(2)
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夕食のあと、風呂から上がって来たララが居間へ戻ってきて、不思議そうに首を傾げた。
「クラリッサの姿が見当たりませんね」
「流石に疲れが溜まって来たみたいで、今日はもう寝るって」
「指輪の魔力充填作業は終わったのですか?」
「まだだけど、明日少しやれば終わるみたい。まあほら、丸二日も力を注ぎ続けるって相当大変だろうし」
「……そうですか」
クラリッサの発言の真意は実際のところはどうかわからない。
口で言っていたよりはまだ幾分余裕そうではあったけれど、もしかすると途中から上の空だった僕に気を回してくれたのかもしれない。
「あの男が何かを仕掛けてくるまでに準備が整うのであれば、問題はありません」
「ララ。飲み物出すから、そこに座ってて」
「いえ、私は……」
「いいから」
「……はい」
やはりララは数日前までと幾分様子が違うように見える。
きっと立川さん――いや、立川と言う魔術師と一戦交えた先日の経験から、これまで屍人を討伐してきたのとはわけが違うと言う事を理解しているのだろう。
けれどその表情の硬さの中には、戦力的な懸念材料だとかそういったものとは別の事柄への不安が入り混じっているように思えた。
僕はそれを確かめなければならない。
このまま見ないふりをしてこの先の戦いにララを出すわけにはいかないと思ったからだ。
僕はキッチンへ行って支度をすると、カップを持って居間へ戻る。
「はい」
「……いつものお茶ではないのですね」
「たまにはね。ココアは初めて?」
「ええ。珈琲と紅茶はわかりますが、これは知らない飲み物です」
やや緊張した面持ちで一口啜ると、ララの目元が少し柔らかくなるのがわかった。
「甘い……のですね」
「悩み事とか考え事がある時なんかは、甘いもの飲んだ方が気が安らぐんだ」
ララの動きがピタリと停まる。
「悩み事など、私は」
「婆ちゃんと比べて僕には魔術の才覚は無いのはわかってる。そのせいでララが婆ちゃんと組んでいた頃程の力が出せていないのも」
「……それは確かに事実です。ですが、クラリッサの力の一部を取り込んでいるとは言えあの魔術師も完全な吸血種には遠く及びません。先日お話した通り、今の私でも魔術兵装を全力稼働させれば一時的に相手の再生が追い付かないレベルで行動不能にさせることは可能ですよ」
「でも、それで下手をすれば魔術兵装が過負荷で機能不全になるかもしれないんだろう?」
「あの魔術師さえ倒すことができればこの事件は解決します。武装が使用できなくなるだけですから、何も問題はありません」
そう言って穏やかな笑みを浮かべて見せる。
けれど今は、その笑顔が逆に痛々しく感じられた。
カップを持ったララの手が、微かに震えているのが見えてしまったからだ。
「婆ちゃんが精霊魔術を組み込んで作った魔術兵装は、ララの今の感情の発露と直結してるんだってクラリッサが言ってたよ。魔術兵装が壊れれば、折角ララに生まれた感情も無くなってしまうだろうって」
「私は元より、使用者と敵対する人ならざるものや魔術師との戦闘が役目です。そのために必要な破損であれば――」
「本来婆ちゃんは、人に寄り添える友達を作りたくてララを作ったんだ。だから、勝つためにはララから心が無くなっていいなんて思わない」
「――……」
ララは強張った顔を僕の方へ向ける。
「こんな短期間に、喜んだり怒ったり悲しんだりするようになったんだ。最後に覚えるのが作り笑いなんて、寂しすぎるでしょ」
「……わ……は……」
何度も何度も、口に出していいのか迷っているようだった。
「ララ」
だから僕は、ララがそれを自分で口にするまで待った。
そして長い沈黙のあと、ララは消え入りそうな声でポツリと呟いた。
「……私……は、怖いです」




