第三章 侵食(1)
⒈
『――おやすみなさい』
そう言って少女は無垢な笑顔を浮かべ、灰のように崩れて消えてしまった。
できることならあの子を救って、親元へ帰してあげられるような力があれば良かった。
けれど僕に出来たのは、彼女がこれ以上屍人として罪を重ねないように、その身体ごと無へと還すことだけだ。
あの小さな身体を抱きしめた時の、体温を失った身体の感触も。
炎の短剣を突き立てた感触も。
あまりにも鮮明に焼き付いて頭から離れない。
例えこの先僕が魔術師として力をつけていけたとしても、あの子のような境遇になってしまった人を救う事はできないんだ。
僕はあと何人、そうした人達を見送る事になるのだろうか。
それを考えると、堪らなく怖かった。
忘れないために、自分で背負うと決めたばかりなのに。
一人では押しつぶされそうに思えて、情けなかった。
誰か。
誰か僕の心が壊れないように。
「傍で――」
そう口に出したところで、僕は目を開けた。
「……」
……夢。
夢か。
暗い部屋の天井には、見慣れた蛍光灯。
あれから帰宅して、消耗激しくすぐに眠ってしまったらしい。
どの道まだ身体が重い。
このまま朝まで寝なおそうと、深く息を吐いてもう一度目を閉じた時だった。
「傍で……?」
すぐ耳元で聞こえた声に、一瞬で目が覚める。
横を見ると、吐息がかかりそうな程近くに、僕の顔を楽しそうに覗き込む赤い瞳が目の前に在った。
「私としては、実にその先が聞いてみたいねえ。キミの心の弱いトコロをさ、見せてみなよ」
「どうしてクラリッサがここに居るんだー⁉」
まだ夜も開けない時間帯から、僕は思わず大声を上げて跳び起きる羽目になった。
「うん。やっぱり昇クンの作る煮物は美味しいねえ」
無駄に早起きした事もあり、冷蔵庫に残っていた鶏肉と野菜で作った筑前煮をつつきながら、クラリッサが頬を緩ませている。
「そ……そうですか」
「……」
「それに切り干し大根まで自分で作るなんて、今時の学生とは思えない甲斐甲斐しさだよ」
「そ……そんなものかな」
「……」
「私も昔は少しは料理を覚えようとしたのだけれどね。卵焼きとオムレツとスクランブルエッグしかまともに作れなくてさあ」
「それは……全部卵焼きみたいなもので――」
「ど う し て ク ラ リ ッ サ が ま だ 居 る ん で す か」
朝食を食べ始めてから少しした頃、ララが真顔でそう言い放った。
「……どうしてって……キミらと一緒に戻って来たからに決まっているじゃないか」
「用事は済んだのですから帰ればよいではないですか」
「ケチケチするなよ魔導人形~。せっかく昇クンが作ってくれたんだしさあ~」
「ならそれを食べ終えたら速やかに帰宅してください」
昔敵対していたというだけあって、ララはやっぱりクラリッサに対しての基本姿勢はドライなものを維持している。
一方のクラリッサの方はと言うと、あまりそう言った過去のしこりのようなものは引き摺っているようには見えない態度で両者対称的である。
「えー」
「『えー』じゃありません。くっ……昨日は昇さんの消耗と連動して私まですぐに寝入ってしまったせいで……。昇さんも何とか言ってやってください」
「いや……まあ……何と言うか」
「……昇さん、何か様子が少しおかしいですね」
「え? あー……いや、そんなことは無い……と思うけど?」
「……怪しい」
ララがジト目で顔を覗き込んで来る。
……言えない。
あんな弱気な寝言をがっつり聞かれてからかわれた後だけに、何となく気恥ずかしくてクラリッサに対して弱腰になっているだなんて。
「と……とりあえず、もう学校行くからさ。留守番、頼むよララ」
若干声を上ずらせながら、僕は逃げるように家を出たのだった。




