離島への移住
日本の離島、人口数十人が暮らす島。
そんな島に一人の男が離島へ向かう為に、朝の海の波をかき分けながら進む漁船の上で船長と世間話をしていた。
「このご時世に不便で未来のない離島に移り住むなんて大丈夫なんか?」
「まあ、何とかなると思いますよ。それなりに準備はしてきたので」
「準備っておまえさん・・・、スーツケースひとつで準備も何もないだろうに」
一般的なスーツケースひとつしか持ち込んでいないのを見ていた船長が訝しげ見ながら言ったが、男は愛想笑いで答えるのみだった。
船長はこの男大丈夫か?と思いながらも、それ以上詳しく聞くことはなく話をかえて離島の状況や最近の海の様子などを話し、男は相槌を打ちながら聞いた。
船長の話しでは、かつては数百人が住んでいた離島だったが、電子機器が使えなくなった時に一時的に離島に取り残された事で、怪我や病気のリスクが跳ね上がった時に数多くの人達が危機感を感じて本島の方に移住していってしまったらしい。今島に残っているのは先の短い老人やほんの一握りの家族が暮らしている事と日本海のこの海域ではまだダンジョン産の生物は見かけていないから多少は安心できることを話している間に、離島の船着き場について船が停まるとお礼と別れの挨拶をして船を降りた。
男はスーツケースを片手で持ち上げて船から降りると、船でずっと座っていた体を多少ほぐす為に腕や体を伸ばした。船着き場から見える遠方ぬ身を眺めてからそろそろ行こうかと思ったが、船長は出航せずに船から何か荷物の様な箱を下ろしているのを見て不思議に思い声をかけてみる事にした。
「その荷物はどうするんですか?」
「ん?ああ、これはーーー」
船長の話を詳しく聞くと、島に住む人たちに本島からの荷物や生活必需品を運ぶこともしているようだ。船の定期便もなくなり新たな動力で船が動いても再開される見込みがない事からしている事の様だった。なにより、この島に親が住んでいるようで本島への移住を何度進めても応じてくれないので、漁師をやる傍ら配送業も請け負っているとのことだった。
「それなら、島の住民の方へのあいさつ回りもかねてお手伝いさせてもらいます」
「お!いいのかい!それなら台車があのプレハブ小屋の中にあるからから詰んで行ってもらえるか。鍵はかかってないはずだからよ」
「わかりました」
船長が指差した先にある年季の入ったプレハブ小屋まで行き、入ってすぐに隅に折りたたまれている台車を見つけることが出来たので、組み立てた後に台車を引きながら船へと戻り、船長がすでに下していた荷物を台車へと詰んでいった。
おろした荷物は大きな箱2個と中型の箱2個と小型の箱1個だったが、台車の荷台には全て入りきらなかったので、小形の荷物を男が手に抱えて船長の後をついて行くことにした。
道中に船長から、以前は店もあったが経営していた家族も本島に移住してしまって、いまの島の生活はほぼ自給自足で暮らしている為、残った住民の助け合いで生活出来ているような状況だが、本当にここで暮らしていくのか?今ならまだ帰りにのせてやれるぞと移住の事を再度聞かれたので、さっきは船の上だったので見せなかったある魔道具を使用して見せることにした。
男はリングをはめている右手の人差し指で荷台の上を指差して言葉を呟くと、人差し指のリングについていた小さな宝石が僅かに光った。
「【取り出し】米十キロ一袋、・・・・・。とまあ、こんな感じで他にもいろいろある程度の備えはあるので大丈夫です。ただ、この米は引越しの挨拶で渡す予定の米ですけどね【収納】」
荷台に米の袋がどさっと落ちる音が響いた後、収納するときは音もなく消えるのを見て船長は驚いた顔で目に前で起こった事を見ていた。
「おまえさん、それは・・・・・探索者だったのかい」
「元、ですけどね。今は休業中みたいな感じです」
船長は驚きながらも納得して、休業中の何か事情がありそうなのも分かったようでそれ以上触れることなく話題を変えて島で出来そうなことを教えてくれた。
