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上無の魔術工房①魔術工房の相続人  作者: あきみずいつき
第四章 彼女の残したもの
33/57

(4)

 ⒋


 立川さんの言葉に僕はどう反応していいのかわからず、しばし呆然としていた。

 信号で停まっていた車が再び動き出す。


「……『わからない』って、顔に書いてあるね」


 そう言って立川さんは苦笑する。


「それは……それはそうですよ。だって、今まで一度だってそんな話……」

「静さんに口止めされていたんだよ。君が自分でこの道に踏み入らない限り、魔術関連の話はしないでくれとね」

「教えてください。婆ちゃんはどうして、魔術を誰にも継がせなかったんですか」

「……残念だけど、それは俺にも話してくれなかったんだよ。けれど、今の君からは微かだが魔力の巡りを感じる。それはこの僅か半月にも満たない間に、君をとりまく状況に変化が生じたという事だ。そしてそれは、俺があの鍵を君に渡してからの事。……あの建物へ行ったんだろう?」

「よく……わかりますね」

「あの鍵はね、建物の鍵であると同時に、静さんと同じ系統の魔力の波長を持つものの中で眠っている力を動かすためのものでもあった。車のエンジンをかけるスタートキーみたいなもんかな。だから宮原の血を継いでいないものが持っていても意味が無いし、君の中で微かに動き始めた力があって初めて、あの廃屋を本来の姿に戻す鍵の役目を果たす」


 確かに、立川さんの言った話は的を得ていた。

 廃屋の鍵を手にした瞬間不思議な感覚に包まれ、それを使って鍵を開けた途端に廃屋は経年劣化を感じさせない魔術工房の姿を見せたのだ。

 この人の言っている事は、当てずっぽうではない。


「だから君の身体を魔力が巡り始めているという事は、あの場所へ行ったんだなと思ったわけさ……っと」


 車は幹線道路から曲がり、郊外へ向かう市道へ入る。


「あれ? こっちって……」

「そ。廃屋改め、魔術工房だ」

「何か用事があるんですか?」

「ああ。静さんは魔術関連の資料は全てあそこへ保管していると言っていたからね。彼女ほどの力が無くとも役に立つものがあるのを俺は知っている。そいつをモノにできれば、今この上無市で起きている事件でも助けになるはずだ。興味あるだろう?」

「それは……はい。この短期間でも、自分の力がもっとあればと思う事はありましたから」


 ぼくの返事を聞いて立川さんはニッと笑い、アクセルを踏み込んだ。



 町外れの廃屋。

 僕が鍵を開けると、そのカモフラージュのテクスチャが剥がれて婆ちゃんの魔術工房が姿を現す。


「おお……これだけの範囲の擬装をやってのけるなんて、やはり彼女の精霊魔術は凄いな」


 本来の建物を見ながら、立川さんは感嘆の息を漏らした。


「これも精霊魔術なんですか?」

「天の精霊は光、地の精霊は土や石なんかに主に宿るものだ。彼女はそれを組み合わせて光の屈折と反射を操作して偽の外観に仕立て上げた。そして風の精霊は大気そのものに宿る。建物の周囲の薄皮一枚、完全に外界の空気と遮断することで建物の風化や熱による劣化から保存していた……ってところじゃないかな」

「立川さん、そんなに詳しいのにどうして魔術の才能が無いなんて……」

「こんなのは文献を読み漁っていれば上っ面の知識だけはつくんだよ。テレビ見ながら野球の蘊蓄垂れてるのおじさんがプロ野球の試合に出られるかい?」

「それは……まあ、確かに」


 あまりにわかりやすい例えで思わず納得してしまった僕は、返す言葉が見当たらずにしかたなくそのまま中へ入ることにした。


「……中も全然傷んでないんだなあ」

「読んでもさっぱりな研究資料なんかが山ほどありましたけど、それだってつい最近書かれたみたいに紙質も綺麗でしたよ」


 ドアを開けて、婆ちゃんの研究室だったらしいあの部屋へ案内すると、立川さんは目を輝かせた。


「こりゃあすごい……!」


 そして足早に数々のレポートなどが収められている書棚の前に行き、食い入るように中身を確認し始める。

 ……諦めたって言っても、やっぱり知識欲は別なんだなあ。

 さてどうしたものか。


「……そう言えば」


 ここへ来たのは二度だけれど、僕はまだ足を運んでいない場所があった事を思い出す。


「立川さん、僕他の部屋見てきますから、読んでていいですよ」


 僕はそう言い残して部屋を出、奥にある階段から二階へと足を延ばした。


 二階にはおそらく泊まり込みか何かの時に使ったのであろう簡素な寝室と、もう一つ部屋があった。


「……ここは……倉庫?」


 雑多な物が乱雑に積み重なっていて、お世辞にも整然としているとは言えない感じである。

 そう言えば婆ちゃんもあまり片付けは得意ではなかったのを思い出す。若い頃であれば、そのあたりもより顕著だったのかもしれない。


「……?」


 奥にある机の上に、ポツンと置かれた小さな木箱が目に入った。


「なんだろう」


 手の平にすっぽり収まるくらいの、小さな箱。

 僕はそれに強烈な興味をそそられて、静かに開けてみることにした。


「――……指輪?」


 小さな無色透明の石が嵌め込まれた指輪。

 リングの部分は僕の中指よりも少し大きいけれど、親指には入らないくらいに見える。


「誰がつけたんだろう。婆ちゃんだってこんなサイズじゃなかったと思うんだけど」


 何となしに中指へと通してみた、次の瞬間。


「……っ⁉」


 一瞬指輪が淡く光ったと思うと、光が収まった時にはリング部分が収縮し、中指にぴったり嵌っていた。


「これも……婆ちゃんが作った何かの道具なのか……?」


 あたりを見回していても、使い方を示すようなものは何も見当たらなかった。


「呪いのアイテムとかじゃないよな……婆ちゃんの工房にあるんだもんな……」


 若干の不安を懐きつつ、他にはパッと見でわかるものがないと判断した僕は一階へ戻ることにした。


「立川さん」

「ああ、昇君。ここは凄いよやっぱり。知識の山だ」


 研究室へ戻ると、大漁のレポートの中で立川さんが恍惚とした表情を浮かべていた。


「お目当てのものはありましたか?」

「ああ、詳しい事は読み込んでみなければわからないが、それらしい文献は見つけたよ」

「それは良かったです」

「ところで……」


 立川さんは辺りをキョロキョロと見回しつつ、


「当時静さんは等身大の人形を操っていたはずなんだけど、あれもここに保管していたんじゃないのかい?」

「え、ああー……彼女はその……家に居るんです」

「……じゃあ……君が魔導人形を……起動したのか、本当に」

「偶然だったんです。今上無市で起きてる事件を起こしてる屍人って化け物に襲われて……無我夢中で」

「そうか……」

「けど、少しずつですけど対抗する方法もわかってきて、時間はまだかかるかもしれませんけど――」


 きっと、と言いかけた所で僕はその先が言えなくなった。


「――そいつは上々だよ、昇君」


 立川さんは見た事もない不気味な笑みを浮かべて、僕の首を片手で掴んで床から持ち上げたのである。



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