(9)
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壁掛け時計の秒針の音だけが、部屋の中で微かな音を立てている。
あれから帰宅して夕食の後すぐ、クラリッサは工房から持って来た資料を運び込んだ客間に籠って何やら籠り始めてしまったので、比較的早く僕らも就寝することにしたのだけれど。
「んんー……」
暗い部屋で天井を見上げながら、自分の身の回りで起きている異変について考えを廻らせていた。
「やはりご友人のことが気になっているのですか?」
隣で眠りについていると思ったララはどうやら起きていたようで、その声にはどことなく心配そうな色が混じっていた。
「あー、うん。まあ、そりゃあね。ただ、色んな事がいっぺんに起こり過ぎていて、正直頭の中ぐっちゃぐちゃなんだよ」
余計な心配をかけないように平静を装ってはぐらかすことも一瞬頭を過ったけれど、感情というものを表現するようになって間もないララに対しそうした態度をとるのは逆に何だか気が引ける気がして、思ったままを口にしていた。
そんな僕の心境を知ってか知らずか、ララは穏やかな声で答える。
「眠れないのでしたら、この際一つ一つ整理しましょう。私も昇さんと情報の共有や認識の擦り合わせをする必要があると考えていましたので、良い機会です」
「ありがとう」
僕は部屋の電気を再度つけ、ノートとペンを持ってくる。
「書いた方が、考えがまとまる性分でさ」
「……静も、いつでしたか同じような事を言っていた気がします」
そう言ってララが小さく笑った。
布団の上にうつ伏せで並んでいるので、銀色の髪のかかった肩が触れそうで何だか少し緊張しているのが自分でもわかった。……落ち着け落ち着け。
それから僕らは、上無市をとりまく状況を順を追って書き出し始める。
「今現在、上無市で起きている事件の中心には、人間を襲い屍人として使役する吸血種が存在しています」
「うん」
「この相手の保有戦力は詳細不明ですが、これを討伐若しくは無力化することが私達の達成しなければならない目的です」
「吸血種ってさ、実際どのくらい強いのかな。その……五十年前……クラリッサの時は大変だったんだろう?」
「当時のクラリッサは別格と言いますか……今現在の彼女とは比較にならない程強力な力を持っていました。自分を狩りにきた御山家の魔術師を悉く返り討ちにしながら屍人に変えて行ったのですから、当然と言えば当然ですが」
「完全にボスキャラムーブじゃないか……」
「……ぼす、きゃら?」
ララがきょとんとした顔で首を傾げる。
「ああいや、なんでもないよ。続けて」
「……はい。対して、今私達が追っている吸血種にはそこまでの力は無いとは予想されます」
「理由は?」
「屍人の戦闘能力です。普通の人間と比較すれば当然強力になっていますが、当時の出力に遠く及ばない今の私でも充分対処できていますので」
……五十年前は一体どんだけ超常バトルだったんだ?
ウチの婆ちゃん、少年漫画のキャラか何かだったのか。
「この吸血種が……昇さんの学校の教師の方や、先日の子供を含めて十人以上を屍人に変えてしまっているのだと推測されます。司さんと言うご友人の安否も、現在の所不明です」
「……あの子供の屍人が消える間際に言った事……覚えてる?」
「はい。……屍人にされる直前の記憶と思われる発言によれば、親とは別の中年以上の男性の姿を目撃していた様子でしたが」
「その話に信憑性があるとするなら、上無市を騒がせている吸血種は少なくとも中年以上の成人男性の姿をしている可能性が高いってことだよね」
「そう考えるのが、現状では妥当と思われます」
「けど、そうなるとわからないのは司の件なんだよな……」
「わからない……とは?」
「クラリッサが言ってたけど、吸血種の魔眼……って言うのかな? 魅了の力を使うには視線を交わす必要があって、しかも僕は割とそういうものに対して抵抗力がある方らしいんだよ。それがいつの間にか別の何かにすり替わっていた事に気付かず、とってもいない連絡を頻繁にとっていたように思いこまされていた……」
「……確かに妙ですね」
ノートに書き込んだメモ書きを、ララが少し身を乗り出して覗き込む。
「どのようにして……と言う『手段』も気がかりですが、それよりもわからないのは何故か……と言う『理由』です」
そう。
理由。
僕がうけていた「直接的ではない」この攻撃には、まるで理由が思い浮かばないのだ。
「わざわざ昇さんに対して強力な暗示をかけたりと言う手間を割く意味がわかりません。仮に魔術的な素養を持つ人間を屍人化して力を増したい吸血種であれば、それほど強力な暗示をかける手間で昇さんを襲えたはずです。何より、その攻撃が数か月も前に行われていたと言うのであれば、私やクラリッサのような戦える者が居なかったのですから」
「……くそっ」
姿の見えない敵の、見えてこない目的。
犠牲になったあの子供のような存在がこれ以上増えないようにしなきゃならないのに。
この時の僕は、未だ手掛かりを掴めない自分の無力さが、無性に腹立たしくて歯噛みするほかなかったのだ。