「元探索者ならそれなりに狩りみたいなことが出来るんだろ。それなら島では人が住まなくなってイノシシやシカが多くなってきているから、落ち着いたら猟師でもしてみないか?」
「そうですね。それもいいかもですね」
その後も世間話をしながら、船着き場から数百mの距離を歩いて二階建ての他より大きな建物で足を止めた。
島では集会所や何かあった時の為に避難所として使っているのがこの建物で、もしもの備えで備蓄や災害用品を準備しているから何かあった時は活用するといいと言われ、荷物の一部は一旦ここで下ろすようだった。
船長と一緒に島の集会所として使っている部屋の奥にある倉庫まで、中形の箱一つを持って中に入り箱を置いた。倉庫の中は似たような箱が積まれていて、ここにあるのはすべて非常用の食料や生活用品で各家でも備えはしているが、それだけでは足りなかった過去の教訓で島民が準備していると船長が話してくれた。
船長と男は建物を出て、鍵を持っている人と野生動物が入るといけないから鍵の閉め忘れだけは忘れないようにしてくれと注意事項を告げた後、離島に住んでいる人達の家を船長の案内のもと、数軒の家に船長が持って来た本島からの荷物を配りながら、新たに来た住人として挨拶と手土産を配って回った。
島民との挨拶と顔合わせもすぐに終わり、最後に船長のご両親まで挨拶をすませて今更ながら船長は船島さんだったんですねと言うと、そうか自己紹介はしてなかったなと改めて自己紹介をした。
「船島幸雄だ。何もない離島だがこれからよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします。神野仁和と言います。ってさっきから何度も横で聞いてましたよね」
「まあな」
改めて船長から名前を聞いけど、呼ぶときは船長でも船島でもどう読んでくれたっていいぞと言われたので、急に変えるのも変な感じがしたので変わらず船長で呼ばせてもらうことにした。
そして、船長が「そういえば今日からお前さんは何処の家に住むんだ」と聞いてきたので、知り合いの伝手で購入した家の場所を伝えた。
「山の中腹にある一軒家で、他にはないから見れば分かると言われたのですが・・・」
場所を聞いた船長はおもむろに顔をしかめた後に「ん~」と声をあげた。
「確かに見ればわかるだろうが、・・・あそこの家は・・・・・」
船長の反応からして何かあるとしか思えない。
「何か問題でもあるんですか?」
大抵の事はどうにかできると思って下見もせずに立地と金額の話を聞いて購入したが、最低限下見ぐらいはしておくべきだっただろうかと男が考えていると、船長は「まあ、実際に見るしかないだろう」と言ってその家まで案内してくれることとなった。
船長の案内のもと、山の麓にあった船長の実家からしばらく蛇行する道を登り、山の中腹より少し下ですこし荒れていた舗装されている道が途切れると、船長はあのあたりなんだがと山の上を指差した。船長の指差した方向を見ると草木が御生い茂っている山で家らしきものは見つからなかった。
だが、もう一度船長の指先をたどって注意深く見ると木々の間から僅かに建造物が見えて、あれかと思ったあと周囲を見渡してある疑問が浮かんだ。
「船長さん、家は分かったんですが家に続く道は何処ですか?」
「それなんだが、ーーーーー」
船長さんが言うには、あの家までの階段の道があったのだが住む人がいなくなってから使用されていないから放置されていたのもあって草木で通れないほどにまでなっていているとのこと。一応あそこが入り口だったはず言われた所をよく見ると、確かに山の斜面に沿って所々手すりらしきものが草木の間から見えた。
ほかにも上がる手段はあるがと言われて聞くと、以前は山の斜面でミカンを育てていたのもあって収穫用レールをたどれば家にはたどり着けるとは言われたが、階段の道よりはましな程度には草に覆われているから簡単には進めないだろうとのことだった。
「どうする?家まで簡単には行けそうもないが・・・、当分は途中に寄った建物で寝泊まりするか?風呂はないがトイレはあるから、せめて住めるようになるまででも・・・」
