(5)
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騒がしい夕食のあと、居間で婆ちゃんの工房から持って来た魔術理論のレポートを読んでいる所にクラリッサが入って来る。
ララと入浴の順番をめぐってまたバトルが発生していたのだが、家や備品を破壊されてはかなわないので最終的にはジャンケンで決めて貰い、ララと入れ替わりで出て来たようである。
「いやー、一日学校で働いた後はやっぱり我が家のお風呂だねえ」
「最後まで働いてないし、ウチを勝手に我が家にするんじゃないよ」
真向かいに座ったクラリッサから少し視線を外してツッコミを入れる。
ラフな格好に加えて湯上りで上気した肌がほんのり赤くなっていて、正直ちょっと目のやり場に困ったからだ。
「んー? どうしたね昇クン。悩み事なら先生に話してみたまえよ」
「偽教員がよく言うよ……」
「ツッコミにいつものキレがないねえ。熱でもあるのかい?」
「だーもう! 身を乗り出すんじゃない! 大丈夫だから!」
「んっふふ」
クラリッサはクラリッサでドギマギしている僕のそういう挙動を面白がっているようで、ただでさえ専門用語が多くて難解な婆ちゃんのレポートがまるで頭に入ってこなくなってしまった。
諦めてレポートを閉じ、戸棚から湯飲みをもう一つ出してクラリッサにもお茶を出す。
「お、緑茶だー。私も昔、この国の色んなお茶集めてたんだよねえ」
「……本当に日本文化の研究で来てたの?」
「だから、初めからそう言ってたじゃないか」
「適当に言ってるだけかと思った」
「信用無いなあ。ぐすん。静、キミの孫は祖母の友人を疑ってかかる青少年に育ってしまったよ……」
「殺し合いみたいな戦いしてた間柄のクセによく言うよ」
「……友人だよ」
てっきりまたおどけた態度でいなされるのかと思っていた所に、予想外の答えが返って来た。
「え……?」
驚いて顔を上げると、湯飲みのお茶に視線を落としたまま、クラリッサはこれまで見せた事がないような、どこか少し寂しそうな笑みを浮かべていた。
「クラリッサ……?」
「……私と静は友人だったんだ。イギリスから日本文化の勉強で上無市に来ていた私が、唯一人仲良くなった人間。それが当時十七歳だった宮原静」
思いもよらない話が飛び出して、僕はどう反応したらいいのかわからなくなった。
彼女の話はいつもどこまで冗談でどこから事実なのかわからないような口ぶりで語られていた。
けれど今のクラリッサの様子は、それらとは幾分違うように思える。
「当然私は吸血種としての素性はこの国の誰にも明かしていなかったから、静も知らなかったはずだ。魔術に関するとある書物をきっかけに知り合った私達は、お互い本の虫だったこともあって気心の知れた友人になったんだよ」
その話が本当なのだとしたら、吸血種と討伐者としてではなく、歳の近い魔術師の女子同士としての交流があったと言う事になる。
けれど、それならどうして……。
「そんな友達同士が、何で命の取り合いみたいなこと……」
「……言ったろう? どこから嗅ぎつけたか知らないが、当時この町に存在した魔術の名家・御山家が私を狙い始めたんだ。当然返り討ちにしたんだけれど、連中やっきになって一族上げて襲ってきてね」
「……」
「そうこうしてるうちに、気付けば私は大量魔術師殺しってわけ。その頃にはもう一つの魔術師の家柄だった静の耳にも、私が討伐対象の吸血種だって話が届いたみたいでさ。方々から担がれる形で、出来たばっかりのあの魔導人形を連れて出て来たのさ」
言われてみれば確かにこれまでも、ただの敵同士にしては婆ちゃんの人となりについてやけに理解しているような言動があった。
元々友人だったのであれば、それらにも頷ける。
「けどそんなの……止めようがあったんじゃないのか?」
