(3)
⒊
怖い、と。
ララは確かにそう呟いた。
「これまでもお話したように、私はかつて静に付き従ってクラリッサと戦いました」
ララはポツリポツリと、記憶を手繰る様に話し始めた。
「その頃にも静は既に魔術兵装の試作型を作っていましたが、当時それそれは静も試行錯誤の段階だったようで精霊魔術ではなく取り回しの容易な元素魔術の技法を流用したものでした」
「元素魔術って、クラリッサが使ってるような、長い詠唱を必要としないものだっけ……?」
「ええ。精霊魔術と比べて基礎出力が低いのが欠点ですが、魔力の供給源である静の才能もあって私は当時のクラリッサとも互角に渡り合う事が出来ていました」
「……何だか凄い話だなあ。僕なんか文字通り足元にも及ばない」
「静は持って生まれた才能だけでなく、幼少から私を作る頃まで厳しい魔術師としての教育をされていましたから。初めてまともに友達になったのが、吸血種としての素性を知る前のクラリッサだったと聞いています」
……知的で穏やかで人当たりもいいと言う印象の婆ちゃんだったけれど、ララやクラリッサの話を聞くと少女時代には随分違った一面を持っていたようだ。
「現在私が使用している魔術兵装は、クラリッサを封じた後、私が長い休眠に入る直前に静が作っていたものです。どうして精霊魔術を用いたものに作り変えたのか、その時は教えてくれませんでした。けれど私が眠りにつく直前、静は私に謝ったんです」
「……謝った?」
ララはココアの入ったカップを置き、伏し目がちに俯いたまま言葉を続ける。
「はい。『人間の友達になれる存在としてあなたを作るつもりだったのに、戦いの道具にしてしまった。だからせめて、いつかあたなが目を覚ます時、人に寄り添えるように心を贈るわ』と」
「……それがどうして、魔術兵装と連動しているんだろう」
「クラリッサの封印は静の命と繋がっていました。自分が将来寿命を迎えた時、彼女がどう立ち回るのかがわからなかった。だからそれを止められる力も残しておく必要があったのかもしれません。今となっては本人にも聞くことはできませんが」
「……」
「おかげで私はあの魔術師と戦う事ができます。かつてクラリッサを封じた時のように相打ち覚悟で立ち回るならば制圧するのも容易かもしれません。……ですが」
ララの声は、確かに震えていた。
不安に押し潰されそうな表情は、僕の目の前で起動したあの時以降、初めて見せるものだった。
「魔術兵装が過負荷に耐え切れずに機能停止すれば、私はまた取り込んだ情報を適切に処理するだけの人形になってしまう。私はそれが怖いのです」
「ララ……」
「感情と言うものが芽生えて僅かに半月あまりですが、もう私は以前の私とは決定的に変わってしまいました。クラリッサがそれこそ大笑いするほどに。昇さんが笑っていると嬉しいのです。昇さんが悲しんでいると悲しいのです。静が私にくれた心と言うものは、単なる個別の事象に強い意味を持たせるようになりました。『記録』が『思い出』に姿を変えたのです。私はもう、この思い出を単なる記録に戻したくない。そうなってしまうのが怖い。……でももっと怖いのは、そんなふうに自分の事だけ大事に考え始めている事を、昇さんに知られる事でした」
婆ちゃんに作られてから休眠に入るまでずっと戦闘に必要な情報処理だけをし続けて、僅か半月前に感情と言うものが芽生えたばかりのララにとって、その葛藤の重さは如何ばかりであっただろうか。
「ララ」
「……はい」
正直、僕自身上手く考えがまとまっている状態ではなかった。
もっと気の利いた事が言える人間だったなら、ララの抱えている不安を綺麗さっぱり取り払ってあげられるのかもしれない。
何より僕が婆ちゃんのような魔術師であったなら、そもそもこんな危惧を懐く必要も無かったのだろう。
けれど結局それは無いものねだりでしかない。
だから僕は、ララの震えている手の甲に、自分の手を静に添える。
「ララの心は失くさせない。僕だけじゃあ婆ちゃんの代わりは果たせないけど、でも今はクラリッサも居る。ララだけが全部を背負いこんで、捨て身で戦う必要なんてないんだ」
「――……昇、さん」
「それにそんな終わり方にしちゃったら、婆ちゃんはララにそんな辛い思いをさせるためにわざわざ心を与えたみたいになっちゃうだろう」
「あ……」
「ララの心はきっとこの先色んな人達と会ったり、美しいものを見たり、美味しいものを食べたり、綺麗な歌を聞いたりして、色んな事を感じるためにあるんだよ」
ララはしばらく答えなかったけれど、やがて空いていた方の手が今度は僕の手に乗せられた。
「……昇さんを、信じます」
彼女が見せた微笑みには、先日見せた作り笑いの影はもう残っていなかった。




