土を零さないように操作しながら庭まで運んだ。
「探索者時代に毎日していた訓練をしていないから、今は日常的に魔道武具使って勘が鈍らないようにはしておかないとな。このご時世いつ何が起きるか分からないから一応勘が鈍らない程度にはしておかないと」
ちらりと庭の様子を眺めながら操作に集中して3個のプランターを縁側前のコンクリート通路に配置したあと、手に持った三個目を横に並べるようにして置いた。
「しかし、今まで一から作物を育てた事はないんだがこのまま種を植えてもいいんだろうか?」
まだ自分が小さかったころの孤児院での記憶に何かを育てた事があったのは覚えているのだが、その時にしていた事と言えば水やりと収穫の手伝いくらいで、野菜を育てるのに他に何が必要なのかは知らなかった。
「昔ならすぐに調べられたのだろうが、まだネットに情報があふれていた時代に戻るには時間が足りないのだろうな」
ダンジョンゲートが出来たあの日に電子機器に頼っていた機械は全て使用できなくなって、ネットにあふれていた色々な情報も全て一度リセットされる事となってから、今では魔石の固有波形信号を利用した通信設備や録画媒体などは依然と同じぐらいに普及してきたが、まだ自由度の高いサーバーを管理できるのは政府機関か探索者関連の大企業ぐらいしか運用できていない為、一般人は電話やメールぐらいしかできない人が大半だろう。
「種はたくさんあるから一度植えてみるか」
何年も前だろうけど一応畑として使用していたはずの土だから、案外何事もなく育つかもしれないと楽観的に考えてお試し感覚で植えてみる事にした。
各プランターにトマト・キュウリ・ピーマン・枝豆の種を三カ所に距離をあけて植えたあと、庭の岩滝から水を鍋に汲んで各プランターに水をまいた。
「育つ気配がなかったら、その時は相談してみるしかないだろうな。もし順調に育ったなら軒先から網を掛けれるようにして、夏の日差しを遮る緑のカーテンのようにできるかもしれないな」
まだ芽も出ていないのに思い浮かぶ光景に楽しくなってきて、網をかける位置やプランターの距離をあれこれ考えながら捕らぬ狸の皮算用をしていると、時刻がもう夕方になり始めていることに気が付いて慌ててあと一か所やろうとしていた事に取り掛かった。
作業するのは前に緑の琥珀が木の幹にある枯れ木を植えた場所で、今は琥珀の枯れ木と水の流れない鹿威しのセットが置いてあるだけで周りに比べてかなり寂しいことになっているので、もう少し緑と出来れば花を植えようと思っていた。
そしてちょうどよかったのが、午前中の大岩の土砂を運び出している時に大岩の水路付近に自生していたバラや小さな青い花がひっそりと生き残っているのを見つけたので、せっかくならいつでも見れるところに植えなおそうと考えていたのだった。
「大岩を置いたところって昔は花壇のように使っていたんだろうな。日当たりのいいところは草に浸食されていたから見る影もなかったけど」
そう言いながら低木周りの土で平らにならしていただけの所を、植える場所の土を掘り返してから花が生き残っていた場所へ向かうと、花の周りをなるべく大きく区切るようにシャベルを土に何度か入れてからすくい上げる様にして土と花ごと持ち上げて運んだ。
合計で5回運ぶ事を繰り返して、バラを2本と青い花の生き残っていた分をねこそぎ移したのだった。
「これで多少はましになったけど、・・・やっぱり何か特徴のある物が1つは欲しいよな。本当は梅の木が枯れてさえいなければそのまま残しておきたかったんだが、簡単に根から倒れるような状態だったから挿し木しても意味がなかっただろうから、残念だけど仕方がない」
いつからあった物か分からない梅の種は庭に幾つか落ちていたのだが、さすがにそれでうまく育つとは思えなかった。
「一応植えてみるか?育たなくてもどうせ土に還るだけだから、本格的に何か植える時の養分にはなるかも?」
まだ探せばあるそこら辺に落ちていた梅の種を数個拾って、前に梅の木があった場所へ軽く穴を掘ってから埋めた。
「どうせ育たないだろうから、明日辺りにでも何か山からいい感じの庭木になりそうな木を見繕ってくるかな」
一切育つことなどないと思っているため、明日何の木があったら庭に映えるか考えながら夕方から夜へと時間が過ぎていくのだった。
そして、晩御飯を食べてから夜の暗闇が月明かりに照らされる時間になると、昨日の夜に気になっていた事を確認する為に縁側に胡坐で目を瞑って座っていた。
「・・・・・・・・・・」
夜になると山に囲まれるような立地に家があるのもあって、虫の音が辺りに響いているのだが・・・。
