(9)
⒐
「……この再会から約半年後、私は静に吸血種としての力の大半を剥ぎ取られ、あの魔導人形と相打ちになる形で敗れたのさ。そして静の命続く限り解けない術式によってこの町の地下へ封じられた」
クラリッサの言葉の通り、三月の終わり頃にはそれらしき記述が見つかった。
――三月二十七日
友達との別れがあった。
今生会える事はきっともう無い。
けれど私は、果たすべき約束を得た。
「……クラリッサ。この『約束』って、何?」
僕の質問にクラリッサはフフ、と小さく笑った。
「内緒」
「何だよそれ」
「そりゃあ所謂、乙女の秘密と言うやつだよ」
「余計にわからない」
「まあまあ。けど、それについては心配いらないよ。実はもう半分叶ってる」
そう言ったクラリッサが腕の力を心なしか強くする。
「ちょ、ちょっと……」
すぐ斜め後ろにある顔が余計に近くなった気がして、思わず息を呑んだ。
「ぶはは、赤くなってら」
「……からかわないでくれ」
まあ当人に言う気が無いならあまりしつこく聞くのは野暮と言うものだ。
代わりに、彼女の話の中で一つ気になった部分について聞いてみる事にした。
「ゴホン。……それはまあいいとして。クラリッサ、さっき『吸血種としての力を剥ぎ取られた』って言うのは、どういう意味合いなんだ?」
言い回しがやけに限定的で、単純に戦闘行動ができないほどダメージを与えたと言う意味合いとは考えにくいように思えたからだ。
「お、流石私の生徒。良い所に気が付いたね」
「まだ座学を数日で流石も何も無いでしょうに」
「ノリが悪いなあ。まあ剥ぎ取られたって言うのは言葉の通りさ。静は確かに人間としては天才だったし、その彼女の多彩な魔術で強化された当時の魔導人形も今とは比較にならない戦闘能力だったけれど、それでも万全の吸血種と言うのは真正面から戦えば負けないくらい生物として一段高い所にあるんだよ」
「そんなに力に差があるのか……」
「そう。だから私の力の一部を掠め取ったその立川とか言う今回の事件の首謀者も、どこまで力を取り込んでいるかで私達の勝ち目も変わって来る。今の私はかろうじて不死性は残っているけど、瞬間的に体組織を再生したりすることや魔導人形と殴り合いができる様な膂力も無い。体内の膨大な魔術回路で魔力を底上げもできなくなってるから、人間の魔術師と殆ど変わらない有様だよ」
「よく勝てたな、婆ちゃん達は」
「静は私と半年間小競り合いを繰り返しながら吸血種への解析を繰り返し、その差を埋める方法を準備していたんだ。そいつが今も残っていれば、私の力を取り込んでいる相手には効果てきめんなんだけど……」
「残っていれば?」
「この前工房に行った時には見当たらなかったからね」
「それって、宮原の家が得意だった魔道具とかっていう?」
「うん。私との最後の戦いで静が使っていたのは指輪の形状をしていたはずだけれど」
そうか。じゃあまずは工房へもう一度行ってその指輪を探してみるのが一番確実かもしれないな。
指輪。
……指輪?
「……ちなみにクラリッサ、婆ちゃんはそれをどうやって使っていたの?」
「指定した魔術回路を解体する術式を組み込んだ指輪にありったけの魔力をあらかじめ注入しておいて、相手の体内で発動させる。あの時は魔導人形に装備させて相打ち上等で立ち回らせ、互いの攻撃が相手の腹をブチ抜いた瞬間を狙って起爆したんだよ。静の体術は一般人と変わらなかったから当時の私とどつきあいなんて出来なかっただろうし、相打ちしたら死んじゃうからね」
「……」
「だから発見できれば今回も魔導人形に装備してもらうしかないだろうね」
「……えーと、クラリッサ」
「ん?」
僕は嫌な予感を憶えながら、クラリッサに工房で見つけ、今は僕の中指に嵌ったあの指輪をおそるおそる見せる。
「……」
「…………」
「あるじゃないか!」
「……昨日行った時に、偶然……」
「うはは! やったぞ昇クン!」
クラリッサが思い切りしがみついてはしゃぎだす。
「これでだいぶ勝ち筋が見えて来たぞ! 魔力のチャージは数日時間さえかければ私にもできるからな、貸してみなさい」
「あはは……」
「うん? どうしたんだい?」
「えーと……」
婆ちゃんが工房に残していた、切り札となり得る魔道具。
その現状について唯一にして最大の懸念事項に気付いたのは昨晩風呂に入ろうとした時。
その時は特段重要なものとも思っていなかったので深く考えもしなかったのだが、ことここに至っては伝えなければならない。
「……取れないんだな、これが」
クラリッサの笑顔が、一瞬で引き攣った。




