(6)
⒍
「ララ!」
「申し上げたいことは幾つもありますが……話は後で」
ララは距離をとった立川さんと僕の直線上に割って入るように、ゆっくりと移動する。
「まずは目の前の脅威を排除します」
「これはこれは魔導人形。昔とは幾分雰囲気が違うが……実に懐かしいね。ここへ来るとは予想外だったが」
立川さんはそう言って、また口の端を吊り上げる。
「生憎私は貴方の顔など記憶にありませんが」
「フフ。こりゃ手厳しい。まああの頃は俺も昇君くらいの歳だったからね。わからなくて当然だ」
「……腕を斬り飛ばしたのに大して堪えている様子がありませんね」
「ああ、これか」
そう言って立川さんが床に落ちたそれを拾い上げ――グチャリ、と無造作に先端を失っていた部位に押し付けた。
そして一瞬その接触部分付近が蠢いたかと思うと、
「はい、元通り」
まるでプラモデルの外れた部分を付けなおしたかのように気楽な口調で、手先を動かしてみせる。
「……あんなことできる人が、普通の人間なわけがない」
「それを言ったら普通の人間は魔導人形を使役したりもできないよ、昇君」
その言葉に、言い返す言葉が見つからない。
「さっきも話したように俺自身にはその知識を活かす魔力やなんかの才能が無くてね。これも別に純粋な医療魔術でやっているわけじゃあない」
「……その細胞再生能力、過去に見覚えがあります」
そう言ったララの声色には、どこか忌諱の感情が見て取れる。
「かつて若僧だった俺は駆け出しの医療術師として、一族と吸血種との戦いに同行し、殺されかけた。死ななかったのは、静さんとそこの魔導人形に助けられたからだ。その時偶然手にしたその吸血種の肉体の一部から、数十年かけて人間を遥かに超える膂力や再生機能を移植する事に成功したんだよ」
「……やはりそれは、全盛期のクラリッサの力ですか。であれば尚更、ここで仕留めます……!」
ララは一気に踏み込みながら、焔の剣を下段から斜め上に斬り上げる。
まともに回避できる間合いではない。
だから、なのか。
「ふは!」
立川さんはこれまで屍人を一撃必殺で仕留めてきたララの一刀をまともに喰らい、斬られながら同時に再生してみせた。
「やはり厄介ですね、その能力は」
「ふうぅぅ……いやはや。実際やってみると、こりゃすっかり悪役の能力だな。これでも子供の頃は仮面ライダーに憧れる純粋な少年だったんだがね」
「仮面ライダーは知人の孫を殺そうとなんてしないんじゃないですかね」
「成程そりゃあごもっともだ。改造人間ならぬ屍人を作り出すことに精を出す俺は、さしずめ死神博士ってところかな」
「……そんなキャラは知りませんけど」
「知らないかい? ジェネレーションギャップだなあ」
そう言って笑う立川さんの足元に、紫色の陣が浮かび上がる。
「戯言を!」
ララが再び高速の踏み込みから振り下ろしの一撃を放ったものの、今度は実体を斬り裂くことなく剣は空を薙いだ。
そのまま立川さんの姿は霞のように立ち消えてしまう。
「……」
ララが周囲を警戒する中、頭の中に直接声が届く。
――悪いが俺自身は魔導人形とどつきあいをするつもりは無いんでね。目的は果たしたし、今日は退散させてもらうよ。
次の瞬間、外から車が急発進する音が聞こえ、その音はすぐに遠ざかっていってしまった。
「……昇さん、周辺の反応を探っていただけますか」
「あ……う、うん」
ララに言われ、慌てて水の精霊魔術で周辺の探知をしたが、特に警戒すべきものは感じられなかった。
「大丈夫みたい」
「……そうですか」
ララは焔の剣の魔術兵装を解除し、こちらへ向き直る。
「いやぁ、死ぬかと思っ――」
僕が安堵の言葉を口にしかけた途端、ララの額が、僕の胸に押し付けられていた。
「良かった……間に合って」
肩が、小刻みに震えているのがわかった。
その時ようやく、感情が芽生えて間もないララに途方もない心配をかけたことを認識する。
「――……ごめん」
婆ちゃん亡き今、ララにとって繋がりのある人間は僕だけなのだ。
「前から知っている人だったからって警戒しなかったのは僕の落ち度だった。……今後はもっと気を付ける」
「あの男が、かつてのクラリッサが持っていた力をどの程度まで扱えるのかわかりませんが……今は一度戻って、今後の対策を思案しましょう」
自宅までの帰りの間、僕はあの廃ビルで屍人の少女が口にしていた言葉を思い出していた。
『お買い物してたら、お母さんもお父さんもいなくなっちゃって、泣いてたの。そしたらね、優しいおじさんがおまじないしてくれたの。だからもうかなしくないの』
「……」
「昇さん、どうかされましたか?」
「いや……大丈夫」
あの子の弔いを果たすべき相手が、まさか信頼を置いていた相手になるとは思ってもみなかった。
けれど幼子からすら未来を奪い、人の道から外れた行いを繰り返す存在になってしまったのなら。
誰かがその蛮行を止めなければならないのだ。