「気のせいではなかったか・・・」
周りの山からは聞こえてくる音が、庭の中からだけは不自然なほどに何も聞こえてこなかった。昨日の夜は池島の風の玉の影響かまだ草刈りをしてから日が経っていないため、庭から出ていった虫が再び入ってきていないだけかと思ったのだが、虫の音が聞こえないだけでなく他の生物の気配が一切感じられないのが余計に異質さを放っていた。
もちろん魚と鳥はいるのだが、それ以外の蜘蛛やトカゲにアリなどの小さな生き物すら庭では見かけていなかった。
「う~~~~~~~~ん・・・・・害はない!むしろ蚊とかがいないって素晴らしい!何も問題なし!ちょっと不思議空間になってるだけ、そうそれだけ・・・目に見える変化ではないし、ぱっと見分からないから・・・・・大丈夫、大丈夫」
何故そうなっているのかが全く分からない現状でどうすることも出来ないなら、受け入れてメリットを考えていた方がまだ不安を抱えたまま過ごすよりいいと無理矢理思い込むことで、住み続ける覚悟を決めた。
「さすがにこれだけ手を入れた家を手放したくはないし、現実問題としてもう一度土地と家を買う金なんてない。多少のイレギュラーな出来事に対応できるうちは大丈夫だ・・・多分」
これ以上変な事は起こらない事を祈りながら、ドラム缶風呂用の水が入ったドラム缶を取りに滝岩の所へと向かった。
ドラム缶風呂の位置は、焚き火用に汲んだレンガがちょうど土台になるように作っていたので、【収納】から乗せるだけで出来上がるようにしていたので後は載せるだけで、今はドラム缶に水を入れるために滝岩の二段目に土台となる竹を架けている上に置いていた。ここにドラム缶を置いて水が入るように竹を水源とドラム缶に架かるようにすれば勝手に水が溜まるので、虫の音の確認をする前に設置しておいたのだった。
そして、十分に水が溜まっているのを確認すると【収納】で一度取り込んでから、焚き火用の所で【取り出し】た。
あとは火をつけて待つだけなのだが、妙に赤い鳥がこっちを見ている気がしてちらりと見ると明らかに凝視するように首をこちらに向けている様子だった。今まで全くこちらの動きに反応してこなかったのに急にこちらを見てきたので、困惑しながらも何かしてくることもなく無事に火をつけて待つことにした。
待っている間、ドラム缶を温めている火をただぼーっと眺めていたら、ふと何かが前を通り過ぎてから火の前に着地した。思わず視線を移すと赤い鳥が一定の距離を保ったまま火の様子を確かめるようにぴょんぴょん跳ねているのを見ていたら、急に飛び上がって灯篭のもとの位置に戻って行った。
「火を怖がらない鳥なんて珍しいな~・・・・・」
そんなことを呟きながら湯の温度を確認すると、ぬるま湯ぐらいの温度にはなっていたのでもう入ってしまうことにした。
そして汗を流しているうちにいい温度になってきたお湯に浸かってしばし庭と海を眺めてからドラム缶風呂を出て体をふいて服を着てから火を消そうと振り返った時には、さっきまでまだ火がついていた焚き火台の火が完全に消えていた。手を近づけてもわずかな温かさすら感じることはなく、燃え跡の灰のみが残るのみだった。
「・・・・・よし、寝よう」
もう何か考えることを放棄して、今日は晩酌をすることもなくすぐに寝ることにしたのだった。
深夜の月明かりが庭を照らしている時刻。大岩の扉の隙間から黄色い光が僅かに外に漏れ出ると同時に、緑の琥珀も光を放ち始めて低木の木全体がほのかに緑色の光を発した。
大岩では大岩の外壁の頂点からぼこぼこと土が盛り上がってきていて、まるで何かの生き物が土を下から上に掘っているような動きがあり、緑に光った低木の方は低木自体は変化がなかったが、周りに植えていた花が低木の周りを埋め尽くすように新たに生えてきて、それの影響かプランターで植えていた野菜の芽が出てくるまで成長した。
大岩からは、一匹の小さな獣が岩を押しのけて大岩の上にひょっこりと顔を出すと、出てきてしばらく大岩の上を走り回った後に大岩の上で丸まって動かなくなった。
低木の周りでは特に何かが動いているような様子はなかったが、花が増えた場所の一部が不自然に穴が開いているように花が生えていなかった。そこにはいつの間にか顔を尻尾で巻き込むようにして眠っている一匹の獣がいた。
そして、他の玉の時と同じように光っていた玉は消え入るように光が無くなっていくと、静寂と虫の音が辺りに響くいつもの夜へと戻ったのだった。
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