(7)
⒎
得体の知れない肉塊の入った水槽を前に、立川さんが笑っている。
その笑みは、これまで色々世話を焼いてくれていた頃のものとも、工房で正体を現した時のものともどこか違うものだった。
強いていうなら――無邪気。
そう、無邪気だ。
子供が夢中になれる玩具に巡り合った時のような。
純粋で、おぞましい、無邪気さ。
「ずっと婆ちゃんを欺いて取り入っていた人が、婆ちゃんを語るな……!」
「……酷いなあ。これでも人情派の弁護士で通ってるんだけどね。……若僧だったあの日、俺は静さんに命を助けられた。その恩は長年をかけて返してきたし、君の面倒だって見てきたただろう?」
「こんな無茶苦茶やっておいてよくもそんなこと……!」
「別に今起きてる連続失踪事件は本来、昇君は無関係だったはずだろう? 君は魔術の道に来ないこともできた」
お門違いとでも言うように、立川さんは苦笑する。
「な……」
「俺も静さんの遺志を汲んで、君に無理矢理魔術の道へ引き込む事もしなかった。君があの日、俺が渡した鍵に偶然興味を持っただけの話だよ」
「それは……」
「……まあその時はその時で、別の手を考えただろうけどね。あの工房の鍵が力を発揮するには、宮原家の魔力の波長と使用者の意思が必要だ。十年前はそれを見誤った」
「十年……? いきなり何の話を……」
立川さんの話と、十年と言う言葉に、嫌な予感がした。
「君の両親の時はそれを理解していなくて強引なやり方をしてしまった。静さんに知られるわけにはいかなかったから、揉み消すのに往生したよ」
「父さんと、母さんの……?」
僕の中で、何かが噛み合ってしまったような感覚が走る。
理解したくない事を、頭が理解し始めてしまう。
両親の失踪時期。
婆ちゃんが僕に魔術の基礎教育を半ばで打ち切ったこと。
「君の母親を人質に、父親にあの工房の封印を解くようにお願いしたんだがね、ダメだった。まあ、君の父親は静さんが魔術を教えようとしていたのにまるで興味を示さなかった人だから、鍵が工房の所有者だと認めなかったんだろうな」
「……! お前――」
全身の血が沸騰するような感覚に見舞われる。
頭の中が真っ白になって、思わず殴りかかりそうになった。
けれどその僕が走り出すよりも速く。
突風のような勢いの、赤い軌跡をした横薙ぎの一撃が放たれた。
「んんんんんんんっ……!」
それをもろに脇腹に受け、立川の表情が歪む。
焔の剣が触れている部分から、ぶすぶすと煙が上がる。
「……あなたが静の子供を殺したと言うのは事実ですか」
ララの言葉はいつも通り淡々としていたけれど、それは表面上の話でしかないのだろう。
事実確認を取るようなことを言いながら、既に相手を滅ぼす気で斬りつけているのだから。
「んんんん……んふふふ……。やはり静さんの力で動いていた頃と比べると力が思うように出せないか」
「質問に答えてください」
「さっき言ったろう。揉み消すのに往生したって」
「……そうですか」
次の瞬間、ララが手にした焔の剣が一回り大きくなり、立川の身体を両断した。
「がっ……」
けれどその身体がどっと床に落ちるよりも早く、断ち切られた端部から体組織の一部が伸びて繋ぎ合わさり、あろうことか分離した状態の下半身がララに対して蹴りを見舞った。
「ぐうっ⁉」
予想外の反撃を受けたララの身体が信じられない勢いで押し返され、気付けば五メートル以上も後方にずり下がっていた。
「ララ⁉」
「昇さん、気を付けてください! あれはもはや人の身ではありません!」
「……いやあ、ひどいひどい」
分離した身体が引き寄せられ、気色悪い音を立てながら結合する。
「……服までは再生しないんだぞ、これ。また買わなきゃならないじゃあないか」
そんな緊張感のない言葉を吐きながら、それは恍惚とも言える笑みを浮かべていた。




