(10)
⒑
夢の中で、霧の中を歩いていた。
遠くの光景も足元の様子も、霧が濃くてよく見えなかった。
手足も何だか見えないものに掴まれているかのように重くて、動かすのも難儀していた。
一連の事件に対して未だ全体像を捉えることができない焦燥感。
あの幼い身で屍人にされて消えて行った子供を助けられなかった無力感。
そうしたものが、僕の心にこんなものを見せているのだろう。
今の僕には、それを否定できる材料は皆無だ。
けれど、だからこそ。
受け入れて行動を始めなければならない。
この真っ白な世界から、目を覚まさなければ。
「――……」
目を開けると。
そこには白い何かが、視界を覆っていた。
雪のように、白い、白い――
「のおぉぉぉおおおおおおい⁉」
急速に思考がクリアになり、眼球が捉えた映像の意味を理解する。
白いと感じたのは白い肌――ララの寝顔から首筋にかけてが目の前にあったからだ。
「何が……いや、昨日は……情報の整理をしてて……行き詰まって悩んでるうちに眠くなって……」
いやいやいやいや、そんなことは後でよくて。今はとにかく起きて――起き――
「……起きれない」
ララがガッチリ胴回りに腕を回していて外れない。
……嫌な予感がする。
「おーおー、私を差し置いて朝からアオハルかい? それともラブコメ?」
「クラリッサ! 起きてきたのか……!」
「いんやぁ、お腹空いちゃってさー。昇クンの朝ご飯食べたいなーって思って起こしに来たんだよ」
「朝ご飯でも何でも作るから、ちょっとララの腕外すの手伝ってくれ!」
「んー? ああ! コイツ寝てる時は力加減できないのか」
ララの身体能力は戦闘特化に相応しいポテンシャルを持っている。
全盛期時には当時吸血種として猛威を振るったクラリッサをもってして恐ろしかったとまで言わせるほどなのだ。
今現在は当時までの力は出せないにしても、僕の身体は普通の人間の強度である。
「う……ん……」
クラリッサが事情を理解した時、丁度ララが小さく呻き、その拍子に腕に力が入り始めた。
「あだだだだだやばいやばい折れる折れる……!」
肋骨のあたりが凄まじい力で圧迫されて行く感触が襲ってきて、息がしづらくなり始める。
「ぶはは、魔導人形のやつ、幸せそうな顔してるぞ。もうちょっと付き合ってあげたらどうだい?」
「死ぬ! このままじゃここで死ぬから!」
……朝から危うくバッドエンドに突入する所だった。
「まあそういうわけで、今日から昇クンには静のやつが残した精霊魔術を少しずつ教えて行くことにするから、しばらく学校行かなくていいよ」
朝食もあらかた食べ終わった頃にクラリッサが言った。
僕はクラリッサにお茶を淹れた湯飲みを出しつつ、
「行かなくていいって……簡単に言われてもなあ」
「別に数日休んだくらいで除籍されたりしないだろう?」
「そりゃあまあ、ね」
とは言え二、三日くらいなら仮病でもまあ大丈夫だと思うけど、それ以上となると言い訳も大変である。
「最初は偶発的にあちら側と遭遇する事故を懸念して学校での護衛についたけどね。快楽目的の通り魔的な動機で屍人を増やすのとは別に、昇クンに対して何某かの目的を持って接近・監視をしていた可能性が出て来た以上、外で単独行動の時間は作らないに越したことはないだろう?」
確かにクラリッサの言う通りではある。
それに今は自分が置かれている状況下で少しでも危険に対して対応できる力を身に付けなければ、何かあった時にララやクラリッサの足を引っ張る事になりかねないし、最悪の場合死ぬのだから。
「午前中は精霊魔術の講義。午後はそれらを活かしながら先日のように屍人の討伐をする。しばらくはこれで向こうの力を削ぎながら、昇クンの地力を上げていくのがいいと思うんだ。ついでに焦れた相手が動きを見せれば、こちらもそれだけ真相に近付けるわけだしね」
「クラリッサの案と言う点が癪ですが、私も今はそれが最善手であると考えます」
お茶を啜ってそう答えたララに、クラリッサは少し意地の悪い笑みを浮かべた。
「心配いらないって魔導人形~。昇クンは私が手取り足取り教えて一人前に育ててあげちゃうからさぁ」
「貴女が言うと昇さんに良くない影響があるようにしか聞こえません」
「おやおやこれはもしかして独占欲かー? これはちょっかいの出し甲斐がありますなー」
「そ、そういう話ではありません!」
「またまた照れちゃってからにー。いやー静にも魔導人形のこう言う顔見せたかったなー。あ、昇クン、今朝撮ったコイツの寝顔写真、欲しかったらあげるからネ」
「消しなさい! 今すぐに!」
……しかしこの組み合わせは水と油と言うか何と言うか……まあクラリッサが一方的に遊んでいるだけではあるのだけれど。
「と……ともかく。二人とも、改めて宜しくお願いするよ」
微妙に先行き不安な凸凹チームの前途を思いつつ、僕も婆ちゃんの残した精霊魔術を少しでもモノにすることを心に誓うのだった。




