(9)
⒐
「……そうか……五十年前、貴様の死体が上がらなかったのはそういうことか……!」
向けられた憎しみの視線に、クラリッサはしかし取り合う素振りを見せず指をパチンと鳴らす。
細い何本もの杭状の氷が立川を床に繋ぎとめた。
とっさにララの方を見たけれど、全力の一刀の消耗が激しいらしくまだ膝をついた状態だった。
「昇クン、大丈夫だ、アレを!」
「わ、わかった!」
「何だ……? 一体何を……」
言われて気付いた僕は身動きの取れない立川の身体に指輪を押し付け――
「術式……解放……!」
瞬間、指輪に込められた力が弾け、電流のように立川の身体へ流れ込む。
「るおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
絶叫が上がる。
「うわっ!」
そしてその術式が全身を覆ったのと同じタイミングで、僕の指から外れる事の無かった指輪は役目を終えたように砕け散ってしまった。
「何だこれは……力が抜けて行く……⁉」
「そいつは静のやつが私の魔術回路だけを解体するために作ったとっておきさ。キミ、私の肉片から魔術回路を摘出して取り込んだんだろう? 早くしないと再生能力も消えちゃうよ」
「なんだとォ……⁉」
立川の顔に明らかに焦りの色が見える。
さっきまで僕やララを嘲り笑っていた余裕は最早どこにも見られなかった。
「ぐうっ……!」
残っていたのは片腕と片足だけだと言うのに、凄まじい勢いで水槽の肉塊の方へ這いずって行く。
「クラリッサ!」
あの肉塊を使えばまた再生されてしまうと思った僕がクラリッサの方を見ると、彼女は特段焦る様子も無く不敵な笑みを浮かべ、
「……大丈夫だよ」
そう言って指先から小さな氷の刃を水槽の肉塊へ向けて放った。
氷の刃が肉塊を掠めると、そこが大きく裂けて血が噴き出す。
「うええ……自分の肉が元になってるとは思いたくないグロさだねありゃ」
「クラリッサ、でもあれじゃすぐに……」
「まあ見てなって」
そうこうしているウチに立川が肉塊の所へ辿り着く。
「おのれ……貴様は二度と復活せんようにバラバラに引き裂いて封印してやる……」
そう言いながら再び肉塊を喰らおうと手を伸ばし――
――ズブリ。
肉塊が、手を伸ばした立川の腕を呑み込んだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉」
ゴキ、バキ、と。
硬いものが破砕されるような音と、絶叫。
立川の身体が、肉塊に引きずり込まれて行く。
「何故⁉ 何ァ故ェェェェェエエ⁉」
「私の魔術回路を失ったキミが、傷付いて再生しようとしている私の肉塊に触れたんだ。どうなるかくらいわかりそうなもんだけど」
「……昇クン。彼はあの子供の屍人の仇でもあるけれど、何か伝える事はあるかい?」
あの廃ビルで初めて自分で『始末をつけた』屍人の少女。
人としての短い人生を閉ざした張本人の、そして僕の父母をも殺していた人物の最期だと言うのに。
「……特に、何も。……伝えたい人達は、もう居ないから」
「そうかい」
「いやだいやだいやだいやだいやだいだいだいだいだい痛い痛いいたいたいたいた――」
「もういいよ」
クラリッサはそう言って、立川の眉間に氷の針を撃ち込んだ。
言葉を発しなくなった立川は、そのまま肉塊に呑み込まれて行き、やがて完全に姿が見えなくなった。
「…………」
「やったのですか」
ララがどうにか起き上がり、フラつきながらもこちらへ歩いて来る。
「……うん」
「どうだい? こんなものが魔術師の身を置く世界だ。ゲームみたいにファンファーレも鳴らなきゃエンディングにもならない。もう関わりたくないなら、決断は早い方がいい」
「……大丈夫。僕は婆ちゃんと同じ道を目指すから」
「そうかい」
クラリッサは答えを聞いて苦笑した。
「それじゃあ今日の所は帰ろうか。あ、でもこのグロいのは片付けなきゃな……魔導人形、悪いけどもうひと頑張りしてこいつを燃や――」
クラリッサがそこまで言いかけた時。
何か黒い影が、クラリッサの背後から鋭利なものを突き立てようとしているのが見え、僕は咄嗟にクラリッサを突き飛ばしていた。
飛び込む形になった自分の脇腹に、何かが突き刺さったのがわかった。




