第五章 決意(1)
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あれから二日が経った。
窓から見える空は、低く垂れ込めて薄暗い。
冬も間近に迫っているなか、僕らは例の指輪の準備が整うまで待機を余儀なくされていた。
指輪に仕掛けられた魔術回路解体術式の起爆に必要な魔力量は相当なものらしく、彼女曰くまだ今日一杯はかかるような状況らしい。
指輪が外せないと言う事情からクラリッサが常に張り付いて指輪に魔力を充填し続けているのだけれど。
「……クラリッサ、今日はもう休んだ方がいいんじゃないか?」
普段飄々としている彼女にも、流石に疲れの色が見え始めている。
「んふふ。昇クンに心配してもらえるなら、もう少し具合悪そうにしてもよさそうだね」
「茶化すなってば……」
「けどまあ、時間的に余裕があるかと言ったら無いだろう?」
クラリッサの言っている事は確かにその通りだ。
あちらが大掛かりな動きを見せるつもりがあるのか無いのか不明という事は、即ち時間に余裕があるという事にはならない。
直接こちらに何か仕掛けてくる事がなくとも、時間が経てばあちらは上無市の人間を屍人として手駒にしていってしまう。
「こちらが動けない間に屍人が増えるのは良い事ではないからね。今の魔導人形は所持久戦に不向きだし、何より犠牲者が増えるのも単純に避けたい」
「クラリッサがそう言う事を口にするの、意外だな」
これまで何体も屍人が消滅する所に幾度も居合わせているけれど、彼女がそれを見て悲しんでいた様子は覚えがない。
僕の言葉に、クラリッサは苦笑一つ。
「フフ、まあ私自身は今更見知らぬ誰かが犠牲になったからと言って感傷に浸るほど立派な精神はもう持ち合わせてないのだけれどね。でもきっとそれは昇クンの心に影を落とす。私は君を気に入っているからね。君が人の死に慣れてしまうのは嫌なんだよ」
そう言って指輪に魔力を充填するために触れていた手を、クラリッサは両手で包む。
その手は心なしかひんやりとして心地よかった。
「……いきなり真面目な顔で言われると、何かいつも以上に気恥ずかしいんだけど」
「ん? おお、成程。昇クンを篭絡するならこっちの方が効果的なわけか。今後はアプローチの仕方を変えてみるか」
「クラリッサ……!」
「うはは、怒らない怒らない。けど実際、魔導人形は敵の主力であるその魔術師との戦闘に専念できた方がいいだろうから、同時に相手をする屍人の数は少ないほどいい。そのためには出来るだけこの作業を早く済ませて、私が戦闘に参加できるくらいにはコンディションを整えなきゃならない」
「……うん」
「それに昇クンは魔導人形の力が枯渇しないように無駄撃ちを避けつつ援護を行い、尚且つ直撃を受ければ命に係わる攻撃を回避しながら指輪を使うタイミングを逃さない場所を維持する必要があるの、忘れてないよね?」
「うっ……そうだった」
一番直接戦闘に向いていない僕が、今回一番重要な部分を担う事になるのである。
そう考えると気が重いと言うほかない。
「ララはララで勝算はあるような物言いだったから、とにかく魔術兵装を使う余力さえ残しておくことを
最優先でやれば……」
「それなんだけど、魔術兵装の使用によるリソースの消費には充分気を付けた方がいい」
「ララの身体に蓄積してる分が無くなったら僕の生命力を直接消費する形になるって言うアレだろう? 大丈夫……とは言い難いけど、失念しないように気を付けるよ」
「いや、それも当然そうなんだけどね。魔力リソースが不足した状態で無理矢理兵装を運用し続けるという事は、自動車で言えば燃料どころかオイルや冷却水まで枯渇した状態で無理矢理動こうとするようなものだからね。昇クンよりも先に彼女の方にも負荷が押し寄せる事になるんだ」
「え……」
「特に静の作った魔術兵装はコアとなる精霊の力によって、今の魔導人形が持つようになった感情を司る役目も果たしている。過負荷によって兵装が機能しなくなれば、彼女はせっかく手にした心と言うものを、また情報としてしか処理できないようになってしまうかもしれないな」
ララにとって戦う力であると同時に、まるで人間のような精神性の発露にも繋がる事になった魔術兵装。
扱い方を見誤れば彼女自身の心を壊してしまいかねないと言う話は、ただただ衝撃と言うほかなかった。




