(5)
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「……く……あ……⁉」
何だ……何が起こってるんだ……?
体格的にはもう大人と大差ない僕の首を片手で掴んで持ち上げるだなんて、アスリートでもない六十代ができることとは思えない。
「……ッ!」
息が……まずい、意識が……霞んで……
「おおっと、すまないすまない」
首を掴む右手の力が一瞬緩んだかと思った瞬間、僕の身体は無造作に宙へ放り出された。
そのまま床に転げ落ち、背中を打った衝撃に顔を歪め、咳込みながら荒い息をする。
呼吸がおぼつかず、すぐには起き上がれそうにない。
どうにかして、この状況から脱出しないと……。
「……はぁっ……はぁっ……ゲホッ……」
「使い手が駆け出しの君とは言え、あの魔導人形と静さんの全盛期を俺は知っているからね。ここにアレが居たらまだ手は出さないつもりで居たんだよ。けれど君は起動して手元にあるはずの魔導人形を同行させる事もなくホイホイと誘いに応じてくれた。俺からしたら、鴨が葱と鍋と調味料持参で台所を訪ねてきたみたいなもんさ」
「あなたは……誰、なんだ……? 本物の……」
「――『本物の立川さんがこんなことをするはずがない』……かい? 申し訳ないが、その期待には応えられない。正真正銘、弁護士で、昔から君のお婆さんに大変お世話になり、彼女から君への遺産相続や諸々の行政手続きまで助力をさせてもらった立川倫太郎本人だよ」
そう話す立川さんの口の端が吊り上がるのを見て、心底不愉快な気分がこみ上げてくる。
「なら……ずっと騙していたんですか。僕だけでなく、婆ちゃんまで」
「騙す……? 俺は大恩ある静さんも、君も、一度だって騙しちゃいないよ。若い頃あの人に命を助けられて魔術師を目指すのをやめてこの仕事に就いてからも、静さんの助けになることは真摯にやらせてもらった。彼女が自身の余命が長くない事を悟って俺に託した事は、全部その通りに叶えた。君が自分の意思でこの工房を訪れ、魔導人形を起動させることが無ければ、俺が君に魔術の話をすることもなかった。実際今日まで一度も君に静さんの過去や俺自身の過去の魔術に関わる話を一度もしたことはなかっただろう」
「屁理屈を……!」
気合と共に低い姿勢のまま立川さんにタックルを喰らわせ、その隙に一度ここから脱出する――つもりだった。
「――……っ⁉」
けれどその身体はよろめくどころか、まるで柱とかそういったものに体当たりしたみたいに微動だにしなかった。
そのまま顔面を掴まれ、今度は床に引き摺り倒される。
「くそっ……」
立川さんのこの身体能力は、明らかに何かがおかしい。
何とか時間を時間を引き延ばしながら、逃げる機会を見つけなければならない。
「あなたの目的は何なんですか……!」
「……静さんがここに保管していた研究資料。彼女は精霊魔術以外にも様々な分野に才能を発揮していたからね。かつての俺が諦めたことも、彼女の残した資料があれば間違いなく進むだろうさ」
「……上無市が大変な時に……よくもそんなこと……!」
「魔術の道に於いて、自身の研究というものは何よりも優先される。正義の味方は弁護士で充分やってきたんだ。趣味くらい好きにやったって罰はあたらんもんさ」
立川さんは僕の胸倉をつかんで引き起こすと、クックと喉の奥で笑った。
「それに、君は上無市で起きている事件をどうにかしたいと考えているみたいだけど、もうその心配も必要ない」
立川さんがパチンと指を鳴らすと、床に何か複雑な模様のサークルが浮かび上がり、その中から人の形をしたものがせりあがってきた。
それは虚ろで孔の空いたような目をした、人でなくなった異形。
「……屍……人……じゃあ、立川さんが吸血種……?」
「おいおい。俺をあんな化け物と一緒にしないでくれよ。正真正銘人間だ」
……どういうことだ……?
屍人を使っているのが立川さんだと言うのに、それを産みだす吸血種は別に居るってことなのか……?
「魔術の素養の有るものは、屍人に喰わせるものとしては最上の餌だ。けどこの工房の封印を解けるのは静さんを除けば君だけだったからね。そのために君は生かす価値があった。だが必要なものは手に入ったし、君をここで屍人に食わせれば、あの魔導人形も遠からず活動を停止する。静さんの忘れ形見を手にかけるのは忍びないが、せめて全身無駄なく喰わせて――」
立川さんの口元が醜く歪み、屍人へ向かって僕を突き出そうとした、その瞬間だった。
赤熱した光が僕を掴んでいた立川さんの腕を薙ぎ払い、返す刃が屍人の胴を両断する。
「むぅ……⁉」
屍人の身体はすぐに灰となり、立川さんは肘から先が無くなった腕を押さえ、数歩あとずさる。
彼女は立川さんを睨み付け、その切っ先を眼前につきつけながら僕に向かって言った。
「――昇さん、御無事ですか?」




