(3)
⒊
「キミ達、最近物騒だから気を付けて帰るんだぞー」
放課後。
クラリッサ先生による適当極まりないホームルームが終わり、めいめい席を立ち始める。
秋とは言え流石にまだ時間的には早いので、司と駅前で少しだけダラダラしてから帰ろうかと思ったのだけれど。
「さー昇クン、学校も終わったことだし帰ろっか」
『……はああああああああああ⁉』
クラスメイト達が教室から出て行くよりも前に、クラリッサが背後からしがみつくようにして口にした言葉に、教室中がどよめきに包まれた。
「昇……⁉」
「宮原君どういうことなの⁉」
「ク、クラリッサ……! ちょっとは状況考えて――」
「ファーストネーム呼びしてるゥー⁉」
最早驚天動地阿鼻叫喚である。
「……どうするんだよこれ」
「これも予定通りだから。まあ見てなって」
収集つかないこの状況に肩を落としジト目で睨むくらいしかできない僕に、クラリッサはニヤリと口の端に笑みを浮かべて少し大げさなくらいの口調で言う。
「あっれぇー? 言ってなかったっけ? 私は昇クンの家とは遠縁の親類で昔からの縁なんだ。彼の祖母にも随分世話になったものさ」
……よくもまあ口から出まかせをポンポンと出せるものだ。
けれどここでもクラリッサの魅了の瞳による認識の書き換えが作用したらしく、こんなどう考えても血縁関係に無さそうな二人の突拍子もない話に対して疑いの声が上がる様子はなかった。
「マグダウェル先生、宮原君だって年頃の男子なんですから気を付けないと駄目だよ!」
「昇……この前の給仕さんといい、お前には勿体ないから替われ、今すぐに」
女子も男子も僕に対しては好き放題いってくれているが、あくまでこの本来与太話にもならないものが事実として受け入れられた前提の上に立っているのだ。
力の大半を失ったとは言っても流石は吸血種といった所である。
クラリッサは満足気に頷くと、耳元で囁くように言う。
「じゃ、帰ろうか」
「まがりなりにも教員に成りすましてるなら、定時まで働きなよ……」
「んっふっふ。あくまで認識をいじっているだけだからねえ。雑事なんてやらないでも疑われないんだよ」
「いい加減だなあ……。けど今日は少し友達と駅前で息抜きして帰ろうかと思ってるんだよ」
「おや」
僕は自席で帰り支度をしている司に声をかける。
「司、ちょっと駅前のバーガー屋でもいかないか?」
けれど司は片手を立てて、苦笑一つ。
「悪ィ、今日バイトなんだわ」
「あー……そっか。了解、じゃあまた今度」
「うい。じゃな」
そのまま時間を気にしている様子で教室から出て行った。
「なら仕方ないな……。クラリッサ、今日の所は大人しく帰宅するよ」
「……ふぅむ」
「どうかしたの?」
「……いや。何でもないさ」
少し考えるような素振りのあと、クラリッサはニヤリとまたさっきまでの表情に戻り、
「さ、じゃあ帰ろっか、ダーリン」
『……はあああああああああああああ⁉』
また根も葉もない余計な一言で教室中を引っ掻き回してくれやがったのである。