「・・・いえ、この程度なら何とかなるんで大丈夫ですよ」
「いやいや、とてもどうにかなるとは思えないんだが・・・」
「大丈夫です。露払いは慣れているので、ここまでの案内ありがとうございました」
頭を下げて礼を言った後も、船長は心配そうにしながら帰るときには無理そうなら集会施設か実家に頼るように言ってくれた。
「さて、正午までまだ時間もあるから家までの道はさっさと終わらせるか。・・・【取り出し】草刈刀」
男はそう言うと、手に現れた刃渡り80㎝ほどの刀とスーツケースを持つようにして家へとつながる階段があるあたりへと歩き出して、草木が生えている手前まで行くと迷いなく刀を振るった。すると、僅かな抵抗すらなく簡単に細い木や草が切れて、足元に落ちた草木も刀を振るうと風に押されるように吹き飛ばされて山側に寄せられていった。
「最近は使う機会なかったけど、やっぱり便利だな。これ」
探索者の時に使っていた武器兼草払い用の魔道武具で草木を掃っていると階段をすぐに見つけて、その後は草木を払っては吹き飛ばすことを繰り返して1時間もしないうちに、山の中腹にある家の前までたどり着くことが出来た。
たどり着いた住処は、家の周りまで草が生えているが木々に浸食されるまではなっていないようで、見える限りはガラスの破損などもなさそうだったので古くはあるが住めるだけの家の形を保っていた。
家の前や横が結構広めの庭や畑になっていたから、そこまで深刻な事態にはならなかったのかもしれないな。
一度家の左右と裏を見て家への出入り口を確認した後、玄関の前まで戻ってくると考えるそぶりで一言呟いた。
「さて、どうやって家に入ろうかな・・・」
知り合いの伝手を使って購入した土地だからやり取りが特殊だったのもあるが、土地と家の購入を書類を介してのみの取引で、相手に直接会ってすらいないので既存の鍵はもらっていなかった。
昔じゃあり得ない対応だろうが、変わってしまった世界で昔のような対応に戻るのはまだ時間ががかるのだろうな。なにより、驚くほど簡単で早くに購入できた理由は手伝ってくれた政府関係者の力が働いた結果だろうとは思うが。
鍵がなくて家に入れない理由と土地と家の購入時を思い出し、どこか鍵が開いてないかとさっき確認したとき、ちゃんと戸締りしていることに感心しながら考えていた。
「防犯上は取り替えるからとは言っても、わざわざ鍵を壊して入るってのもちょっとな」
もし扉が壊れた場合、この島で対応できるとは思えない。
「仕方ない。なるべく壊れないように試してみるか」
男は右手を玄関の引き戸にある鍵穴へと手を添えた。
「【念動】」
そう唱えると、中指の指輪の宝石が僅かに光った。そして、何かを探るように僅かに手を動かしながら数秒が過ぎた時、カシャンという音がして玄関の引き戸を引くと扉は僅かにガタつきながらも最後まで開けれた。
「さすがに見えないところを動かすのは力加減が難しいな。戦闘中には出来そうには・・・はぁ・・・・・」
だめだな。まだ能力を使うとどうしても探索者時代の習慣で物事を考えるようになってしまう。とは言っても、今更魔道具を使わない生活なんて考えられないからな。
「慣れていくしかないか」
そう言うと、家の中に入っていき家の間取りの確認と設備の状態や劣化がないかを見てまわった。
一通り見て回って確認して分かった事は、旧世代の家電設備が残っていたが当然使えないのでキッチン風呂トイレなどはすぐに使用できないのと、数年人が住まなくなったことで各部屋や廊下も傷んでいる所が所々にあった。
しかし、水は山の湧き水から家まで引いていたので、設備に使えないだけで生活用水として使えそうなのは幸いだった。
「家が倒壊していても何とかなるように用意はしていたけど、この程度なら手直ししていけば普通に住めるようには出来そうだな」