「無理だね。あの時既に私は魔術師界隈の人間達から脅威として認識されていた。どこに逃げても、追手は来る。それに――」
「……それに?」
「静は最後まで私と友達だったからこそ、自分でケリを付けに来た。私が誰かに滅ぼされる前に……私を助けるために」
クラリッサはそこまで言い終えると、一度大きく息を吐いてお茶を啜った。
「助けるって……倒す事が?」
「最早事態を収拾するには私の討伐は必要不可欠だった。けれど優しい彼女は私を滅ぼす事は考えていなかったんだ。魔導人形を駆使して私を活動不能に追い込みながら、封印と言う選択をすることで私の存在を存続させたんだよ」
郷愁の彼方に置いてきた友人の姿に思いを馳せるクラリッサの横顔を見て、彼女も彼女で、この時代に目覚めて色々思うところがあるのだろうと感じ始めていた。
「……婆ちゃんからは魔術関係のこと全然聞かされて来なかったし、婆ちゃんがどう思ってたのかはわからないけど……」
「うん?」
「クラリッサが本当に婆ちゃんを友達だって思ってるのは、いつもと違うその顔を見れば信じてもいいかなって思うよ」
「……」
クラリッサは一瞬驚いたような、困ったような顔をしたあと、幾分いつものおちゃらけた口調に戻して笑った。
「はは、そりゃ普段の私の言葉は信じられないって話かい?」
「人のことからかってばっかりだからそう思われるんだろ」
「違いない。けど……私が封印されたあと、静にはどんな心境の変化があったんだろうねえ」
「……と言うと?」
「稀代の天才と言われた彼女が魔術を誰にも教えなかった理由も、魔導人形があんな風になった理由も、私にはさっぱりわからない」
僕はクラリッサのその言葉の中に、前々から気になっていたことが出てきたので、思い切って聞いてみることにした。
「ララって、やっぱり昔と全然違うの?」
「んー、ぱっと見の外観はそのままだけど、中身は別物なんじゃないかと思うくらい違うね。私と戦った時のあれは、完全な戦闘人形だった。どんな攻撃を喰らわせても無表情で一撃必殺級の攻撃を連発してくるんだ。おっかなかったなあ」
僕ならそんな状況、失神しかねない。考えたくもない話だ。
「それが今じゃあ、昇クンに私が少しちょっかい出すだけで怒ったり妬いたり動揺したり。私はあの魔術兵装に使われている複数の精霊魔術が魔導人形自身の疑似魂魄に感情の揺れ動きみたいなものを生み出してると推測しているんだけど」
「確かに、ララに感情表現が現れだしたのは、工房で魔術兵装を埋め込んでからだ……」
「なるほどねえ。これは観察のし甲斐がありそうだ」
「あんましからかわないでやってくれよ。喧嘩で家を壊されたらみんなで路頭に迷うんだぞ」
「あはは、そりゃ勘弁だ」
そう言ってクラリッサは席を立って一つ伸びをした。
「さて、少しお喋りが過ぎたかな。女はミステリアスな部分を残しておかなきゃね」
「……ありがとう。色々聞けて良かった」
「私も、静の孫と縁が持てたのはやっぱり何かの運命だと思えてきたんだ。キミが持ってるそれ、静の魔術理論だろう?」
「え……うん、そうだけど。けど中々難しくて……」
クラリッサは少し考えるような素振りのあと、何か思いついたように笑って身を乗り出してきた。
「んっふっふ」
「だあああもう、その格好で身を乗り出すのやめろって! 色々見――」
「弟子入り、しないかい?」
「見え――……え?」
「私は精霊魔術の適性は皆無だから実戦的なレベルでは多分扱えないが、キミの習得を手助けしてやることくらいなら、できるかもしれないよ。そうすれば、魔導人形の力ももっと引き出せるはずだ」
かつて婆ちゃんと友人であり、仇敵でもあったクラリッサ。
その彼女に師事して一端の魔術師を目指すと言う道が、目の前に開かれようとしていた。