家の庭に面している広い畳部屋の縁側から、草だらけの庭を眺めながらそう呟いた。それから、ふと手巻き式の腕時計を見るとそろそろ正午になりそうだったので、縁側から庭に出る石段の周りだけ床を掃除し草を掃って腰かけて軽食の準備をした。魔道具で収納されていた小型コンロ・インスタントラーメン・小鍋・ペットボトル(水)・フォークを取り出して、コンロの火をつけた後小鍋に水を入れると火にかけた。
そして、ただ何もせずに庭を眺めながら水を沸かして待っている間、数日前の探索者をやめた時の事を思い出していた。
*
探索者のチームで活動中に意見が合わない事が原因で探索を一時的に中断していて、一度落ち着いて考えようと自分が育った孤児院へと足を向けたのだが、門の前に着くと看板が掛けられており孤児院は閉鎖されていた。理解が追い付いてから周りの人に話を聞くと数年前には閉鎖されたようで、原因は資金繰りが厳しくても何とかやっていけていたが、孤児院を管理していた院長が病気で亡くなってからは後を引き継ぐ人が居なくて閉鎖されたことが分かった。
「そんな・・・なんで・・あり得ない。だって・・俺はちゃんと・・・・・」
それからすぐに探索者のチームに戻って同じ孤児院出身で自衛隊から探索者のチームまで一緒だった仲間の男にどういうことだと事情を聴くと、俺が預けた時の金は着服していたりここ数年の院長からの手紙は偽装していたことを話した。
「お前は、なんであんなに世話になった院長を裏切るようなことを!!!なぜだ!!」
「世話になった!?あんな残飯の様な物を食わされながらよくそんなことが思えるな!!」
「あの頃の苦労はお前も分かるだろうが!急に世界が変わってみんな心に余裕がなかった!それでも院長は俺達を飢えさせないために出来ることをやっていた!だから俺達は「だまれ!!!おまえが、おまえさえ・・・」・・・」
「「・・・・・・」」
言い争いの最中に詰め寄ってきた男の顔を見て、それ以上言葉を続ける事もなく沈黙が続いた。
「俺はチームを抜ける・・・じゃあな・・・・・もし何か事情があるならいつか話してくれ」
最後に部屋を出る前に扉を見ながらそう呟くと部屋を出ていった。
*
「おっと・・・」
いつの間にお湯が沸いていたので、ふたを開けていたインスタントラーメンに注いで蓋をした。
とにかくどこか遠くへ行きたくて衝動的にここまで来たけど、なかなか気持ちが落ち着かないな。近いうちにあのチームとは別れることになっていたとは思っていたが、長年共に生きてきたあいつとは続けていくつもりだったからな。
老後の資金も今後の食料も一生分があるわけでもない。いつかは探索者に戻る必要があるとしても、もうチームを組むことはなくなるかもな。
3分経ったインスタントラーメンを食べながら未来の事を考えていたが、これ以上は考えることをやめて今からしなければならない事をしていこうと気持ちを切り替えた。
「よし、今までは色々なダンジョンを回っていて根無し草だったから、自分が落ち着ける理想の拠点でも作ってみるか」
食事を食べ終えると同時に立ち上がって宣言するように言葉に出すと、掃除道具や生活魔道具を準備して行動し始めた。
それからは、家の掃除をしていると心配して様子を見に来てくれた船長が、家までの道が片付けられていて家の掃除までしていることに驚いて、問題なさそうだなと軽く話して別れた後、再度引っ越し祝いだと言って瓶に入ったお酒をくれたのだった。
時間は夜になり、今日は寝泊まりする部屋の庭に面した畳部屋と庭から玄関までのスペースの掃除と片付けを終わらせて晩飯を食べた後。
庭には風呂の代わりとして収納から出した野外風呂セット(ドラム缶風呂)を晩飯の時から準備していたので、荒れた庭と夜空に広がるオーロラや流れ星を見ながらいただいたお酒を飲んでいた。
「お酒なんて何年ぶりだろうか。うまいなぁ・・・、色々世話になった船長にはいつかお返ししないといけないな」
しばらく浸かったのち、汗や汚れを流して湯が冷める前に出た。体を拭ってから服を着たあと少し縁側で涼んだのちに部屋に寝袋を出して入ると目を閉じた。
読んでくださりありがとうございます




